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Posted by 新矢晋 - 2015.03.07,Sat
長谷部と審神者の話。not恋愛。
へし切長谷部と「へし切長谷部」の話。
刀剣破壊描写があります。








彼は手の施しようがないくらい正気である


「主、ご報告を。先程の出陣で、『俺』が折れてしまったようです」
 いつもと変わらない微かな笑みを浮かべて言うへし切長谷部の手には、折れた刀がひと振り。見紛う筈もなく、それは「へし切長谷部」であった。
 長谷部の報告が虚偽であろうことは疑うべくもなかった。ぬけぬけと「折れてしまった」などと言うへし切長谷部の体から、戦場に出てもいない筈なのに匂い立つ濃厚な血の匂い。
 この男は、自分と同じ存在を、ふた振りめの「へし切長谷部」を斬り殺しその本体までも叩き折ったのだ。
「残念なことですが、これも天命だったのでしょう。手厚く葬ってやりましょう」
 そこで漸く沈痛な面持ちを作ってみせたへし切長谷部に、審神者は泣けばよいのか笑えばよいのかわからなかった。
 ……何より、どうしてこんなことになってしまったのか、わからなかった。





 へし切長谷部という男(かたな)はこの本丸で最も強い刀剣男士であった。審神者の近侍を長いこと勤め上げ、その練度は刀としての限界にまで達していた。それでも彼が近侍を下ろされることはなく、彼の忠義はただただ審神者に捧げられていた。
 ふた振りめの「へし切長谷部」が鍛刀されたのは、へし切長谷部が限界まで磨き上げられてからひと月も経たない頃だった。
「へし切長谷部、と申します」
 自分とまったく同じ姿、同じ声、同じ魂を持つ存在を目の当たりにしたへし切長谷部は動揺し、迷子になった子供のような目で審神者を見た。審神者も少し困惑はしていたが、ひと振りめの彼の視線に気付くと安心させるように微笑んで頷いてから、ふた振りめの彼に声をかけた。
 その対面からどれほど時間が経とうとも、ひと振りめのへし切長谷部と、ふた振りめの「へし切長谷部」は微妙な距離感を保っていた。同じ気質を持つ彼らは会話せずとも最適な方法でもって審神者に仕えたし、審神者も彼らを分け隔てしなかったが、近侍だけは、ひと振りめのへし切長谷部からふた振りめの「へし切長谷部」に交代した。近侍というものは審神者の力を受けやすいため練度が上がりやすく、既に限界まで磨き上げられていたひと振りめのへし切長谷部よりも、これから磨き上げられるふた振りめの「へし切長谷部」に任せるのがよいだろうと判断されたのだ。
 へし切長谷部と「へし切長谷部」は同じ魂を持っていたが別個の存在でもあり、審神者もそのように接していた。審神者は彼らをただ、長谷部、と呼んだが、その響きがどちらを呼ぶものか彼らは明確に聞き分けていた。それがへし切長谷部たちの矜持であった。
 だがいつからか、ひと振りめのへし切長谷部は、ふた振りめの「へし切長谷部」に対して冷淡に振る舞うようになった。それは近侍の座を奪われたことに対する嫉妬であったかもしれないし、同じ魂を持つ相手への嫌悪であったかもしれない。へし切長谷部の心中は誰にも、審神者にすらもわからなかった。
 そして、へし切長谷部は「へし切長谷部」を斬り殺した。

