Posted by 新矢晋 - 2011.10.11,Tue
トッズ交友高め、じわじわ愛も上がり始めているようです。
強気でチートな未分化「僕」レハト在中。
強気でチートな未分化「僕」レハト在中。
昼下がりの対決
「これで終いだ」
テーブルに置かれた遊戯盤の上に駒を置いてそう宣言するのは、落ち着き払った態度の子供。片手でカップを傾ける仕草など既に風格すら漂いつつあるのだから、寵愛者というのは空恐ろしい。
――この優秀で美しい第二の寵愛者様が何故俺なんぞとこうして盤遊びなどしているのかといえば、表向きの理由は俺がお抱えの商人さんだから。裏向きについては秘密ね。
衛士やら神官やらを模した駒を配置して城を取り合うこのゲーム、貴族の間では高度な知能ゲームとしてよく遊ばれていて、使う盤や駒は緻密な装飾を施した美術品として愛でられたりもする。
「最近はタナッセ殿下も相手してくれなくて。ま、手解きしてた筈の相手に易々と追い抜かれちゃ、あの殿下が我慢できるわけないか」
……これがほんの少し前まで田舎で何も知らずに暮らしてたお子様の台詞かね。
「トッズさんとしては、お得意様の暇潰しにお付き合いするくらい喜んでさせて頂きますけどね。物足りないでしょ、俺じゃあ」
「そう思うなら手加減しないでよ、トッズ」
何のことだかととぼけてみたって、この子は気付いているのだろう。不満げに片眉を上げただけで何も言わず、紅茶を飲む仕草が小憎たらしい。
――まあ、正確には手加減というより様子見なんだけどね。今までの勝負で相手の好む手や傾向はなんとなくわかってきたから、そろそろ本気出してもいいかなって頃合いだ。
「ねえねえレハト様、だったら賭けない?」
「金と体は賭けないよ、大事な道具だからね」
「わかってるって、お遊びなんだから。負けた方は勝った方の言うことをきくとか、そういうのでさ」
じっとこちらを見てくる目は、真意を探る目だ。子供らしい愛らしさだとか無邪気さなんて欠片もありゃしない。にこにことわざとらしいくらいの笑顔を向けてやると、鼻を鳴らした後に口元が緩んだ。
「いいよ、やろうか」
短く答えてから駒を盤上に配置する手つきは軽やかで、その表情からは内心は窺い知れない。心なしか楽しそうに見えるのは気のせいではないだろうが、さて。
――円形の盤上に並ぶのは、銀の駒。衛士、神官、王などの職を模した物。細かな彫金細工によるそれを持つ白い指が、盤に刻まれた道に駒を進める所作が、……今まで見てきたどの貴婦人よりも完璧に優雅なのが笑えない。
盤上に注がれる真剣な眼差しはナイフのように鋭くて、その癖睫毛は長くてその鋭さを程よく和らげている。俺が駒を進める度に少し首を傾げて瞳を細める瞬間だけ、年相応の顔になってる事には気付いてないんだろうなあ。
「貴族を黒金通りへ」
カタン、と響く硬質な音。
我がお得意様は、貴族駒を使うのが上手い。小回りはきくが一度に長距離を移動出来ないこの駒を使って、相手を囲い込み道を塞ぎじわじわねちっこく落城を狙う、性格の悪さが滲み出る戦法がお得意らしい。
――ふむふむ、このままだと五手先に詰みかな?
