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Posted by 新矢晋 - 2011.09.20,Tue
グレオニーに詩を教える話。護衛就任中。
知力と名声高めの、末は文官か貴族予定の未分化レハト。

詩作のすゝめ

 はた、と気付いて窓の外を見ると日が暮れていた。どうやら随分と詩作に没頭していたらしく、静まり返った図書室にはもう人の気配が無い。
 ――ああ、いや。
 視界の隅で居心地悪そうにしている影を見付けて、私は手招きをする。歩み寄る大柄なそれにもう帰ると告げれば、彼はほっとしたように頷いた。
「……レハト様は、詩がお好きなんですね」
 廊下を二人で歩きながらぽつりと呟いた彼の口振りは、妙に重い。怪訝そうな私の視線に気付いたのか、彼は慌てて頭を振り弁明を始めた。
「いえっレハト様は寵愛者様ですし、俺なんかと違って高貴な方ですから! 詩歌を嗜まれるのも当然です、けど、その……」
 はっきりしない。
 少し強めに詰問すると、彼は観念したように肩を落として呟いた。
「……レハト様のような方に気に入られる方は、きっと詩歌に堪能で教養があるのでしょうね」
 自分は彼を気に入っているから護衛に指名したのだと、そう言ってやっても彼は困ったような笑みを浮かべて恐縮するばかり。
 ――そういえば、と私は彼を護衛に任じるより少し前の事を思い出した。まだ空回りしていた頃の彼が、苦手な詩の勉強に四苦八苦していた事。この様子からして、まだ苦労しているらしい。
 彼は、そういった負い目や劣等感に引き摺られやすい。御前試合に負け続けていたのも、実力が足りないというよりは精神的な支柱の不安定さによるものだろう。何とかしてやりたいと自分の護衛に取り立てたものの、その時でさえ迷いを隠しきれていなかった。
 ……。
 詩の指導をしようか、と申し出ると彼は案の定慌てて辞退しにかかる。だが私も退かない。人に教えるのは自分の勉強にもなるだとか、詩について話せる友人が出来ると私も嬉しいだとか、上背のある彼を見上げて熱っぽく言い寄ると見る間に狼狽えだす。
 ――彼が降参するまで、さほど時間はかからなかった。


 部屋まで送り届けられた私はいそいそと教材に使う書物の選別を始め、老侍従の入れた紅茶を啜る頃にはすっかり夜も更けていた。
 お小言を頂く前に夜更かしの理由を説明すると、老侍従は得心いったように頷きながら苦笑した。
「……お優しいのも結構ですが、御自分のお勉強も蔑ろになさいませんよう」
 ちくりと釘を刺されたのは、この老侍従には私の想いなどとっくに露呈しているが故。一介の衛士に寵愛者が特別に情を傾けるなんてあまり誉められた事ではなく、それこそ結ばれるなど有り得ない。
 ――けれど私は知ってしまった。彼の瞳が時折、迷いと諦めとそれ以上の切実さを帯びて私を見詰めているのを。そして私もまた、どうしようもなく彼を求めているのだと。
 彼が私の想いに気付く事は恐らく無い。城に連れてこられたばかりの頃ならまだしも、今の私は立派に貴族と渡り合い勉学に励む候補者様で、彼とも程々に距離を保つようにしている。
 私はそちらへは行けない。だから、彼にこちらへ辿り着いてもらわなければならない。……寵愛者に相応しい男になってもらわなければならない。その過程で彼が私への思慕を失い、忠節や単なる義務に変わったとしても。
 ……信じてもらえないかもしれないが、私は彼を愛しているのだ。
「……レハト様?」
 思索に沈んだ私を呼んだ老侍従に、私は緩く頭を振ってみせる。そして、あの人には決して見せられない、まるでどこぞの王子殿のような酷薄な笑みを唇に乗せた。
 彼を、……グレオニーを、私に相応しい位置まで引っ張り上げてみせる、と。


