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Posted by 新矢晋 - 2015.01.24,Sat
長谷部と審神者♀。not恋愛。
前の主についてうだうだ悩んでいる長谷部をはったおす話。







おろか者の黄金


「お前は不誠実な刀(おとこ)だな」
 射抜くように放たれた言葉の意味を、本能的に理解したへし切長谷部の肩が跳ねた。
「二心を持つ方がまだ良い。現在に目を向けていないものが、どうやって未来を保つというのだ」
 手元の書面へ指先を滑らせながら顔すら上げず、審神者は容赦なく長谷部へと矢を放つ。
「本能寺であの魔王が自刃しなければ」
 とん。
「あの男の奉公が無ければ」
 とん。
「そも、あれが織田になど仕えなければ」
 とん。
 指が机を叩き、矢が的に刺さるような音をたてている。知らず唇を噛んでいた長谷部は、はぁ、と澱をかき混ぜるように息を吐いた。
「主、俺はそのようなこと、」
「黙れ」
 そこで漸く顔を上げた審神者は、長谷部の顔を見た。その眼差しは諦念のような悲しみのような色を帯びていた。ゆっくりと瞬く睫毛のはためく音が聞こえそうなほど、その部屋の空気はぴんと張り詰めていた。
「なるほど私はただの公務員で、お前の見ていたあるじと同じような将器など持ち合わせてはいないが」
 なあ、長谷部、と噛んで含めるように言う審神者の声はどこまでも静かだ。
「私にだって矜持はあるよ」
 審神者の口角は上がったが、とても笑みには見えず、ただ引き攣ったように見える。笑みすらまともに作れない、その心情を慮る余裕はいまの長谷部にはない。この刀は刺さった矢の痛みに耐えるだけで手一杯だった。
「私が何を言いたいかわかるか?」
 勿論、返事をする余裕もない。
 緩く頭を振った審神者は、一瞬失望を目の奥によぎらせてから、くつ、と喉を鳴らした。机に肘をつき、組んだ両手の上に顔を伏せる。
「下がれ、長谷部」
「……は」
 からからに乾いた喉から何とか声を絞り出し、一礼してから部屋を辞するその背を審神者の声が、どん、と押した。
「明日からお前には第二部隊の隊長を任せる。……私が呼ぶまで、二度とここへは来るな」


 廊下の隅で立ち番のようにじっとしている長谷部と目を合わせないようにしながら、何人かの刀剣男士が通り過ぎていく。その中で一人が足を止め、ずかずかと長谷部に歩み寄り正面へ回り込んだ。
「何やってんだ長谷部、手入れに行ったんじゃなかったのかよ」
 僅かに視線を下げた長谷部はその視界に薬研藤四郎の姿をみとめたが、また廊下の先へ視線を戻した。……審神者の部屋に続く、襖へ。
「……主に呼ばれるのを待っている」
 長谷部が傍仕えから下ろされてから半月近くが経っていた。戦場では変わらず獅子奮迅の働きをするものの、本丸へ戻るとこうして夜が更けるまで立ち尽くしていることはほとんどの刀剣男士が知るところであり、腫れ物に触るような扱いをする者も少なくはなかった。
「手入れを済ませてからにしろ。細かい傷が増えてきてるだろ、ちゃんと直しとかねえとぽきっといくぞ」
 だがその長谷部に薬研は遠慮なく文句をつけてくる。……長谷部が下ろされた後、審神者の傍仕えを命じられたのは己自身であり、それが彼の神経を逆撫でするだろうことをわかっているのに。
 長谷部は案の定薬研の言葉を無視し、ただ廊下の先を見ている。眉を寄せた薬研がなおも言葉を重ねようとしたとき、はっ、と長谷部が息を飲んだ。
 たん、と音を響かせ襖を開き、審神者が部屋から歩み出た。その審神者が長谷部の方へ歩み寄ってくる。やっとお許し頂けたのだ、と一歩踏み出そうとした長谷部の前からわずかに横へ退いた薬研の肩をぽんと叩いてから、審神者の目が長谷部を見る。
 次の瞬間、審神者は、音高く長谷部の頬を張っていた。
「待っているだけなら犬にもできるわこの馬鹿がッ! お前が胴の上に乗せているのは南瓜か!?」
 明確に、びりびりと空気が震えるほど、それははげしい憤怒だった。
 この審神者は本来怒らない。たとえ負け戦から帰ってきても、遠征に失敗しても、妥当な賞罰と指示を与えて次の機会に意識を向けるのが常だった。およそ感情というものを余分な荷物と思っているふしさえ見受けられた。
 その審神者が、声を荒らげ、握った拳を震わせるほどの怒りをかつての傍仕えに向けている。
「……薬研、こいつを手入れ場へ連れていけ」
「はいよ」
 がっしりと腰に腕を回され引き摺るように連れて行かれながら、長谷部のくちびるは、あるじ、と縋るように震えた。