さてどうしたもんだか、と尤もらしく顎に指を当てながら視線を上げると、寵愛者様は余裕綽々で焼き菓子を手に取っていた。両手で大事そうに捧げ持ちながら咀嚼する様は、まるで子供。いやまあ実際子供なんだけど。
「……なに」
俺の視線に気付いて不機嫌な声を出しながらも菓子は手放さないあたり、よっぽど好きなんだろうね。
「いいえ、なーんにも?……はい、王を白銀通りへ」
とぼけながら俺が動かした駒を見て、寵愛者様はお行儀悪く一口で菓子の残りを飲み込んだ。こちらの表情を窺う視線が痛いけど、面の皮の厚さには自信がある。無視して俺も菓子に手を伸ばしたら、舌打ちされた。
「……わあ、レハト様こわーい」
「怖いのはそっちだよ、顔色一つ変えずに戦況引っくり返しておいて」
悩ましげに眉を寄せながら、けれど、お美しい寵愛者様は無邪気に笑った。
「でも、こんなに楽しい勝負は久し振り」
――こんな風に笑えるのか。
しかし直ぐにその笑みは消え、真剣な眼差しで子供は盤上を見詰める。軽口でも叩いて少し引っ掻き回してやろうかと思ったけど、さっきの笑顔に毒気を抜かれたから止めておく。
そして太陽が傾き始める頃、勝負は決した。
俺の勝利だった。
「わーい、俺の勝ちー」
わざとらしく両手を上げると、睨まれた。そのまま盤上に視線を落とし、ぶつぶつと何やら呟いている。駒を動かしたり考え込んだり、対戦内容の反省をしているらしい。勉強熱心な事で。
「さて、何してもらおうかな。レハト様に言うこときいてもらえる機会なんてもう無いだろうしなあ」
「負けは負けだからね、煮るなり焼くなり好きにすればいいよ」
落ち着いた素振りで紅茶を飲む寵愛者様の、口元が僅かに強張っているのには気付かないふり。俺って優しいよね、うん。
この寵愛者様は負けず嫌いで、なまじ才知に優れ何でも出来ちゃうもんだから、たまに思い通りに行かない事があると拗ねちゃう事がある。普段は大人顔負けの奸智に長けて腹芸も得意な癖に、時々子供の顔を見せるのは信頼の証しか、それともそれすら演技なのか。
――本当、何考えてんだかわからない子だなあ。ま、賢しい子は好きよ、話が早くて助かるし。
「じゃあねえ、レハト様に祝福を頂いちゃおうかな」
「……?」
怪訝そうに眉を寄せるお子様に、にんまりと笑ってみせる。うん、寵愛者とか言われつつも神殿には全く興味ないよね、知ってる。
とん、と指先で自分の頬を示して、
「寵愛者様の祝福が頂けたら、商売繁盛間違いなしじゃない?」
片目を瞑ってみせる。……いつもの冗句だ、辛辣な言葉が返ってくる事を期待した言葉遊びに過ぎない。大体、未分化の子供に本気で口付けを強請る趣味なんて無い。
ああ、それなのに。
「……へ、あ……祝福……ってそういう……」
あからさまに動揺した様子で、まともに言葉も紡げず、迷うように視線を泳がせるなんて。
「僕の、……く、口付けなんかに祝福の効果は無いよ。神様なんて大嫌いだし」
――本当はさっさと撤回して別のお願いをするつもりだったのに、こんな反応が返ってくるとは予想外だ。俺もつられて動揺しそうになったが、軽く息を吐いてからこれ見よがしに肩をすくめてみせるくらいの余裕はある。
「レハト様ともあろうお方が、約束破ったりはしないよね?
ほら、あの怖い侍従さんが帰ってくるまでに済ませちゃいましょ」
席を立ち机を回り込んで、寵愛者様の前に跪く。逃げ場をなくした子供の弱り切った顔が、妙に胸をざわつかせるというかこれ以上は何かが危ういというか。
覚悟を決めたらしい寵愛者様の顔が近付けられるのをひょいと回避して立ち上がり、怪訝そうな顔を見下ろして軽薄な口調を作る。
「流石にここまでかな。可愛い反応してくれるから、つい調子に乗っちゃった」
――からかっただけ。そういう事にしておかないと、色々とまずい事になりそうな気がした。
寵愛者様の顔色が変わり、次の瞬間ぬるい紅茶が俺に浴びせられていた。避けようと思えば避けられたけど、まあ、甘んじておく。
「死ね!兎鹿に蹴られて死んじまえ!……暫くはその顔僕に見せるなっ」
顔が真っ赤なのは、怒りによるものだという事にしておいてあげよう。仰せのままに踵を返し、丁寧に一礼してから退室して扉を閉めた直後何かが扉の向こう側に叩き付けられた模様。……あのカップ、なかなか上等だったのに勿体ない。
まあ、長々と怒りを引き摺るタイプでもないし、ほとぼりがさめた頃に手土産でも持ってご無礼を謝りに行きますか。
「……ちょっと惜しい事したかなあ」
――……ん?
