Posted by 新矢晋 - 2011.10.20,Thu
トッズ&グレオニー護衛両立。
賢く鋭く厳しい女王レハトが、二本の剣を携えているという話。
二股といえば二股かもしれない。
賢く鋭く厳しい女王レハトが、二本の剣を携えているという話。
二股といえば二股かもしれない。
二本の剣
六代リタント国王は、賢く、鋭く、厳しい王だったという。
平民から見出された寵愛者である王は貴族達からの反発をまともに受けたが、その公正さと勤勉さ、意志の強さは誰もが認めざるを得なかった。
そしてその王の人となりを語るにおいて、後世の書物によく記される言葉がある。
――私は二本の剣を持っている。私に叛意あらば、この剣に貫かれる覚悟をしてから来るがいい。
それは王自身が即位後初めての会食で語ったとされる言葉で、その真意には様々な説がある。剣の一本については後に王自身が明言しているが、もう一本はついぞ謎のまま。二本目の剣は即ち王自身の持つ力――政治力や奸智諸々――であるという説が有力である。
――では、王が明言した一本目の剣とは何か。それは、王が即位した時には既にその傍らに居り、退位する際にも供したという一人の衛士だ。その若い衛士は片腕が不自由ではあったが王によく仕え、護衛としてだけではなく、公私ともに王を支えたという。
退位するまで王配を置かなかった王には浮いた噂など一切無く、それにはこの衛士の存在が大きく影響しているとされているが真相は定かではない。
「グレオニー・サリダ=ルクエス、参りました」
王の寝室へ足を踏み入れる無礼を許されている者は、この城内でも限られている。その限られた人間の一人である青年衛士は、扉を閉めるなり完璧な臣下の礼をとる。それを睥睨する王は、露台を背に穏やかな表情をしていた。
「楽にしてくれて良い、たいした話ではない」
上等な、だがシンプルな寝間着にショールを羽織っただけの姿で、友人にでも相対するような態度の王。それに衛士が戸惑う様子も無く、二人は気安い間柄である事が窺えた。
跪いたままの衛士を見やり、王は訥々と言葉を紡ぐ。
「以前、剣の話をしたな。覚えているか」
「はい。俺如きが陛下の剣だなどと、有り難き幸せです」
柔らかく瞳を細めた王に衛士が見惚れているのを、王自身は気付かないふりをした。淡々と続けられる話の向かう先は、まだ衛士にははかれずにいる。
「グレオニー、お前が私に仕えてくれてもう四年になる。そろそろ私の暗部を共有しても問題無いだろう」
月を振り仰いだ王の髪が、さらさらと揺れた。
「……トッズ」
「はーい」
突如生まれた人の気配と声に、衛士は素早く剣を抜いた。……しかも許し難い事にその気配の主は、馴れ馴れしくも王の肩に腕を回ししなだれかかるように立っているのだ。
「貴様、陛下から離れろ!」
「わあ、怖い怖い。助けてレハト様ー」
「……グレオニー、これはこういう男だ。気にしては負けだぞ」
渋々ながら剣の切っ先を下ろした衛士に向けて、王は傍らの男を手で示した。褪せた金髪の男はへらへらと笑いながら片手を振る。
「私の影、もう一本の剣だ。裏向きの事を任せている」
衛士は王と男とを何度か見比べてから、納得したように頷いた。だが、不機嫌そうに眉が寄せられているのはそのままで、王は小さく苦笑いした。
「仲良くしろとは言わんがな、今後は必要ならば連携がとれるようにしておいてくれ」
王に促され、衛士は戸惑い気味の愛想笑いを唇に乗せて男へと歩み寄り、片手を差し出した。……しかし、その手を見下ろした男は唇の端をねじ曲げただけで動かない。
微妙な沈黙が流れた後、男が口を開いた。軽薄な口調とは裏腹に、声音は平易で白々しい。
「そういうのいいでしょ?
