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Posted by 新矢晋 - 2011.10.07,Fri
グレオニー護衛就任中。
お見舞いから「覚悟の誘い」までの流れ。

熱に浮かされ

 今日は護衛としてつかなくても良い休日で、やることも無い俺は結局いつものように訓練場で剣を振りながら、皆には気付かれないよう通路の様子を窺う。他の人より大分低い位置を通る頭と、それとは不釣り合いに堂々とした胸の張り方、飾り気の無い未分化向けの服を着た姿……は、見当たらない。
 ――あのひとは来ないのだろうか。今日は早めに勉強が終わるから、久し振りに訓練を覗きに行くと言って嬉しそうに笑っていた、あのひと。
 こっそりと溜め息を吐いた瞬間、後頭部を何者かにはたかれる。慌てて振り返るとそこには呆れ顔の同僚が立っていた。
「お前な、わかりやすすぎ。さっきから通路見ては溜め息吐いて、会いに行くか訓練するかはっきりしろよ」
「え、あ……すまん……」
 ばれていたらしい。
 同僚はぽんと俺の肩を叩いてから俺の正面に回り剣を構える。どうやら付き合ってくれるつもりらしく、それならと俺は気持ちを切り替え訓練に集中する事にした。……筈だった。
 打ち合いを始めて幾ばくもしない内、攻め込んだ拍子に俺の剣が手からすっぽ抜けてあさっての方向に飛んでいった。呆れ果てた同僚から何か言われる前に駆け出す俺。これが訓練で本当に良かった、と溜め息を吐きながら剣を拾った俺が立ち上がると、馴染みの顔と目があった。
「ひゃっ!?」
 相手はまさか茂みの影から俺が現れるとは思っていなかったらしく、抱えた洗濯籠を落としそうになってあわあわと慌てている。
「やあ、サニャちゃん。……あのさ、」
 あのひとの様子を聞こうとして、口ごもる。約束をしていたわけでもないし、今日は休日だし。そんな事を聞き出して良い道理は無い、のだが。
「ここんにちはです! ええとサニャは何も知りませんっ、レハト様から口止めなんてされてませんし、グレオニーさんはレハト様の事は気にせずお休みを過ごして下さいませっ!」
 ――俺でもわかる。何かあったのだ。
 俺の顔色が変わったのを見て失言に気付いたのか、彼女は頭を下げてからぱたぱたと廊下の向こうへ駈けていった。引き留める間も無い。
 何が、あったのだろう。訓練場に引き返しながら考え込んでいた俺は余程情けない顔をしていたらしく、同僚に問い詰められたが曖昧にごまかした。
 「口止め」と言っていた。つまり、俺が知るべき事ではないのだろう。当たり前だ、俺はあのひとの護衛とはいえ正式なものではなく、実力も信頼も何もかもが足りない。俺が指名されたのだって単なるお情けで……。
「グレオニー!」
 鋭い声にはたと我に返る。同僚が深々と溜め息を吐いて、俺を追い払うように片手を振っていた。
「片付けはやっておくから、もう行ってこい」
 言い返す前に回廊へ押し出され、さっさと歩み去られてしまう。俺は暫く途方にくれていたが、矢張りあのひとが気になって、足が自然と塔へ向かっていた。


