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Posted by 新矢晋 - 2011.10.22,Sat
トッズ護衛就任中。
商人と子供がいちゃいちゃするだけの話。

花の色は

 今日も今日とて寵愛者レハト様はお勉強にお付き合いにと忙しい。やっとの事で今日の予定が一段落した頃には、真昼を大幅に過ぎていた。
 部屋で遅い昼食を食べるレハトを労って抱き締めて撫で回したいところだけど、給仕をする爺様が怖いのでやめておく。こっち見んな!
 食事を終えたレハトは、何かを探すようにちらちらと部屋の中に視線を配ってから、中庭で遊んでくると部屋を後にした。爺様に何か言われる前に俺もその後に続く。
 姿を隠したままくっついて行くと、レハトは中庭は中庭でも花壇やあずまやがある方ではなく、割と草木が茂るままにしてある方へ足を踏み入れ始めた。貴人様たちはそういうのを好まないから、自然と人気は無くなってゆく。
 ――……えーと、これは、誘われてる?
 周囲の気配に探りを入れて、姿をあらわすべきか考えていると、レハトは何か見つけたらしく足を止めた。
 野の花が群生していた。田舎でよく見かける珍しくもない花だが、レハトは嬉しそうにしゃがみ込んだ。そして、丁寧に花を摘んでは何やらごそごそと手を動かしている。
「……なーにしてるの、レハトー」
 周囲の配置、人の気配を把握してから、レハトへ歩み寄る。一人でゆっくりさせてあげようかとも思ったけど、俺だってレハトといちゃいちゃしたいし!
 レハトは振り返って俺の顔を見た瞬間、嬉しそうに笑った。それからその手に持っているものを見せる。
 ……花冠、だよね。ちょっと、いやかなり不格好でぐんにゃりしてるけど。
 俺が言葉に迷ったのを見抜いて、レハトは少し拗ねたように頬を膨らませた。それから溜め息を吐いて、消え入りそうな声で、作った事無いんだもんと呟く。
 よく見れば指先は草の汁で汚れて、花冠からは不慣れながらも丁寧に作った跡が見受けられた。
 ……そういえば、母一人子一人で育ったレハトは、幼い頃から労働力として数えられたと聞く。
 ――ああもう、昔の俺ならなんとも思わなかっただろうに、レハトのやることなすこといじらしくて愛らしくて!
 くしゃくしゃと頭を撫でてやり、擽ったそうに笑うレハトの前に座り込む。
「じゃあ、この優しいお兄さんがレハトに花冠の極意を教えましょう!」
 ちょっと貰うねと何輪か花を掴み取り、不思議そうなレハトの目の前で編んでやると、見る間に瞳が輝き始める。すごいすごいと声を弾ませるのに、俺のを見ながらやってみるように言うと勢いよく頷いた。
 ……真剣に手元を見詰められるのがむず痒い。なるべくゆっくり、手順がわかりやすいように花の茎を編む。
「……?」
 そうしてレハトに手解きしていたのだが、妙にもたついている。一応これでも寵愛者様で、大抵の事は簡単にこなしてしまうのに。
 観察してみるとすぐにわかった。向かい合わせになって教えているものだから、左右が反転してしまってわかりにくいのだ。
「……レハトレハト、ちょっとこっちおいで」
 頭の回転が速い俺は即座に解決方法を思い付き、レハトを手招きする。立ち上がったその手を引き、俺の膝へ座らせた。背中から抱き締めるようにして腕を前に回し、戸惑うレハトの耳元で、
「この方が見やすいでしょ?」
 ほら、と囁きながら編みかけの花冠を見せる。
 ――下心なんか無いよ、うん。無いってば。
 落ち着かなげに身体を強張らせていたレハトもそのうち慣れて、俺の胸に背中を預けて花を編む。時々アドバイスしたりしている内にすっかり上達して、やる事がなくなった俺はレハトの頭に顎を乗せてみたり頬擦りしてみたりとやりたい放題。
 だってレハトってばちっちゃくて柔らかくていい匂いがしてかーわいいんだもん、何もするなって方が無理だよね?……誰に言い訳してるんだろう、俺。
 最終的にはレハトの肩に顎を乗っける形に落ち着いて、黙々と花冠を編む手元を眺めながら、俺もなんとなく作りかけのそれを完成させるべく手を動かす。と、レハトの手が止まっているのに気がついて、その視線を追ってみると俺の手へと落ちていた。
「どうしたのレハト、俺の手がそんなに好き?」
 冗談半分に尋ねてみたのに、レハトときたら素直に頷くんだから困ってしまう。
 ――トッズの手、好きだよ。って、少し甘えるような、二人きりの時にだけ出す声で言われると、たまんない。ヤバい。
「あー、はは、照れちゃうなあ。レハトも物好きだよねえ、こんな綺麗でもなんでもない手が好きだなんて」
 照れ隠しと理性の立て直しに口数が増える。そんな最中にレハトが俺の手に触れてきて、なんとか平静を装えた俺は流石だと思う。

