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Posted by 新矢晋 - 2015.02.15,Sun
長谷部×審神者♀。
審神者の集まりに連れていかれる長谷部の話。
拗らせすぎた忠誠心は愛情なのだか執着なのだか肉欲なのだか。







かたなの価値


『……これが全て審神者なのですか』
「ああ」
 主の腰に提げられた状態で思わず問うてしまうほど、その眺めは圧巻だった。
 年齢も性別もばらばらな人々が一堂に会している。服装も、狩衣や神衣、洋装、見たこともないような服など統一感が無い。ただひとつ共通点があるとすれば、ここに集った人々は漏れなくその腰に刀を提げている、ということだけだった。
 これらが全て、刀剣を目覚めさせ従える、審神者だという。
「目的は顔見せと情報交換だ。……おっと」
 主は見知った顔を見付けたらしく片手を上げた。主と似たような服を着たその男もやはり刀を提げており、明らかな愛想笑いを浮かべてそのくせ親しげに主へ話し掛ける。
 知らない単語ばかりが飛び交う会話を聞きながら、……面白くない、と思ったのは何故だろう。
 きっとそれは俺と主の間にある断絶を改めて思い知るからだ。連れられると決まったときは密かに胸おどらせていたというのにこの様とは、俺は随分と欲深くなってしまったらしい。

  *  *  *

「……主の時代に、俺が、ですか」
「ああ」
 机に向かったまま返事をした審神者を、長谷部は戸惑うような目で見た。これまで審神者が本部への報告とやらに行くたび随伴を申し出てきたが、「帯刀は禁じられている」と一言で切り捨てられてきたのにどういうことだ、と。
「今度、審神者の集会がある。そこへは帯刀が許されている」
 お前を連れるつもりだが不満か、と問われ慌てて否定した長谷部は、ひとつ咳払いをしてから改めて口を開く。
「主の腰へ提げられるのは刀にとってこの上ない喜びです。俺で宜しければ、謹んで」
 ……そのやり取りの数日後、長谷部は己の下げ緒を結わえる審神者の指に恍惚と刀(からだ)を委ねていた。