きらきらした鎧を着てレハト様の隣に居ればいい衛士様とは違って、俺は色々汚い事もするしねー。握手なんかしたらお手が汚れますって」
隠そうともされていない敵意をぶつけられ、衛士は面食らったように手は引いたが引き下がりはしない。
「ですが、我々は陛下にお仕えする同輩でしょう。……無為に嫌われる筋合いは無いと思いますが」
きゅう、と男の目が細められ、衛士は寒気を感じた。男の声がワントーン下がる。
「……わかってないみたいだから言っとくけど、俺とアンタは違う。
俺はレハトの為に何もかも捨ててここに居るの、日の光の当たる場所ではレハトに話し掛ける事すら出来ないの。
ねえ、この覚悟がアンタにわかる?」
「覚悟なら、」
「いいやわからないね、アンタが捨てたのは片腕ぽっちだ。
……俺はレハトの為なら何も怖くないよ、いぎたなく俺だけ生き残る覚悟だって、人を殺し過ぎて頭のネジが飛ぶ覚悟だって決めてる。アンタが決められる覚悟は、精々レハトの為に死ぬ事ぐらいでしょう?」
ぐ、と言葉を呑んだ衛士はしかし、男を睨み付けていた。その目の光はけして萎えてはおらず、……ぱちんと憎悪が弾けるような音。
傍らで事の成り行きを見守っていた王が、手を打つ音。
「仲良くしなくても良いが、喧嘩しろとは言っていない。双方担うべき分野が違うのだ、譲歩しろ。
……お前たちが私の剣だ。私の為に生き、私の為に働き、私の為に死ね。不満は?」
――二人の「剣」が動いたのは同時だった。
衛士は王の足元に跪き、澄んだ瞳に強く鋭い光を湛えて頭を振った。剣の柄を差し出して、聖句の一節を諳んじる。
男は王の背後から肩に顎を乗せ、薄暗くも切実な熱を孕む目でその横顔を見た。耳朶に吹き込む言葉は熱い。
「『私は貴方を信じる限り滅びぬだろう、我が道は貴方に続く限り海には到らぬ』……陛下、全て思うがままに」
「俺を使えるのはレハトだけ、俺を生かせるのも殺せるのもレハトだけだよ。……ね、陛下」
王は二人の言葉を聞くと悪戯っぽく笑い、
「答えをわかっていて訊いたのだがな、私も意地が悪い」
それぞれの頬に口付けを落としてから、するりと抜け出しベッドへと向かった。
退室を促されてそれぞれ窓と扉へ向かった二人は、最後に一瞬だけ視線を交わした。……その瞳には別々の感情が渦巻いていたが、僅かに共通する色もあった。それは僅かばかりの嫉妬と、……同類に対する憐れみ。
――嗚呼、そうなのか、お前も。
声になる事はけして無い呟きが、夜闇に塗り潰されて消えた。
六代リタント国王、レハト・アーガデア=リタント。彼女が王となるより前の事は、いまだ謎に包まれている。
成人の僅か一年前に見出された事。
もう一人、今は名も無き第二の寵愛者が居た事。
明確な資料が残っているのはこれくらいであり、後は魔術師との付き合いがあったとか、神殿に迎えられる予定だったとか、挙げ句の果てには人を殺めているだとかいう与太話しか存在しない。
しかしその王たる手腕は確かなもので、彼女の名は今でも四大名君に数えられる。
ただ、その個人的な思想や生活については、日記から手紙の一通に至るまで残されていない為、窺い知る事は出来ない――
《幕》
六代リタント国王は、賢く、鋭く、厳しい王だったという。
平民から見出された寵愛者である王は貴族達からの反発をまともに受けたが、その公正さと勤勉さ、意志の強さは誰もが認めざるを得なかった。
そしてその王の人となりを語るにおいて、後世の書物によく記される言葉がある。
――私は二本の剣を持っている。私に叛意あらば、この剣に貫かれる覚悟をしてから来るがいい。
それは王自身が即位後初めての会食で語ったとされる言葉で、その真意には様々な説がある。剣の一本については後に王自身が明言しているが、もう一本はついぞ謎のまま。二本目の剣は即ち王自身の持つ力――政治力や奸智諸々――であるという説が有力である。
――では、王が明言した一本目の剣とは何か。それは、王が即位した時には既にその傍らに居り、退位する際にも供したという一人の衛士だ。その若い衛士は片腕が不自由ではあったが王によく仕え、護衛としてだけではなく、公私ともに王を支えたという。
退位するまで王配を置かなかった王には浮いた噂など一切無く、それにはこの衛士の存在が大きく影響しているとされているが真相は定かではない。
「グレオニー・サリダ=ルクエス、参りました」
王の寝室へ足を踏み入れる無礼を許されている者は、この城内でも限られている。その限られた人間の一人である青年衛士は、扉を閉めるなり完璧な臣下の礼をとる。それを睥睨する王は、露台を背に穏やかな表情をしていた。
「楽にしてくれて良い、たいした話ではない」
上等な、だがシンプルな寝間着にショールを羽織っただけの姿で、友人にでも相対するような態度の王。それに衛士が戸惑う様子も無く、二人は気安い間柄である事が窺えた。
跪いたままの衛士を見やり、王は訥々と言葉を紡ぐ。
「以前、剣の話をしたな。覚えているか」
「はい。俺如きが陛下の剣だなどと、有り難き幸せです」
柔らかく瞳を細めた王に衛士が見惚れているのを、王自身は気付かないふりをした。淡々と続けられる話の向かう先は、まだ衛士にははかれずにいる。
「グレオニー、お前が私に仕えてくれてもう四年になる。そろそろ私の暗部を共有しても問題無いだろう」
月を振り仰いだ王の髪が、さらさらと揺れた。
「……トッズ」
「はーい」
突如生まれた人の気配と声に、衛士は素早く剣を抜いた。……しかも許し難い事にその気配の主は、馴れ馴れしくも王の肩に腕を回ししなだれかかるように立っているのだ。
「貴様、陛下から離れろ!」
「わあ、怖い怖い。助けてレハト様ー」
「……グレオニー、これはこういう男だ。気にしては負けだぞ」
渋々ながら剣の切っ先を下ろした衛士に向けて、王は傍らの男を手で示した。褪せた金髪の男はへらへらと笑いながら片手を振る。
「私の影、もう一本の剣だ。裏向きの事を任せている」
衛士は王と男とを何度か見比べてから、納得したように頷いた。だが、不機嫌そうに眉が寄せられているのはそのままで、王は小さく苦笑いした。
「仲良くしろとは言わんがな、今後は必要ならば連携がとれるようにしておいてくれ」
王に促され、衛士は戸惑い気味の愛想笑いを唇に乗せて男へと歩み寄り、片手を差し出した。……しかし、その手を見下ろした男は唇の端をねじ曲げただけで動かない。
微妙な沈黙が流れた後、男が口を開いた。軽薄な口調とは裏腹に、声音は平易で白々しい。
「そういうのいいでしょ?