 数日後、私とグレオニーは人払いをした図書室に居た。……この程度の我が儘なら問題無く通せるようになったのも、私が覚悟を決めてからだ。
 居心地悪そうなグレオニーの隣に腰掛け、まずは基本的な事から始める事にする。
 ――詩の勉強も、歴史の勉強とさして変わらない。
 私がそう言い放つと、グレオニーは困惑したように眉を下げた。私はなおも続ける。過去の偉大な詩人たちが残した表現技法を片っ端から暗記し、適した場面や用途で組み合わせ使い分けるだけで、それなりに格好はつく。愛の詩ならこれ、友情の歌ならこれ、というように各場面で好まれる言い回しは実のところそう多くはないのだ。……無論、心を打ち振るわせ涙させるような詩を作るにはそれだけでは足りないが、社交界で恥をかかぬ程度にならこのやり方で十分だ。
「……レハト様が仰るなら、間違いは無いですね」
 半ば強引に納得させたグレオニーを相手に、私の授業が始まった。
 グレオニーは生徒としては教えやすい部類だった。素直にこちらの指示に従うし、課題には全力で答えようとする。遠慮が先に立って質問したり意見を述べたりする事は少ないが、それについては私が気をつけて見ていれば良い。けして覚えの良い方では無いが、何回かこの調子で手解きすれば問題なく基礎はおさえられるだろう。
 ふとした瞬間に肩が触れて息を呑んだり、横顔に焼け付くような視線を感じて気付かないふりをしたり……心臓に悪い幾つかの出来事を経て授業は無事終了する。
 西日の差す廊下を二人で歩きながら次の授業について切り出すと、グレオニーは目を見張った。しかし、一人前に詩を作れるようになるまでは頑張ってもらわないとと私が続けると、何処か諦め混じりに笑ったのだった。


 それから何度かの授業を経て、グレオニーは何とか格好がつく程度の詩学を身に付けていった。最初こそ戸惑っていたものの、私が真剣に指導している事を察した彼も真面目に取り組む姿勢を見せていた。自発的に書物を借りたりもしていると図書室付きの文官から聞かされ、私は安堵した。
 ――私は何に安堵したのだろうか。グレオニーが真面目に勉学に励んでいるなら少なくともこの授業が長引く事は無く、これ以上彼が私に萎縮したり距離を感じたりする事は無いから?
 今更何を躊躇うのだろう、愛らしい未分化の子供として無邪気に彼に纏わりついていられる時は過ぎたのだ。私はこの城に私の居場所を作る。そしてその隣には、彼が居なければならない。……そして、その為には彼に疎まれようが、彼の価値を地位を高めなければならない。
「レハト様。……レハト様?」
 はたと我に返った私は、グレオニーから差し出された紙に書き綴られた詩に目を通す。妙に力の入った緊張の色濃い文字列が、自然への賛歌をうたっている。
 ――悪くない。私がそう言うとグレオニーは安堵の溜め息を吐いた。そして、私が数カ所に行う添削を真剣に聞いていた。
 その日も授業は滞りなく終わり、西日差す廊下を歩く私たちは他愛もないお喋りをしながら歩く。部屋の前で立ち止まり、二つ折りにした紙を渡すとグレオニーは不思議そうな顔をしながらも受け取った。
 宿題、だ。
 基本的な技法はおさえられてきたから、今度は応用。私が書いたこの詩への返事を、詩で書いてみろと言えばグレオニーの顔色が変わった。
「そ、そんな俺には無理です……!
 レハト様が書かれた詩にお返事だなんて、畏れ多くてとてもじゃないですけどってレハト様?!」
 悲鳴のような声を無視して部屋の中へと。……グレオニーは暫くうろうろしていたようだが、そのうち諦めたらしく足音が遠ざかっていった。
 そして扉の内側で私は顔を覆う。
 ――渡してしまった。
 グレオニーに渡した詩は、以前眠れぬ夜に彼を思って書き付けたもの。勿論、一目で彼の事だとわかってしまうような表現は削ったが、それでもあれは私のうたった愛の歌。
 彼はきっと気付かない、行き場を失った私の心。気付かれたいのか気付かれたくないのか、それすらわからずに私は寝台へと倒れ込んだ。