  *  *  *

 主と男との会話が一段落し、ふと間が空いたとき、俺は視線を感じた。いやな感じだ。これは、好ましいものではない。
「……それは、へし切長谷部……だな」
 俺を見下ろし男が言った言葉は、どこか落胆の音を孕んでいた。主は緩く瞬くと、それがなにか、と無表情に答えた。
「いや……随分と格の低い刀を連れてきたものだな、と。確かそちらには天下五剣の、」
「これが私の最も信を置いている刀だ。問題ない」
 俺の柄頭に手を置いてそう言った主は、ほんのわずか、俺にさえわかるかわからないかくらいに眉を寄せて男を見ている。曖昧に言葉を濁した男とこれ以上言葉を交わすつもりはないらしく、主はさっと踵を返した。
「……見世物も兼ねているんだ。己がどれだけ格の高い刀を侍らせているか、と」
 白い布のかかった背の高い机の上から変わった色の(琥珀がかった透明の)飲み物を取り上げて一口含んでから、くだらない、と吐き捨てるように言った主の腰で、俺は喜びに打ち震えそうになっていた。俺は単なる打刀の一振りでしかない。太刀や大太刀に比べれば霞んで見えても仕方がない、主に仕えることだけをよるべにしている愚かな刀(おとこ)だ。
 それを、その俺を主は、誰より信じて下さっていると!
 なんてしあわせなことだろう。これ以上の誉れが刀にあるだろうか。主の腰に提げられ、その御身を守ることを許されている、この幸福に勝るものなどない。ひとの形をしていたら表情を作れなかった可能性すらあるくらい、俺は、いま世界で一番しあわせな刀だ。
 幸福を噛み締めていた俺は、人の流れが少し変わっていることに気付いた。特に規則性などなく集っていた彼らが、緩やかに一方向へ向かい始めている。主もまたその方向へ向かい、着いたのは白い砂が眩しい庭だった。
 その庭はとても広く、人々が外周にずらりと並んでもまだ中央に空白があった。そこに進み出た白い狩衣の少年が二人、弓を携えている。しずかに弦を引き絞られた弓は何故か空に向けられ、ひょう、と二本の矢が空高く放たれた。
「この矢に選ばれた者が仕合い、その勝ち負けで吉兆を占う……という建前の、ただの遊びだ」
 空へ吸い込まれてゆく矢を見上げながら主は眩しげに目を細めた。目の上にひさしのように手を翳して、ぱちぱちと瞬く。しばらくして矢が落下してくるのを見た主は、少し戸惑うように身を引いた。
 目の前に落ちてきた矢を、ぱしん、と握って、怪訝そうに眉をひそめる。
「……もっと霊力のある、もっと立場の強い審神者が……他にいるだろうに」
 なぜ私が選ばれた、と首を捻りながらも庭の中央へ向かって歩みでた主の向かい側で足を踏み出したのは、先ほど主と話していたいけすかない男だった。改めて見ればその腰にあるのは、太刀。
「お手柔らかに頼むよ」
 太刀を腰から外し、男はにたりと笑った。腹立たしい。俺を見下したからではない、主に対するそのうすら寒い笑みと性根の腐ったような臭いが気に入らない。
 短く愛想の言葉を口にした主もまた、俺を腰から外す。そして俺を握った手を前へ差し出し、もう片方の手でゆっくりと柄を掴む。
「……へし切長谷部」
 囁くように俺の名を呼ぶ声。瞬間、ぐい、と魂を引っ張られる。かたなから「俺」が引きずり出される感覚を最初は不快に思っていたが、今では主に使われる歓喜とともにある。桜が散るような燐光が俺のからだを現界させ、主の手から刀を受け取る。目を開ければ、向こう側でも刀剣が現界したのがわかった。
 ……そして、仕合が始まる。
 相手の方がはるかに格上だ。打刀と太刀では硬さも重さも違う。攻撃をいなし続けるだけでびりびりと肌が震える気がする。
 これは分が悪い。
 刃が擦れて刀身が削れるたび、体が軋むのがわかる。ばつん、と服のどこかが破れ千切れ飛んだ音がした。霊力に損傷を受け始めているようだ。
 舌打ちをした俺の視界の端に主が見えた。距離があるうえ観衆が騒がしい、主の声なんて聞こえるわけがないのに、微かに動いたくちびるの紡いだ言葉がわかった。
 ――勝て。
 瞬間、俺は地を蹴った。格上の相手と正面から切り結ぶなど、俺とは思えないぐらい頭の悪い発想だ。相手がどんな刀だろうが、俺には誰にも負けないことがひとつある。その土俵へ相手を引きずり込んでやればいい。
 速さ。
 俺を追える刀などそういない。相手の間合いへ踏み込んだ次の瞬間には離脱し致命傷を外せる、こちらの太刀筋は読ませもしない。浅い攻撃を入れては相手の反撃を掻い潜る俺に、さあ苛立て、格下の相手を沈められない事実に、ざわつき始めた観衆に。ああ、ほら、俺も笑ってやろうか?
 くちびるを歪めてみせると、さっと相手の顔色が変わったように見えた。暴力的な、狙いの甘い刃が俺に向かう。次の瞬間、ぎん、と醜く掠れた低い金属音が響いた。
 俺が相手の刀を弾き飛ばしたのだ、格上食いが成されたのだ、と観衆が気付いたのは俺が納刀してからだった。服の裾を翻して主のもとへ戻りひざまずくと、主は柔らかく目を細め、俺にお褒めの言葉を下さった。


「なにか褒美をやろうか、長谷部」
「……はい?」
 本丸への帰路につきながら、主は不意にそう言った。
「働きには正当な報奨を。何でも構わない、言ってみろ」
 そうして俺を見上げる主の目はいつもよりどこか機嫌良さげに見える。俺は何故だか目眩のするような心地で、
「……当然のことをしたまでです、主のお言葉が俺にとっては最高の褒美ですよ」
 当たり前の返答をするのが、少し遅れた。


《終》

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