きらきらした鎧を着てレハト様の隣に居ればいい衛士様とは違って、俺は色々汚い事もするしねー。握手なんかしたらお手が汚れますって」
隠そうともされていない敵意をぶつけられ、衛士は面食らったように手は引いたが引き下がりはしない。
「ですが、我々は陛下にお仕えする同輩でしょう。……無為に嫌われる筋合いは無いと思いますが」
きゅう、と男の目が細められ、衛士は寒気を感じた。男の声がワントーン下がる。
「……わかってないみたいだから言っとくけど、俺とアンタは違う。
俺はレハトの為に何もかも捨ててここに居るの、日の光の当たる場所ではレハトに話し掛ける事すら出来ないの。
ねえ、この覚悟がアンタにわかる?」
「覚悟なら、」
「いいやわからないね、アンタが捨てたのは片腕ぽっちだ。
……俺はレハトの為なら何も怖くないよ、いぎたなく俺だけ生き残る覚悟だって、人を殺し過ぎて頭のネジが飛ぶ覚悟だって決めてる。アンタが決められる覚悟は、精々レハトの為に死ぬ事ぐらいでしょう?」
ぐ、と言葉を呑んだ衛士はしかし、男を睨み付けていた。その目の光はけして萎えてはおらず、……ぱちんと憎悪が弾けるような音。
傍らで事の成り行きを見守っていた王が、手を打つ音。
「仲良くしなくても良いが、喧嘩しろとは言っていない。双方担うべき分野が違うのだ、譲歩しろ。
……お前たちが私の剣だ。私の為に生き、私の為に働き、私の為に死ね。不満は?」
――二人の「剣」が動いたのは同時だった。
衛士は王の足元に跪き、澄んだ瞳に強く鋭い光を湛えて頭を振った。剣の柄を差し出して、聖句の一節を諳んじる。
男は王の背後から肩に顎を乗せ、薄暗くも切実な熱を孕む目でその横顔を見た。耳朶に吹き込む言葉は熱い。
「『私は貴方を信じる限り滅びぬだろう、我が道は貴方に続く限り海には到らぬ』……陛下、全て思うがままに」
「俺を使えるのはレハトだけ、俺を生かせるのも殺せるのもレハトだけだよ。……ね、陛下」
王は二人の言葉を聞くと悪戯っぽく笑い、
「答えをわかっていて訊いたのだがな、私も意地が悪い」
それぞれの頬に口付けを落としてから、するりと抜け出しベッドへと向かった。
退室を促されてそれぞれ窓と扉へ向かった二人は、最後に一瞬だけ視線を交わした。……その瞳には別々の感情が渦巻いていたが、僅かに共通する色もあった。それは僅かばかりの嫉妬と、……同類に対する憐れみ。
――嗚呼、そうなのか、お前も。
声になる事はけして無い呟きが、夜闇に塗り潰されて消えた。
六代リタント国王、レハト・アーガデア=リタント。彼女が王となるより前の事は、いまだ謎に包まれている。
成人の僅か一年前に見出された事。
もう一人、今は名も無き第二の寵愛者が居た事。
明確な資料が残っているのはこれくらいであり、後は魔術師との付き合いがあったとか、神殿に迎えられる予定だったとか、挙げ句の果てには人を殺めているだとかいう与太話しか存在しない。
しかしその王たる手腕は確かなもので、彼女の名は今でも四大名君に数えられる。
ただ、その個人的な思想や生活については、日記から手紙の一通に至るまで残されていない為、窺い知る事は出来ない――
《幕》
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