  *  *  *

 ――捨てられる、のだろうか。
 ただそればかりが俺の頭の中を回っていた。総身に突き刺さった憤怒は未だじくじくと痛み、刀身の傷はもう癒えたというのに手入れ場の床から体を起こす気にはなれなかった。
 俺は待っていたのに。主が俺を拒絶しても(下げ渡しても)、待っていたのに。彼女は(彼は)俺のことが必要ではなくなったのだろうか。いまの(むかしの)主が俺を必要としなくなったというなら、物である俺には逆らうすべなどない。最後まで供する刀に俺を選んで下さらなかったのは……。
 違う。混ざってしまっている。これらは別々にしなければいけない。俺の主は審神者だ、六百年の彼方に思いを馳せているべきではないのだ。
「……主」
 この名を呼ぶときに二つの姿が浮かぶのは罪だろうか。きっと罪なのだろう。主は怒っていた。
 ……怒っていた?
「……ある、じ」
 あれは本当に憤怒だったか? 私にも矜持があると声を震わせた「あれ」は、手を振り上げさせた「あれ」は、本当に憤怒という感情だったか?
 懸命に主の表情を思い出そうとするが思い出せないことに愕然とする。俺は何も見ていなかった。主と傅く相手のことを、何も見ていなかった。これが俺ののぞんだ忠義か、こんな滑稽な忠義があるだろうか。
 ぎゅう、と二の腕を握り締めて唇を噛んだ俺は、何か妙な風音が聞こえた気がして頭を廊下の方へ傾けた。
 長谷部!
 次の瞬間跳ね起きる。聞こえた。俺を呼ぶ声だ。それは空気を揺らす音ではなく、何か本能的なものに呼びかける音だった。廊下へ駆け出した俺は、妙な確信を持って主の寝室へと向かっていた。おそらく俺以外には聞こえなかった、俺を呼ぶ声。それをまぼろしと断じることは、何故だかできなかった。
 辿り着いた寝室の襖は当然ながら閉め切られている。ほとほと、と叩いてからそっと声をかけた。
「主」
 呼びかけに答えはない。しん、と静まり返った本丸は眠りについている。主もまたそうなのだろうと自分を納得させようとするが、幻聴のように聞こえた呼び声が忘れられない。ああ、これ以上の立場の転落などありはしないのだから、と俺は襖に手をかけ思い切り引いた。
「……ぅ、」
 襖一枚隔てただけで掻き消される程度の、引き絞られた、小さな呻き声。偽物の月光に照らされたのは、けものから背骨を引き抜いたようなおぞましい姿をした怨霊にぎりぎりと締め上げられる主の姿だ、と理解するより先に手が動いていた。
 俺の一撃で闇は散る。布団の上に落下した主は激しく咳き込み、だが、その呼吸も整わぬうちに立ち上がった。
「本丸の位置が気取られた……っ、は、座標移動を、」
 よろめく主の体を、失礼します、と抱き上げる。びくりと震えたそれは拒絶だろうが、俺が廊下を本丸の奥へ向かって駆けていくことそれ自体には文句の言いようもない筈だ。ひゅうひゅうと、主の喉が鳴っている。
「はせべ、」
「主がお呼びになりましたので」
 廊下の角を曲がると外へ引っ張られる主の体をきつく抱き込む。指が震えているのは緊張でもましてや重量に耐えかねてでもなく、きっと、おそれだ。
「俺にはかの方を忘れることなどできません。あのひとは、俺の魂に刻まれたひとだから」
 そうだ、認めればいい、取り繕おうとすることこそ不誠実だ。主は何も言わず、俺の腕の中で息を整えている。
「俺は過去に片足を取られたままだ。でも、ですが、それでも……俺の主はあなただ、あるじ、という言葉が複数の意味を持っている浅ましさをお許し頂けるなら、どうか」
 一度言葉を切って息を吸う。
「……どうか、俺をお傍に置いて下さい」
 これだけのことを言うのに俺はどれだけの不忠をはたらき続けてきただろう。無責任に「主」と呼ばわり、その顔を見ようともせずに仕え、ただ唯々諾々と付き従うだけのおろかものが俺だ。そしてこれからも俺はおろかものでしかない。だがそれでも、もし、許されるなら。
 金属の扉で閉ざされた小部屋の前に辿り着く。主を床に降ろし、乱れた衣服を整えてから一歩下がった。何も言わず扉に手をかざした主は、するりと開いた扉をくぐりながら一瞬だけこちらへ目線を寄越した。
「そこで待つことを、許可する」
 ちん、と小さく鈴のような音がすると共に主の気配が消えても、俺は深く頭を垂れ続けていた。

  *  *  *

 小部屋の向こうから戻ってきた審神者はその足で執務室へ向かい、机の角にあるつるりとした硝子面を指先で何度か撫でてから溜め息を吐いた。
「敵影なし。空間侵犯なし。座標安定、全箇所異常なし」
 確認するように呟いて、それから、審神者は顔を上げた。机の前で手を後ろに組み直立している、刀の姿を見る。
「長谷部」
「はい」
「『私』はお前の『何』だ」
「『あなた』は俺の『主』です」
 迷うことなく発せられた言葉に、審神者はしばらく黙ってから目を閉じ息を吐いた。
「……明日から通常の任務に戻るように」
 息を飲んだ長谷部は、ありがとうございます、と声を震わせた。


《終》

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