 ――そして次の授業の日、人払いをした図書室で私たちは向かい合って座っていた。グレオニーから差し出された紙片を受け取る。
 そこには、何も書かれていなかった。
 心臓に冷えた鉄を差し込まれたような心持ちで黙り込む私を見ているのかいないのか、グレオニーは勢いよく頭を下げ謝罪の言葉を述べ始める。
「俺には書けません、あんな……あんなに切実で真っ直ぐな詩への返事なんて、俺には無理です」
 ――気付かれた?
 指先が震えそうになるのを握り締めて、私はグレオニーの褪せた茶色の髪を見詰めていた。
「読み返す事も出来なくて、……何度も読んだりしたら俺、勘違いしてしまいそうで、レハト様が俺をす、」
 さっと頬に朱を昇らせたグレオニーは慌ててぶんぶんと頭を振った。頬の赤みが引いてから、小さく息を吐き出して私を見る。
 ――背筋が震えた。
 冷たい情熱。切実に、ただひたすらに欲している癖に、諦めと苦悩でそれを覆い隠しているその瞳。……私は、この瞳に囚われてしまったのだ。
「それに俺は……その、レハト様には、過去の詩人が使った言葉ではなくて、俺自身の言葉で伝えたいんです……ちゃんと、俺が、俺の言葉で」
 今、私は、どんな顔をしているだろう。きちんと「寵愛者様」の顔が出来ているだろうか。自信が無くて両手で顔を覆ってしまった私に、グレオニーは慌てふためいた。見なくてもどんな表情をしているかわかる、眉を下げて口をぱくぱくとさせて……困った顔ばかりがよく思い出せるのは我ながらどうしようもない。
「俺また変な事言っちゃいましたか?!
 すみません、忘れて下さい……ってそういうわけにもいきませんよね、ええと」
 ……何だか可笑しくなってきた。顔を隠していた手を下ろしてから笑いかけると、グレオニーは小さく息を呑んでからもごもごと口ごもった。
 そういえば、こんな風に笑うのは久し振りだったかもしれない。「ここ」に居てもいいよと言ってもらう為、堂々と廊下を歩く為、……彼と共に居る為。私は寵愛者として、王候補として恥ずかしくない振る舞いをする事を第一にしてきた。
 今となっては大抵の事をうまく受け流す自信があるというのに、彼にかかればこんなに容易く笑ってしまう。本当に、どうしようもない。
 ……詩の授業はお終いだと告げると、グレオニーはしょんぼりと眉を下げた。自分が何か不手際をしたと思っているのだろう。私が続けて、あんな事をてらいも無く言えるのなら詩を学ぶ必要は無いと言えば、少し遅れて目元を染めた。
 いつか、グレオニーの言葉で、グレオニーの心を聞かせてほしい。
 真っ直ぐ彼を見詰めながらそう言うと、彼の瞳が大きく動揺に揺れる。返事など期待していない、手荷物を纏めて立ち上がった私の手に、ごつごつとした指先が迷うように触れた。
 視線を上げると、かちあう眼差し。
「……いつか、必ず」
 震える唇、真剣な声。グレオニーの指が触れるか触れないか程度の箇所がじんわりと熱を持って、私は、照れ隠しのように立ち上がって上着を翻し図書室の出口へと先導する彼の、背中を見詰める事すら出来なかった。


 ――いつか。……いつか。
 私たちが本当の心で触れ合えるのは、いつでしょう?
 それは、きっともうすぐ……。


《幕》

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