Posted by 新矢晋 - 2011.10.14,Fri
グレオニー監禁エンド捏造。
愛情ルートでヘタレ衛士に焦れたレハトが印象反転しちゃったみたいです。
愛情ルートでヘタレ衛士に焦れたレハトが印象反転しちゃったみたいです。
静謐
――思えば、あの日も雨が降っていた。
あの日、あの時、どう答えればこんな結末を迎えずに済んだのだろう。俺にはもう、あの人が何を考えているのかすらわからない。
王城の片隅、あの人以外訪れる者の無い部屋で俺は暮らしている。部屋には上質な家具が並べられ、何日かに一度掃除もされている為住み心地は悪くない。
この部屋へ連れてこられた当初は手枷で両手を封じられていたが、俺に逃げるつもりがないとわかるとそれも外され、柔らかな布団で眠りに落ちる瞬間など自分が監禁されている事実を忘れそうになる。
――そしてどうしようもない事に、俺をここに閉じ込めた張本人であるあの人の来訪を、心待ちにしている自分が居るのだ。
冷たい炎をその瞳に宿した、気高く、鋭く、美しい王。一人目の寵愛者を蹴落とし、ただひとりで玉座に座る事に成功した奇蹟の子供。成人し「彼女」となったその人は、俺が心底愛したひと、だった。
過去形なのは、今や俺自身の心さえ曖昧で名付けがたい何かに変容してしまったから。この部屋に閉じ込められる事を許容し、ただ一人触れ合える相手であるあの人に俺が抱くこの感情は、けして愛などではないだろう。
――ああ、来た。
部屋へ近付いてくる足音を聞き間違える筈もない。鏡石を覗いて髪を整えてしまう自分が笑える。この高揚感はもう、反射として刻まれているのだ。あの人が子供だった、まだ俺があの人を愛していた、あの頃に。
ノックもせず扉を開いて部屋へ入ってくるあの人は、溜め息が出るくらい美しい。ただ、以前は澄んだ光を湛えていたその瞳は、今は薄暗く澱を揺らめかせている。俺を見る時は、特に。
「今晩は、レハト様。今日は何をお話しますか?」
俺の言葉など全く耳に入っていない様子で彼女は歩きながら身に着けている装飾品を外しては床に落とし、マントを脱ぎ捨て、俺の胸を押しベッドへ腰掛けさせた。
「……あいしてる」
そしてそう囁くと、俺の首に腕を巻き付け膝の上に跨る。
昔の俺なら、そんな言葉をかけられようものなら舞い上がり頭が真っ白になっただろうが、今となってはただ彼女の薄暗い瞳を見詰め返して微笑む事しか出来ない。
「あいしてる……どこにもいかせない、グレオニー……」
俺を抱く腕に力が入り、息苦しささえ覚えるが抵抗はしない。彼女がこうなってしまったのは多分俺の所為で、今の彼女はこの歪な関係を求めていて、ならば受け入れる以外に道は無い。
――俺は、あの時受け入れられなかったのだから。
寵愛者様からの呼び出しに動転していた俺は、彼が俺を見る瞳に宿った熱にも、その握り締めた拳が震えている事にも気付かなかったのだ。
――愛している。
その言葉がゆっくり俺の耳から染み込んで、意味を理解すると同時に頭が真っ白になる。俺の口から漏れたのは意味不明な音でしかなく、まともに言葉など紡げなかった。
嬉しかった。
嬉しかったのだ。
相手が寵愛者であるという事すら一瞬忘れ、俺もだと頷きそうになる。
だが、不安げに俺を見詰めている彼の視線に、そして静かに響く雨音に、俺は冷静さを取り戻した。取り戻して、しまった。
腹に力を入れ、背筋を伸ばし、真っ直ぐ相手を見詰め返してから俺は口を開いた。拒絶の言葉を吐く為だ。
身分差がどれほど重大な問題かという事。俺が捧げられるのは忠誠だけだという事。……そして、黙って俺の言葉を聞く彼がこのまま引き下がるようには見えなかったから、言うつもりのなかった言葉まで付け加える。
年明け前には、衛士を辞任するつもりである事。
この瞬間、はっきりと相手の顔色が変わったのを覚えている。青ざめた顔で、彼はわかったと言い片手を振った。
深く頭を下げてから踵を返した俺の背に、震える声で「ごめんなさい」と言うのが聞こえたが、俺は振り返らなかった。
そして年明け直前、荷物の整理もすっかり終わった頃、俺は身に覚えの無い罪で新王陛下……彼のもとへ引き出された。
