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Posted by 新矢晋 - 2011.09.21,Wed
トッズ愛情→憎悪風捏造話。護衛続行中。
強かで美しく毒のある寵愛者レハトが、王配の座におさまってからの話。死ネタ。
ヴァイルが悪役です。

血と鉄

 乾いた打音。夫でありこの国の王である男に音高く頬を打たれ、それでも女は表情を変えなかった。
「……弁解しないんだ。まあ出来る筈が無いよね、動かぬ不義の証拠が出来てるんだから」
 冷たくも美しい双眸は王を見やり、興味なさげに逸らされる。溜め息混じりに呟かれた言葉は台詞じみて淡々としていた。
「不義と仰いますけれど、私は約束を違えてはいません。……私が貴方を愛していない事など承知の上でしょう?
 それでも貴方は、傍に居てくれと言った」
 再び王は手を振り上げかけて、諦めたようにゆっくりと下ろした。倦むような、憎むような、炎のように苛烈な瞳が女を睨み付け、それから閉ざされた。
「……行け。処遇は追って決める」
 血を吐くような言葉に見向きもせず、女は服の裾を翻し私室へと足を向けた。青ざめた星々が瞬くテラスへと佇み、ぼんやりと月を見上げる様は一枚の絵画にも似ていた。
「随分派手にやられたねえ、かわいそうなレハト様」
 相変わらずの軽薄な口振り、全く気配を感じさせずテラスに現れた男は物怖じする様子も無く足を踏み出す。
 冷め切った瞳に見詰められ、溜め息をひとつ。
「そんな顔しないでよ、俺泣いちゃう。今日も愛しのレハト様の為に頑張ってきたっていうのにさ」
 手袋を外した冷たい手が、殴られ熱を持った頬に触れる。
「女の子の顔を殴るなんて悪い王様だ。……ねえレハト、レハトが望むなら俺、」
「首を飛ばされたいか、その手で私に触れるな汚らわしい」
 辛辣な台詞にも男が怯まないのは、同じ罪を抱く者の余裕。例えこの寵愛者が誰とつがっていても、彼女の本性を理解し共犯者として寄り添えるのは自分だけだという自負。
 ――男は全てを裏切り彼女の影となった。女はその彼を裏切り王配となった。
 最も収まりの良い場所へ、二人の寵愛者が結ばれる事を誰もが祝福し受け入れた。しかしその片割れは……片田舎の稚い子供だった筈の片割れは強い野心を胸に秘め、王の事など愛してはいなかった。
 よく回る頭と口は自らの足場を堅固にし、優雅な身のこなしとしとやかな容姿は容易く人を惹き付けた。今やこの国で彼女の思い通りにならぬ事など殆ど無い。
 その手助けをしてきた男の献身を女は決して労ったりはしなかったが、それに不満が生じる事は無かった。彼は両手を血に染めたまま女に愛を囁いて、それで満足して笑うのだ。
 冷たく、狂おしい月の光を背に男は笑みを浮かべた。
「そういえばレハト様、御懐妊おめでとう」
 白々しく言い放ってやっても顔色一つ変えない女を見て、ああ厄介な相手に惚れたもんだと男はますます笑みを深くする。
 ――男が把握している限り、彼女と王の間にそういった関係は無い。……つまり彼女の腹に宿る子は不義の子、王が激怒するのも無理は無い。
「……ねえレハト様、父親はだあれ?」
 猫撫で声で囁いた男に、あからさまな嫌悪と拒絶をその顔に浮かべて口を開いた女は、しかし何も言う事は出来なかった。
 両手を捉えられ壁に押し付けられて、噛み付くように唇を奪われる。ぬるり、と舌を侵入させた瞬間鈍い痛みを感じて男は身を引き、苦笑した。
「何も噛み付く事ないでしょ、それに俺には知る権利があると思うな……ねえ、俺の子でしょう?」
 ――ほんの僅か、常人なら見逃す程度に女の瞳が揺れたのを見て、男は満足した。これ以上の反応を引き出すつもりはない。素早く女の前に跪き、芝居がかった所作で頭を垂れる。
「いずれにせよ、俺は貴女の影、貴女の剣だ。その子も含めてお守りしますよ、レハト様」
 ――けれど彼は、守れなかったのだ。