  ※  ※  ※

「主命とあらば、何でもこなしますよ」
 俺と同じ声でそう言った「俺」にぞっと背筋が冷えたのは、今思えば、その先に起こることを本能的にわかっていたのかもしれない。
 最初の頃こそふた振りめの「俺」にどう接していいかわからなかったが、最終的には、別段気にすることもないだろうという結論になった。彼が何を考え何を以て主に仕えているのか俺には手に取るようにわかったし、粗相をすることも二心を抱くことも決して無いということはわかりきっていた。何せ彼は俺なのだから。
 近侍を下ろされたのは少しばかり俺の矜持を傷付けたが、新たな近侍は「俺」であり、その働きが完璧であろうことは想像に易かったので不満は無かった。そしてその通り、彼は完璧に近侍を勤め上げていた。
 長谷部、と呼ぶ声は俺と「俺」を明確に呼び分け、誤ることは無かった。主は俺たちへし切長谷部を見分けていたし、混同することも無かった。だからこそ俺は「俺」と二人で主にお仕えすることに抵抗は無かったし、むしろ二人分の忠義を捧げられることに喜びさえ感じていた。
 俺はへし切長谷部であり、彼も「へし切長谷部」である。それは俺にとって矛盾無く両立していたのだ。
「長谷部」
「はい」
 だがある日、呼ばわる声に返事をすると、主が妙な顔をした。戸惑った俺の隣を「俺」が通りすぎ、主はそちらに用事を言い付けた。俺は自分が聞き間違いをしたのだということに衝撃を受け、心底恥じ入った。主の意向を取り違えるなど、臣として失格だ。
 それから俺はより慎重に主の呼び声を聞くようになったが、聞き間違いはなくならなかった。俺を呼ぶ声に気付かず、二度三度とお手間をとらせることすらあった。恥じ入る俺は、しかし、いつからか疑念を抱くようになっていた。それは許されない疑念だった。あり得る筈の無い、あり得てはいけない、主への疑念だった。
 机に突っ伏してうたた寝している主を見かけたのは、その疑念をもて余し始めた頃だった。見回しても「俺」はおらず、何をしているのだと舌打ちをしてから俺は主にお目覚め頂くよう呼び掛けた。何度か繰り返すと主は目を開け、伸びをしながら上半身を起こすと俺を見た。
「ああ……長谷部か」
 俺は薄く笑みを浮かべたまま凍り付いた。違う。この呼び方は、この声音は俺ではなく、もうひと振りの方の「俺」を呼ぶものだ。
「……このようなところでお休みになっては、体を傷めますよ」
 なんとか絞り出した声は動揺の欠片も感じさせないだろう冷静なそれだったが、俺の心中はまったく冷静ではない。確信に変わってしまった疑念が、俺の総身を切り裂くようだった。
 主は、俺たちを見分けられなくなりつつあるのだ!
 それから俺は「俺」に対してまったく信頼感を抱けなくなった。いつ主が俺を忘れて「俺」だけを呼ぶようになるかと考えると、気が狂いそうだった。俺が「俺」と同一のものだと認識されるその時、俺は、ひと振りめのへし切長谷部は消える。
 「俺」が主に誉められるたび嫉妬で血が煮えたぎり、「俺」が主に対する忠義を口にするたび嫌悪で頭がおかしくなりそうになる。それまで気にならなかったことまで鼻につくようになった。
 そうなってくると「俺」が俺を見る目すらおぞましくて仕方なくなった。彼が何を考えているか俺にはわかる。ふた振りめでありながらひと振りめを差し置いて主の寵愛を得つつある自分の働きと忠義に対する誇りだ、そして……俺に対する圧倒的な優越感だ。
 このままでは俺は狂ってしまい主に忠義すら捧げられなくなる。もしかしたら同一のものと認識されるようになる方が早いかもしれない。そうすれば主にとってへし切長谷部はふた振りでありながらひとつのものとなり、「へし切長谷部」として愛されるようになるだろう。
 それだけは何があろうとも許せない!
 遠征先で八つ当たりの如く怨霊を散らしていた俺は、目の前で砕けた粗悪な打刀を見て、自分の中に天啓のような何かが舞い降りるのを感じた。それは漆黒の翼をはためかせ、俺の耳に素晴らしい妙案を囁いた。





「主、ご報告を。先程の出陣で、『俺』が折れてしまったようです」
 その「俺だったもの」を差し出すと、主は小さく息を飲んだ。みるみる顔色を失っていく主はなんてお優しいのだろう、こんな鉄屑はさっさと炉にくべてしまおうと思っていたのだがそうしなくて良かったようだ。
 何かを言おうとしているのか口を開閉し、けれど結局何も言わずに主は俺を見上げた。俺ははたと気付いて眉を下げ、「俺」の喪失を惜しんでいるような表情を作る。
「残念なことですが、これも天命だったのでしょう。手厚く葬ってやりましょう」
 泣き笑いのような表情を浮かべて頷いた主に俺は心底満たされ、そしてこれから先もこうし続ければよいのだと確信した。
 そう、これからも俺は、ただひと振りのへし切長谷部であり続けるのだ。


《終》

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