 この手が私を守ってくれたり、抱き締めてくれたりするって思ったら。
 大好き。手だけじゃなくて、トッズが大好き。

 ――ああもう!
 その言葉を聞いた瞬間、俺はレハトをぎゅうっと抱き締めていた。
「俺だってレハトが好き、だーいすきっ!
 レハトが居ないとトッズさん生きてけないよー、ほんとにもう、あんまり可愛い事言うと俺の理性が仕事しなくなっちゃうじゃない!」
 まくしたてて、レハトにぐりぐりと頬擦りをするのは俺の中で欲望が頭をもたげたのを誤魔化す為。……未分化だろうが関係無い、俺のものにしてしまえという、醜く汚い欲望。
 ――あれ、でも、両思いなんだし問題無いよね?
 今ここにはレハトと俺しかいないし、ちょっと唾つけるくらいならセーフじゃない?
 自分への言い訳を繰り返しながらレハトの胸元に手を伸ばそうとした瞬間、いきなりの衝撃が俺の顎に走った。……後ろへひっくり返りかけた俺はちょっぴり涙目になりながら顎をさすり、犯人であるレハトを見上げる。
 つまりは、膝の上にいたレハトが急に立ち上がったおかげで、俺の顎へレハトの頭が勢い良くぶつかったわけで。
 慌てて謝るレハトには片手を振って流しておく。いまので萎えたからむしろ良かったです、とは言えない。
 とはいえ痛いものは痛いわけで、口を半開きにしたまま顎をさする俺。その俺の手に、そっと小さな手が重ねられる。
 ――……いたいのいたいの、とんでけ。
 いつの間にか完成した花冠を頭に乗せて、小首を傾げて俺の顔を覗き込むレハト。近い。
 ……気がついたら、口付けしていた。
 びくりと身体を強張らせたレハトが逃げられないようにしっかり腕を掴んで、何度も唇を啄む。本当は舌も入れちゃいたかったけど、我慢した。
 何とか唇を引き離した後は、我に返る前にレハトを抱き込んで捕まえる。逃げられたりしたら立ち直れないし。
「あ、あー。ごめん。我慢出来なかった。……嫌だった?」
 恐る恐るレハトに訊いてみる。俺の腕の中で縮こまっていたレハトが顔を上げ、……あーあー涙目で見上げないで下さい俺が悪かったです。
 俺の葛藤などつゆ知らず、レハトは緩く頭を振ると、いきなりだったから驚いただけだと言う。恥ずかしげに頬を染めている表情は満更でもない感じだから、嘘じゃなさそうだ。
 ――でも、じゃあ、いきなりじゃなければこういう事してもいいって事?
 思わず漏れた疑問に、レハトはもじもじしながらも否定しない。……どうしよう、俺これからもっと理性が仕事しなくなる気がする。
 こうなっては、今から俺はこの質問をせざるを得ない。ごくりと唾を飲み込んでから、さり気なくさり気なく余裕綽々を装って。
「じゃあさ、……もう一回、キスしていい?」
 耳まで真っ赤に染めたレハトが、いいよ、って言い終わる前に俺はその唇を塞いだ。


《幕》

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