無意識に口から出た言葉に首を捻りつつ、俺は王城を後にした。
* * *
用事から戻った侍従は部屋の惨状に眉を顰めたが、
「暫くあの商人は取り次ぐな!」
……という僕の言葉で全てを理解したらしく、苦笑しながら頷いた。
一方の僕はといえば、足どりも荒く寝室に引っ込んで頭を冷やそうと試みていた。しかしまだ顔が熱い。くそっ、どうかしている。
――僕は、弱みなど見せてはいけないのに。邪魔者は蹴落とし、利用出来るものは全て利用して、この場所を手中に……その為にあの男も利用しているだけの筈なのに。
「……ああもう!」
面倒臭くなって不貞寝した僕はそのまま熱を出して寝込んでしまい、見舞いとして届けられた一輪の花に頭を抱える羽目になるのだが、……それはまた、別の話である。
《幕》
「これで終いだ」
テーブルに置かれた遊戯盤の上に駒を置いてそう宣言するのは、落ち着き払った態度の子供。片手でカップを傾ける仕草など既に風格すら漂いつつあるのだから、寵愛者というのは空恐ろしい。
――この優秀で美しい第二の寵愛者様が何故俺なんぞとこうして盤遊びなどしているのかといえば、表向きの理由は俺がお抱えの商人さんだから。裏向きについては秘密ね。
衛士やら神官やらを模した駒を配置して城を取り合うこのゲーム、貴族の間では高度な知能ゲームとしてよく遊ばれていて、使う盤や駒は緻密な装飾を施した美術品として愛でられたりもする。
「最近はタナッセ殿下も相手してくれなくて。ま、手解きしてた筈の相手に易々と追い抜かれちゃ、あの殿下が我慢できるわけないか」
……これがほんの少し前まで田舎で何も知らずに暮らしてたお子様の台詞かね。
「トッズさんとしては、お得意様の暇潰しにお付き合いするくらい喜んでさせて頂きますけどね。物足りないでしょ、俺じゃあ」
「そう思うなら手加減しないでよ、トッズ」
何のことだかととぼけてみたって、この子は気付いているのだろう。不満げに片眉を上げただけで何も言わず、紅茶を飲む仕草が小憎たらしい。
――まあ、正確には手加減というより様子見なんだけどね。今までの勝負で相手の好む手や傾向はなんとなくわかってきたから、そろそろ本気出してもいいかなって頃合いだ。
「ねえねえレハト様、だったら賭けない?」
「金と体は賭けないよ、大事な道具だからね」
「わかってるって、お遊びなんだから。負けた方は勝った方の言うことをきくとか、そういうのでさ」
じっとこちらを見てくる目は、真意を探る目だ。子供らしい愛らしさだとか無邪気さなんて欠片もありゃしない。にこにことわざとらしいくらいの笑顔を向けてやると、鼻を鳴らした後に口元が緩んだ。
「いいよ、やろうか」
短く答えてから駒を盤上に配置する手つきは軽やかで、その表情からは内心は窺い知れない。心なしか楽しそうに見えるのは気のせいではないだろうが、さて。
――円形の盤上に並ぶのは、銀の駒。衛士、神官、王などの職を模した物。細かな彫金細工によるそれを持つ白い指が、盤に刻まれた道に駒を進める所作が、……今まで見てきたどの貴婦人よりも完璧に優雅なのが笑えない。
盤上に注がれる真剣な眼差しはナイフのように鋭くて、その癖睫毛は長くてその鋭さを程よく和らげている。俺が駒を進める度に少し首を傾げて瞳を細める瞬間だけ、年相応の顔になってる事には気付いてないんだろうなあ。
「貴族を黒金通りへ」
カタン、と響く硬質な音。
我がお得意様は、貴族駒を使うのが上手い。小回りはきくが一度に長距離を移動出来ないこの駒を使って、相手を囲い込み道を塞ぎじわじわねちっこく落城を狙う、性格の悪さが滲み出る戦法がお得意らしい。
――ふむふむ、このままだと五手先に詰みかな?
