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Posted by 新矢晋 - 2015.03.19,Thu
友人の誕生日祝いに書いたもの。
鶴丸×審神者♀。かっこいい鶴丸が書きたかった……んだよ。





呼ぶ声


 少し前、俺がへまして折れかけた時、君は静かに泣いたっけ。
「ああ、そう泣かないでくれ」
 手入れさえしてもらえりゃ傷なんて跡形もなくなるし、そもそも刀は戦い傷付くことが本分だ。それを以前言ったら烈火の如く怒られたため、もう言わないようにしているが。
 零れ落ちる涙は朝露より余程きれいだ、と思ってさすがに不謹慎かと苦笑する。そっと指先で拭うとまた、ぼろ、と大粒の涙が落ちた。
「大丈夫だ、君が呼んでくれれば俺は絶対に戻ってくる」
 俺を見る目は零れ落ちそうに潤んで、疑わしげにこちらを見ている。それを、その不安を拭うように俺は笑ってみせた。
「なんたって俺は、何度彼岸に片足突っ込んだって、ひとに呼ばれりゃ舞い戻る鶴だからな」


 月を背に負い、異形の群れを前にする俺は、普段であればきっと輝かんばかりに白く美しかっただろう。
 もうどれくらい斬っただろうか。じっとりと染みた血で着物が重いような気さえする。ああ、これじゃ紅一色だ。あいつの言葉を借りるわけじゃあないが、実に「雅じゃない」。ぎらぎらと光る自分の本体を見下ろしてから、もう一度前を見る。
 ――嗚呼、まったく、驚いた、とでも言えば満足か?
 本丸への強襲は新月に乗じるでもなく満月の今夜、長時間の遠征に向かった刀剣たちを呼び戻すのにも時間がかかり、俺たちはなすすべなく撤退戦を開始していた。
「幕引きまでもう少し付き合ってくれよ」
 化け物が言葉を解するとも思えないが、軽口を叩くのは手足を奮い立たせるためだ。まだもう少し時間を稼がなければ安心は出来ない。俺よりも足の速いやつに審神者を託してまで殿をかってでた以上、最後まできっちり役目を果たし、この舞台を最後まで舞いきらなければならない。
 幸い俺の本体は神として生まれ直してからというものそうそう切れ味は鈍らず、折れるその瞬間まで敵を斬り続けることが出来るだろう。ああ、これは僥倖だろうか、不幸だろうか、君は泣くだろうか。
「あー……嫌だなァ、」
 思い出すなら笑顔がいい。俺の行動で一喜一憂して、目を丸くしたり頬を膨らませたりした君の、笑顔を思い出したい。
 余所事を考えていても俺の体は勝手に動き、また一体の首を飛ばして血を浴びた。これは君のために斬っているんだろうか。自分のために斬っているんだろうか。それとも両方だろうか、多分両方なんだろう。
 背後で膨れ上がった殺気を迎撃し、流しきれずに体が投げ飛ばされた。原型を留めていない服は俺の霊力が尽きかけているあかしで、そろそろ本体にも刃こぼれが目立ち始めていた。そろそろ幕引きか、結構時間は稼げたと思うがどうだろう。
 丸い月を遮るように、巨大な刃が振り上げられた。あァ、惜しいな、とちらと思った次の瞬間、何かが砕ける音を聞いた。


 鶴丸国永!


 名前を呼ばれた。体を動かそうとしても重たくて動かせないが、手足は繋がっているようだ。ああ、刀剣男士にも天国はあったのか。
「鶴! 鶴丸国永!」
 あれ。
 呼ばわる声はお釈迦様にしては妙に幼く、しかも涙声だ。なんとか瞼を持ち上げると視界が歪んで焦点が合わない。だが、ひゅ、と息を飲む音が聞こえたと思うと何かに覆い被さられた。
「この、ばか、鶴の馬鹿……!」
 抱き締められている、この体温には覚えがある。この声も。なんとか腕を持ち上げて相手の背へ回すと、抱き締められる力が更に増した。
「……こりゃ驚きだな、折れたもんだと思っていたが」
「ばか」
 しゃくりあげる彼女に、笑ってくれないか、と強請ってみるとまた小さな声で、
「……ばか」
 そう言われてようやく俺は、自分はまた舞い戻ってきたのだ、舞い戻ってこられたのだと、笑った。


《終》

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