 ――しかし、いざあのひとの部屋の前まで辿り着くと、扉を叩く勇気が出ない。大体俺は、何があったのかすら知らないのだ。
 廊下を何度も往復していると、不意に扉が開いて知った姿が現れた。なるべく足音が響かないようにしていたつもりだったが、この老侍従には気付かれてしまったようだった。
「……矢張り貴方でしたか」
「あ、すみません……あの……レハト様の事で」
 ローニカさんは何処か複雑な、ほっとしたような表情を浮かべた後に俺を部屋へと招き入れた。
「サニャからお聞きになりましたか」
「いえ、その……何かあったんでしょうか、俺には言えないような……」
 尻すぼみになる俺の言葉に片眉を上げてから、彼は柔らかな調子で答える。
「体調を崩されて寝込まれただけですよ、口止めされていたのは……心配をかけたくなかったのでしょう」
「え、あ、良か……って良くないですよ、レハト様は大丈夫なんですか?!」
 思わず声が大きくなってしまった俺は、人差し指を立ててみせるローニカさんを見て我に返り口を噤む。苦笑した彼は、思案げに隣室への扉を見やってから俺に向き直った。
 ――この老いた侍従は、時折俺なんかより余程強い眼力を持っている。
「今は落ち着かれて、お休みになっています。……少しだけ会っていかれますか?」
 会っても構わないのか。俺の戸惑いなどお見通しの笑みが、緩く頷いた。
「ええ。レハト様が、お呼びでしたから」
 熱に浮かされて何度も呼んでおられましたよ、と言われて、その意味を理解した俺は一瞬思考が停止する。
 ――あのひとが。俺を呼んで。何度も。……期待しそうになる、やめてくれ、俺にはそんな資格など無いのに。
 混乱しながらも俺は寝室へと案内され、レハト様が眠るベッドの横の椅子へと腰掛けた。ローニカさんが呼び掛けると、熱に濡れたような瞳が俺を見た。
「……れ、……にぃ……」
 たどたどしく呼ばれたのが俺の名前に聞こえて。自意識過剰でもいい、熱に魘されている主人を安心させる為だと内心言い訳をしながら、俺はそっとレハト様の手を握った。
 繋いだ手は妙に熱くて、柔らかい。レハト様は弱々しく俺の手を握り返してから引き寄せて、頬を押し当てた。
「……、で……」
「何ですか、レハト様」
 掠れた声で囁くその口元に耳を近付けると、泣き出しそうに震える声が俺の耳朶を擽る。
「……おいていかないで……」
 思わずその顔を見返した俺の目の前で、レハト様の目から一筋の涙が零れた。後から後から零れ落ちるそれに見惚れていた俺は、その後レハト様が声も無く唇の動きだけで紡いだ言葉を正確に読み取ってしまった。
 ――おかあさん。
 ああ、この人は寵愛者にして継承者で、悪意のただなかに放り込まれても折れる事の無い強かさを持つけれど、親を亡くして間もない子供でもあるのだ。
 いつだったか「私には何も無いから、一人きりでも生きる力を身に付けないと」と言って笑ったレハト様は眩しくて、俺とは違う生き物なのだと手を伸ばす事さえはばかられて……でもその眩しさに惹かれた俺は、ただ足元に纏わりついても追い払われない優しさに甘えていた。
「……レハト、さま」
 そうっと名前を読んで、涙を指で拭う。うとうとと眠りに落ちかけているレハト様はそれでも縋るように俺の手を握り締めたままで、その手から熱が伝染しそうだ。
 ――このひとを、守りたいと思った。
 足元をちょろちょろするのではなく、その隣に立ちたい。子供らしい甘えさえ封じ込めざるを得なかった、たった一人で立とうとしているこのひとを、いちばん近くで守ってやりたいと思った。
 こつん、と額と額を合わせる。畏れ多い行為の筈なのに、心臓が嬉しそうに跳ねている。いつか夢で見たのと似た、瞼を閉じうっすらと唇を開いているレハト様の表情から目が逸らせない。
 そう、もう誤魔化せない。俺はこのひとを……。
「     」
 たった五文字さえ今の俺には口にする資格は無い。レハト様の厚意に甘えて、浅ましい自尊心を満足させているだけの俺は、……このままでは衛士としての忠誠すら捧げる事を許されないだろう。
 だけど。
 絶対に、このひとに相応しい男になってみせる。……間に合わないかもしれない、寵愛者を囲い込もうとする貴族たちが、その成人を手ぐすね引いて待っているのだから。それでも俺は。
 少しだけ強く、レハト様の手を握り締める。
「……待っていて、くれますか」
 ――俺が貴方の隣に立てるようになるまで、誰のものにもならずに待っていてくれますか。
 直接お願いする事なんて出来ないから、一方的に呟くだけ。身勝手な願いだ、こんな欲をこのひとに知られたらきっと軽蔑されるだろう。
 ゆっくり、深呼吸をしてからレハト様の手を俺の手から引き離す。布団をかけ直し、椅子から腰を上げて、俺は一度も振り返らずに寝室を後にした。


 ――訓練場に、金属のぶつかり合う音が響く。刃を潰してあるとはいえ、重みもあれば人を傷つける事も出来る剣を持って切り結ぶのは、ある種の緊張と冷気とを孕む。
 俺は、この緊張感さえ忘れて惰性で剣を振っていたのだ。勝てるわけがない。
「余所事考えてんじゃないよ、っ!」
 甲高い音、手にかかる重みと衝撃に剣を取り落とす。身構えるより早く腹を思い切り蹴飛ばされて、喉の奥からぐうと息が漏れた。
「お前、俺が付き合ってやってるのに考え事か? 随分偉くなったもんだな」
「う、す、すまん……」
 口の悪い同僚に頼み込んで休日に付き合ってもらっている以上、俺には文句など言えるわけもない。無言で顎をしゃくられて慌てて剣を拾いに走ると、背中に呆れ混じりの揶揄が投げられた。
「今更何を焦ってんの? 寵愛者様のお情けは頂けたわけだし、あとは失敗しないようにすれば……」
「次の御前試合、出るつもりなんだ」
 振り返った先で、同僚は目を丸くしていた。
「……優勝、したいんだ」
 更に俺が続けると、一拍の間を置いた後、同僚はげらげらと笑い出した。
 ――何もそんなに笑わなくてもいいと思う。いやまあ、万年二回戦の俺が言うと冗談にしか聞こえないだろうが。
「お前、本気か? ああ、まさかあの寵愛者様に本気になったとか言わないよな?」
 俺が黙り込むと同僚は真顔になり、剣をこちらに突き付ける。口は悪いが腕は確かなこの男が、こんな事をするのは初めて見た。
「ガキじゃあるまいし、弁えろよ。どう考えたって分が悪いし、お貴族様を敵に回すし、どうせお前の事だから途中でケツ捲って逃げ出すに決まってんだろうが」
「……っ、かもしれない、けど……」
 からからの喉。なんとか唾を飲み込んでから、俺は同僚を見返した。……今までの俺なら、きっと視線さえ合わせられなかっただろう。
「……俺は、」
「はいはい惚気なんて聞きたくないねー」
 しかし同僚は俺の言葉を遮りひらひらと片手を振る。剣を肩に担ぎ上げ、片目を細めて俺を見やる。鼻を鳴らしてから、
「ま、たまには真面目に訓練するのもいいかもね。ちゃーんと頭下げりゃ、また付き合ってやってもいいよ」
「え」
 今日は疲れたから終了ー、と踵を返す同僚の背に慌てて礼を言うと、ひらひらと手だけ振り返された。


 ――あ、あー。本日は晴天なり。
 中庭の茂みの陰で、俺は発声練習をする。今日こそ、今日こそはあのひとに言わなければならない。深呼吸をして、さあ、今だ!
「レハト様! 少しだけ、本当に少しだけお時間いいですか?」
 どうか、俺の勝利を捧げさせて下さい……!


《幕》

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