さてどうしたもんだか、と尤もらしく顎に指を当てながら視線を上げると、寵愛者様は余裕綽々で焼き菓子を手に取っていた。両手で大事そうに捧げ持ちながら咀嚼する様は、まるで子供。いやまあ実際子供なんだけど。
「……なに」
俺の視線に気付いて不機嫌な声を出しながらも菓子は手放さないあたり、よっぽど好きなんだろうね。
「いいえ、なーんにも?……はい、王を白銀通りへ」
とぼけながら俺が動かした駒を見て、寵愛者様はお行儀悪く一口で菓子の残りを飲み込んだ。こちらの表情を窺う視線が痛いけど、面の皮の厚さには自信がある。無視して俺も菓子に手を伸ばしたら、舌打ちされた。
「……わあ、レハト様こわーい」
「怖いのはそっちだよ、顔色一つ変えずに戦況引っくり返しておいて」
悩ましげに眉を寄せながら、けれど、お美しい寵愛者様は無邪気に笑った。
「でも、こんなに楽しい勝負は久し振り」
――こんな風に笑えるのか。
しかし直ぐにその笑みは消え、真剣な眼差しで子供は盤上を見詰める。軽口でも叩いて少し引っ掻き回してやろうかと思ったけど、さっきの笑顔に毒気を抜かれたから止めておく。
そして太陽が傾き始める頃、勝負は決した。
俺の勝利だった。
「わーい、俺の勝ちー」
わざとらしく両手を上げると、睨まれた。そのまま盤上に視線を落とし、ぶつぶつと何やら呟いている。駒を動かしたり考え込んだり、対戦内容の反省をしているらしい。勉強熱心な事で。
「さて、何してもらおうかな。レハト様に言うこときいてもらえる機会なんてもう無いだろうしなあ」
「負けは負けだからね、煮るなり焼くなり好きにすればいいよ」
落ち着いた素振りで紅茶を飲む寵愛者様の、口元が僅かに強張っているのには気付かないふり。俺って優しいよね、うん。
この寵愛者様は負けず嫌いで、なまじ才知に優れ何でも出来ちゃうもんだから、たまに思い通りに行かない事があると拗ねちゃう事がある。普段は大人顔負けの奸智に長けて腹芸も得意な癖に、時々子供の顔を見せるのは信頼の証しか、それともそれすら演技なのか。
――本当、何考えてんだかわからない子だなあ。ま、賢しい子は好きよ、話が早くて助かるし。
「じゃあねえ、レハト様に祝福を頂いちゃおうかな」
「……?」
怪訝そうに眉を寄せるお子様に、にんまりと笑ってみせる。うん、寵愛者とか言われつつも神殿には全く興味ないよね、知ってる。
とん、と指先で自分の頬を示して、
「寵愛者様の祝福が頂けたら、商売繁盛間違いなしじゃない?」
片目を瞑ってみせる。……いつもの冗句だ、辛辣な言葉が返ってくる事を期待した言葉遊びに過ぎない。大体、未分化の子供に本気で口付けを強請る趣味なんて無い。
ああ、それなのに。
「……へ、あ……祝福……ってそういう……」
あからさまに動揺した様子で、まともに言葉も紡げず、迷うように視線を泳がせるなんて。
「僕の、……く、口付けなんかに祝福の効果は無いよ。神様なんて大嫌いだし」
――本当はさっさと撤回して別のお願いをするつもりだったのに、こんな反応が返ってくるとは予想外だ。俺もつられて動揺しそうになったが、軽く息を吐いてからこれ見よがしに肩をすくめてみせるくらいの余裕はある。
「レハト様ともあろうお方が、約束破ったりはしないよね?
ほら、あの怖い侍従さんが帰ってくるまでに済ませちゃいましょ」
席を立ち机を回り込んで、寵愛者様の前に跪く。逃げ場をなくした子供の弱り切った顔が、妙に胸をざわつかせるというかこれ以上は何かが危ういというか。
覚悟を決めたらしい寵愛者様の顔が近付けられるのをひょいと回避して立ち上がり、怪訝そうな顔を見下ろして軽薄な口調を作る。
「流石にここまでかな。可愛い反応してくれるから、つい調子に乗っちゃった」
――からかっただけ。そういう事にしておかないと、色々とまずい事になりそうな気がした。
寵愛者様の顔色が変わり、次の瞬間ぬるい紅茶が俺に浴びせられていた。避けようと思えば避けられたけど、まあ、甘んじておく。
「死ね!兎鹿に蹴られて死んじまえ!……暫くはその顔僕に見せるなっ」
顔が真っ赤なのは、怒りによるものだという事にしておいてあげよう。仰せのままに踵を返し、丁寧に一礼してから退室して扉を閉めた直後何かが扉の向こう側に叩き付けられた模様。……あのカップ、なかなか上等だったのに勿体ない。
まあ、長々と怒りを引き摺るタイプでもないし、ほとぼりがさめた頃に手土産でも持ってご無礼を謝りに行きますか。
「……ちょっと惜しい事したかなあ」
――……ん?
無意識に口から出た言葉に首を捻りつつ、俺は王城を後にした。
* * *
用事から戻った侍従は部屋の惨状に眉を顰めたが、
「暫くあの商人は取り次ぐな!」
……という僕の言葉で全てを理解したらしく、苦笑しながら頷いた。
一方の僕はといえば、足どりも荒く寝室に引っ込んで頭を冷やそうと試みていた。しかしまだ顔が熱い。くそっ、どうかしている。
――僕は、弱みなど見せてはいけないのに。邪魔者は蹴落とし、利用出来るものは全て利用して、この場所を手中に……その為にあの男も利用しているだけの筈なのに。
「……ああもう!」
面倒臭くなって不貞寝した僕はそのまま熱を出して寝込んでしまい、見舞いとして届けられた一輪の花に頭を抱える羽目になるのだが、……それはまた、別の話である。
《幕》
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