久し振りに会う彼は、すっかり変わっていた。分化が早めに完了したのか体つきは完全に女のものへと変貌を遂げ、とても、とても美しくなっていた。
だが、俺は心底混乱していた。美しく変貌した彼女にではなく、その目が孕む感情の色に。
それは、深く冷たい憎悪だった。少なくとも俺にはそう見えた。
「即位後初めての政務だ、感謝しろ、グレオニー・サリダ=ルクエス」
低い声が冷徹に俺の罪状と処罰を告げ、ただ俺はそれを呆然と聞いていた。
もう俺は彼女から逃げられないのだと、それだけを理解した。
――王としての執務が終わった後、予定の無い夜には彼女は俺とこの部屋で眠る。この部屋の存在はごく一部の側近にしか知らされていないらしく、彼女の護衛ですらここには供しない。……つまり、この部屋は極めて無防備なのだ。
過去にたった一度だけ、俺はここから逃げ出そうとした事がある。眠る彼女を起こさないようにベッドから抜け出して、扉に手をかけて、最後に振り返ったあの時。あの時から、俺は逃げ出せなくなった。
彼女が、俺を見ていた。
明らかに逃げ出す算段をしている俺を、咎めるでもなくただ黙って見ていた。――とても、悲しそうに。
それから俺はずっと、大人しく囚われている。彼女が俺を必要とするなら、構わないと思ってしまったから。……彼女があんなに悲しげな顔をするくらいなら、憎まれていた方がましだと思ってしまったから。
飼い殺しにされじわじわと死んでゆく最中の俺は、彼女を想う事で精神の安定を保とうとしているだけなのかもしれない。
だが、今俺の隣で眠る彼女の温かさだとか、俺に縋る指だとかは確かに本物なのだ。構いはしない。
彼女が求める限りは、この茶番を続けよう。それが、唯一俺に残された彼女の為に出来る事、
「グレオニー」
取り留めの無い思考は、俺の名を呼ぶ声で中断させられた。仄暗い色をした目がこちらを見詰めている。白い手が俺の首に伸ばされるのを、俺は黙って眺めていた。
「……なにを考えているの」
太さを確認するように首元を撫でる指はひやりとしていた。くすぐったくはあったが危機感は無く、片手で喉を鷲掴みにされてなお振り払う気は起こらなかった。
――俺たちはこんなに近くで見詰め合っているのに、こんなにも遠い。
「昔の事を、考えていました」
正直に答えると、彼女は唇を歪めた。瞳の奥にゆらりと揺れた熱は何だろう、憎悪でなければ嬉しいと思う。
「そう。……また、あの時のように逃げだそうと?」
ぐ、と彼女の指に力が入った。
「ゆるさない。逃げるなんて、ゆるさない。あなただけが欲しかったのに、あなただけが私のすくいだったのに……!」
――ああ。そんなにも俺は。愛されていたのか。……もう、手放してしまったけれど。
呼吸が苦しくなってくる。強く俺の喉に食い込む指は、僅かに震えていた。
「愛し、て、います」
気付けば俺はそう言っていた。
その瞬間、彼女は大きく身体を震わせてから俺の喉を解放した。声も無く、真意を探るように俺の目を見詰めてくる。
「……愛しています」
――あの時言えなかった言葉を繰り返す。歪に形を変えた俺の感情は、彼女が求めるものではないかもしれないけれど。飼い殺しに甘んじ、緩やかに死ぬ事から逃れようとも思わない俺の単なる執着、或いは依存かもしれないけれど。
そっと彼女を抱き寄せても、抵抗はされなかった。
「どこにも行きません、貴方の傍に居ます」
彼女は俺の腕の中で震える。その震えを押さえ込むようにぎゅっと抱き締めながら、ああ、俺はずっとこうしたかったのだと気が付いた。……気付くのが遅すぎた。
俺はもう彼女に愛される事はない。俺が彼女から受け取れるのは、歪な執着と冷たい憎悪だけ。俺自身の臆病さが招いた事だ、今更悔やんでも取り返しはつかない。
――俺たちはもう二度とあの頃のように笑いあえない。ただ寄り添い互いを縛り付け、緩やかに破滅していくしかない。いずれ訪れる死に焦がれ、前に進まない足踏みを繰り返すのだ。
そうしていつか死んだら、俺と彼女は永遠に別れる事となる。俺と彼女では行く場所が違うから。
……それなら。
もう少しの間、こうして抱き締め合う事ぐらい、許されたって良いだろう?