 王配陛下が流産なされたのは、貴族のみならず民にまで知れ渡る事となった。話題が話題故に騒ぎにはならなかったが密やかに様々な噂が囁き交わされ、最も有力な「噂」は、王が子供の父親を疑った挙げ句の人工流産……悪趣味極まりない。
 床に伏せる女は黙して語らず、見舞いの類は全て断っていた。夫である王にさえ会おうとしない事が、噂に不穏な信憑性を持たせていた。
 ――深夜、傍仕えを引き払わせた後の寝室にて密やかな囁き声。
「情報操作はうまくいってるよ、……しかしまあ御本人があんな噂を流させてるなんて、無辜の民が知ったらひっくり返るね」
 女は男の顔を見ようともせず、寝台に上半身を起こした姿勢のまま無感情に言葉を紡ぐ。
「横暴で嫉妬深い王に傷付けられた哀れな女……肖像としては悪くない」
 黙って耳を傾けていた男だったが、その目が哀れむように細められ、次の瞬間には女を抱きすくめていた。女の抵抗を押さえ込み、耳元に唇を押し付ける。
「レハト、悼んだり悲しんだりしても罰は当たらないよ。俺も一緒に泣いてあげるし、慰めてあげる」
 熱を帯びた吐息混じりの声に身震いしてから、女は抵抗を止めた。その代わり見上げる瞳は殺意の一歩手前、射抜くような鋭さ。その視線を真っ向から受け止めて、男はくすくすと笑った。
「強がっても無駄だよ、俺はレハトになら憎まれたって嬉しいもん」
 すり、と頭を擦り寄せ甘えた声を出す男は女より一回り以上は年上で、その癖軽薄な口振りで、けれど拭いようのない血の匂いと闇を孕む。
 ――血と鉄の地獄に二人は立っていて、互いを鎖で縛りあい地獄に落ちてゆく。無邪気な好意も一途な愛も、その間には必要無い。
「……殺してやりたいな、トッズ」
「俺も愛してるよ、レハト」
 密やかな蜜言は、甘い毒の味に似ていた。


 ――そしてある春先の事。王国で内乱が勃発した。女がばら撒き育ててきた不和の種が、ついに花開いたのだ。
 貴族たちの殆どが王配派で、女は今こそ嵐の起こし時ぞと立ち上がった。……それがいけなかった。
 王は速やかに有力な貴族三人の首を撥ね、浮き足立った隙を突いて女の身柄を確保した。表舞台に出ていたのが徒となったのだ。女が落ちれば貴族たちは烏合の衆であり、内乱は少しずつだが確実に収束していった。
 暗く黴臭い牢獄に捕らわれた女は、それでも頭を垂れなかった。懺悔を求める神官にも、恩赦をちらつかせに来た王にも、視線すら向けずただ背筋を伸ばして座っていた。
 ただ一言。
 看守が聞いた彼女の言葉は、「私の剣はどこにいったのかしら」というただそれだけ。
 処刑の日、衛士二人に挟まれ牢から連れ出されても女の顔色は変わらず、微かに聞こえる雨音に僅かに視線を上げて、
「神も私の為に涙を流して下さっているわね」
 そう、言い放つ。処刑を控えてなお不遜な台詞を吐く毒婦に衛士は顔を歪め、何か言おうと口を開いたが、
「そりゃあ、こんな美女を殺すとあっちゃ神様じゃなくても泣きたくなるでしょ」
 女を挟んで反対側を歩いていた筈の相棒の軽薄な口調に目を見張る。そして、何が起こったのかもわからぬままに彼の心臓は永遠に動きを止めた。
 胸に少し血を滲ませただけ、驚愕の表情を顔に貼り付けた衛士の死体を通路の影に隠してからその相棒――の姿をした何者か――は女を荷物のように抱き上げると駆け出した。半ば呆然と成り行きに身を任せていた女はしかし、甘い血の匂いと男の息遣いに瞳を蛇のように細める。
「……馬鹿だとは思っていたが、ここまでどうしようもないとはな」
「酷いなあ、命懸けで救い出しに来た騎士様への台詞じゃないよ、レハト」
 人気の無い場所を風のように縫って、茂みの陰で一息ついてから男は……かつての密偵は笑う。着替えを地面に置き、その上に無造作に短剣を放り投げてから両腕を広げた。
「さあレハト、選んで。その短剣で喉を突くか、髪を切って着替えるか。俺としては後者がオススメかな」
 相変わらずのにまにまとした笑みを崩さずに、男は商人の売り口上が如く流れるような台詞を続ける。
「大人しく処刑されるくらいなら、レハトの人生俺にくれたって良くない?
 ……どうしても嫌だってんなら、心中も悪くないかなあとは思うけど」
 ほんの瞬き程の間、女と男の眼差しが真っ向からぶつかり合う。
 そして女は短剣に手を伸ばし、――白い喉に刃が潜り込むのを、男は止めもせずに見詰めていた。ごぶ、と喉が鳴り死にきれずに短剣を取り落としそうになったその手から短剣を引き継いで、とても優しい仕草で喉を断ち切る。
 うずくまるように芝生の上へ倒れた彼女を見下ろして、男はしみじみと呟いた。
「……最後まで俺のものにはならない、か」
 濃厚な血の匂い。そのうち優秀な衛士が嗅ぎ付けるだろう。血に濡れた短剣を片手で弄びながら、男は屈み込み死体の髪を掴み上げると首筋に唇を押し当てた。
「憎たらしいくらい愛してる、レハト」


 ――処刑寸前に姿を消したその女は、程なくして湖畔で事切れているところを発見された。傍らには遺書があり、処刑されるくらいなら自ら命を絶つと記されていた。
 その後、女の手引きをしたとされる男も捕らえられ処刑される事となったが、男は処刑される寸前に王の天蓋を見上げこう叫んだという。
「お気の毒だね、王様!
 これまでもこれからも、あいつの心は俺のものだ!
 憎しみも愛も、俺だけの……!」
 その意味を理解したのは王その人だけで、罪人の口はすぐに塞がれ首は落ちた。王の命によりその死体は罪人用の共同墓地に葬られる事はなく、山犬の餌となった。
 ――それから王はよく国を治めたが、後配は迎えず、彼の血はその代で途絶えたという。


《幕》

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