《幕》
――思えば、あの日も雨が降っていた。
あの日、あの時、どう答えればこんな結末を迎えずに済んだのだろう。俺にはもう、あの人が何を考えているのかすらわからない。
王城の片隅、あの人以外訪れる者の無い部屋で俺は暮らしている。部屋には上質な家具が並べられ、何日かに一度掃除もされている為住み心地は悪くない。
この部屋へ連れてこられた当初は手枷で両手を封じられていたが、俺に逃げるつもりがないとわかるとそれも外され、柔らかな布団で眠りに落ちる瞬間など自分が監禁されている事実を忘れそうになる。
――そしてどうしようもない事に、俺をここに閉じ込めた張本人であるあの人の来訪を、心待ちにしている自分が居るのだ。
冷たい炎をその瞳に宿した、気高く、鋭く、美しい王。一人目の寵愛者を蹴落とし、ただひとりで玉座に座る事に成功した奇蹟の子供。成人し「彼女」となったその人は、俺が心底愛したひと、だった。
過去形なのは、今や俺自身の心さえ曖昧で名付けがたい何かに変容してしまったから。この部屋に閉じ込められる事を許容し、ただ一人触れ合える相手であるあの人に俺が抱くこの感情は、けして愛などではないだろう。
――ああ、来た。
部屋へ近付いてくる足音を聞き間違える筈もない。鏡石を覗いて髪を整えてしまう自分が笑える。この高揚感はもう、反射として刻まれているのだ。あの人が子供だった、まだ俺があの人を愛していた、あの頃に。
ノックもせず扉を開いて部屋へ入ってくるあの人は、溜め息が出るくらい美しい。ただ、以前は澄んだ光を湛えていたその瞳は、今は薄暗く澱を揺らめかせている。俺を見る時は、特に。
「今晩は、レハト様。今日は何をお話しますか?」
俺の言葉など全く耳に入っていない様子で彼女は歩きながら身に着けている装飾品を外しては床に落とし、マントを脱ぎ捨て、俺の胸を押しベッドへ腰掛けさせた。
「……あいしてる」
そしてそう囁くと、俺の首に腕を巻き付け膝の上に跨る。
昔の俺なら、そんな言葉をかけられようものなら舞い上がり頭が真っ白になっただろうが、今となってはただ彼女の薄暗い瞳を見詰め返して微笑む事しか出来ない。
「あいしてる……どこにもいかせない、グレオニー……」
俺を抱く腕に力が入り、息苦しささえ覚えるが抵抗はしない。彼女がこうなってしまったのは多分俺の所為で、今の彼女はこの歪な関係を求めていて、ならば受け入れる以外に道は無い。
――俺は、あの時受け入れられなかったのだから。
寵愛者様からの呼び出しに動転していた俺は、彼が俺を見る瞳に宿った熱にも、その握り締めた拳が震えている事にも気付かなかったのだ。
――愛している。
その言葉がゆっくり俺の耳から染み込んで、意味を理解すると同時に頭が真っ白になる。俺の口から漏れたのは意味不明な音でしかなく、まともに言葉など紡げなかった。
嬉しかった。
嬉しかったのだ。
相手が寵愛者であるという事すら一瞬忘れ、俺もだと頷きそうになる。
だが、不安げに俺を見詰めている彼の視線に、そして静かに響く雨音に、俺は冷静さを取り戻した。取り戻して、しまった。
腹に力を入れ、背筋を伸ばし、真っ直ぐ相手を見詰め返してから俺は口を開いた。拒絶の言葉を吐く為だ。
身分差がどれほど重大な問題かという事。俺が捧げられるのは忠誠だけだという事。……そして、黙って俺の言葉を聞く彼がこのまま引き下がるようには見えなかったから、言うつもりのなかった言葉まで付け加える。
年明け前には、衛士を辞任するつもりである事。
この瞬間、はっきりと相手の顔色が変わったのを覚えている。青ざめた顔で、彼はわかったと言い片手を振った。
深く頭を下げてから踵を返した俺の背に、震える声で「ごめんなさい」と言うのが聞こえたが、俺は振り返らなかった。
そして年明け直前、荷物の整理もすっかり終わった頃、俺は身に覚えの無い罪で新王陛下……彼のもとへ引き出された。
久し振りに会う彼は、すっかり変わっていた。分化が早めに完了したのか体つきは完全に女のものへと変貌を遂げ、とても、とても美しくなっていた。
だが、俺は心底混乱していた。美しく変貌した彼女にではなく、その目が孕む感情の色に。
それは、深く冷たい憎悪だった。少なくとも俺にはそう見えた。
「即位後初めての政務だ、感謝しろ、グレオニー・サリダ=ルクエス」
低い声が冷徹に俺の罪状と処罰を告げ、ただ俺はそれを呆然と聞いていた。
もう俺は彼女から逃げられないのだと、それだけを理解した。
――王としての執務が終わった後、予定の無い夜には彼女は俺とこの部屋で眠る。この部屋の存在はごく一部の側近にしか知らされていないらしく、彼女の護衛ですらここには供しない。……つまり、この部屋は極めて無防備なのだ。
過去にたった一度だけ、俺はここから逃げ出そうとした事がある。眠る彼女を起こさないようにベッドから抜け出して、扉に手をかけて、最後に振り返ったあの時。あの時から、俺は逃げ出せなくなった。
彼女が、俺を見ていた。
明らかに逃げ出す算段をしている俺を、咎めるでもなくただ黙って見ていた。――とても、悲しそうに。
それから俺はずっと、大人しく囚われている。彼女が俺を必要とするなら、構わないと思ってしまったから。……彼女があんなに悲しげな顔をするくらいなら、憎まれていた方がましだと思ってしまったから。
飼い殺しにされじわじわと死んでゆく最中の俺は、彼女を想う事で精神の安定を保とうとしているだけなのかもしれない。
だが、今俺の隣で眠る彼女の温かさだとか、俺に縋る指だとかは確かに本物なのだ。構いはしない。
彼女が求める限りは、この茶番を続けよう。それが、唯一俺に残された彼女の為に出来る事、
「グレオニー」
取り留めの無い思考は、俺の名を呼ぶ声で中断させられた。仄暗い色をした目がこちらを見詰めている。白い手が俺の首に伸ばされるのを、俺は黙って眺めていた。
「……なにを考えているの」
太さを確認するように首元を撫でる指はひやりとしていた。くすぐったくはあったが危機感は無く、片手で喉を鷲掴みにされてなお振り払う気は起こらなかった。
――俺たちはこんなに近くで見詰め合っているのに、こんなにも遠い。
「昔の事を、考えていました」
正直に答えると、彼女は唇を歪めた。瞳の奥にゆらりと揺れた熱は何だろう、憎悪でなければ嬉しいと思う。
「そう。……また、あの時のように逃げだそうと?」
ぐ、と彼女の指に力が入った。
「ゆるさない。逃げるなんて、ゆるさない。あなただけが欲しかったのに、あなただけが私のすくいだったのに……!」
――ああ。そんなにも俺は。愛されていたのか。……もう、手放してしまったけれど。
呼吸が苦しくなってくる。強く俺の喉に食い込む指は、僅かに震えていた。
「愛し、て、います」
気付けば俺はそう言っていた。
その瞬間、彼女は大きく身体を震わせてから俺の喉を解放した。声も無く、真意を探るように俺の目を見詰めてくる。
「……愛しています」
――あの時言えなかった言葉を繰り返す。歪に形を変えた俺の感情は、彼女が求めるものではないかもしれないけれど。飼い殺しに甘んじ、緩やかに死ぬ事から逃れようとも思わない俺の単なる執着、或いは依存かもしれないけれど。
そっと彼女を抱き寄せても、抵抗はされなかった。
「どこにも行きません、貴方の傍に居ます」
彼女は俺の腕の中で震える。その震えを押さえ込むようにぎゅっと抱き締めながら、ああ、俺はずっとこうしたかったのだと気が付いた。……気付くのが遅すぎた。
俺はもう彼女に愛される事はない。俺が彼女から受け取れるのは、歪な執着と冷たい憎悪だけ。俺自身の臆病さが招いた事だ、今更悔やんでも取り返しはつかない。
――俺たちはもう二度とあの頃のように笑いあえない。ただ寄り添い互いを縛り付け、緩やかに破滅していくしかない。いずれ訪れる死に焦がれ、前に進まない足踏みを繰り返すのだ。
そうしていつか死んだら、俺と彼女は永遠に別れる事となる。俺と彼女では行く場所が違うから。
……それなら。
もう少しの間、こうして抱き締め合う事ぐらい、許されたって良いだろう?
《幕》
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