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Posted by - 2020.07.06,Mon
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Posted by 新矢晋 - 2014.12.08,Mon
平等主義実現後、世界の維持に駆けずり回るうさみみの話。
どうしようもない、誰も救われない、話。






アズライール


 真っ黒いフードで頭から顔を覆った人影が、ベッドの横に立っている。ベッドに横たわるのは一人の男で、人影は彼に顔を近付けて囁くように言った。
「苦しい?」
 声は若い男のもののように聞こえる。うっすらと目を開けた男は微かに呻いた。
「痛い?」
 再びの問いに、男は僅かに頷いたようだった。
「……死にたい?」
 三度目の問いに、男は黙り込んだ。
 人影は落ち着いた声で言葉を続けながら、そっと男の頬に触れた。
「生きているのが辛いなら、死なせてあげる。痛みも苦しみもない、安らかな死を与えてあげる。……俺が最後に、愛してあげる」
 男が迷ったのはほんの少しの間だけだった。掠れた声に頷いて、人影は男に口付けた。


「302号室の綿貫さん、とうとう亡くなられたそうよ」
「そう……長いこと苦しんでらしたものね」
「でも、あれだけ痛みで暴れたりしていたのに、寝顔みたいにうっすら笑って亡くなっていたって」
「最後は苦しくなかったのかしら、それならまだ……」
 看護師の足りない世界で、資格のいらない簡単な患者の世話をするボランティアは数多くいた。彼女らもその一人で、仕事の合間にぽつぽつと雑談をしていた。
 ここは通常の病院ではない。ターミナルケア、終末期ケアを専門とする施設だった。ここに入所するのは未来を奪われた末期の人間だけで、緩和医療以外の具体的な治療は行われない。……それでも彼らはけして見放される事はない。治療が無意味でも、薬が足りなくても、彼らは見捨てられない。人間には誰であれ平等に生きる権利があるのだから。
「でも……これで何人目?」
「……かなりの人数になるんじゃないかしら」
 ある時を境に、この施設では奇妙な事が起こるようになった。後はただ苦しむだけの者、痛み止めなど効かなくなってしまった者、ただ無為に薬を飲み続けるしかない者……そういった者たちが、突然亡くなり始めたのだ。痛みのあまり暴れだすためベッドに拘束されていたような人間でも、少しも苦しんだ様子もなく眠るように。それがただの死ではない事、何者かの手によるものだろう事を誰もが気付いていたし、警察も捜査していたが、いかんせん他にも重要な事案が沢山あったため後手に回っていた。
 何より、皆気付き始めていた。「弱者」が『弱者』の足を引っ張りつつある現状に。ただでさえ不足している物資、足りない労働力。自らがお荷物である事に心を痛めている人間は、少なくは、ない。
「くそッ、またか!」
 ターミナル施設から報を受けたロナウドは、憤りもあらわに机を叩いた。鳶色の目はきつく細められ、一度唇が引き結ばれた。
「ヤツが最近なんと呼ばれているか知っているか? アズライール、死の天使だ! ただの人殺しが天使だと……!?」
「落ち着いて、ロナウド」
 静かな声でロナウドを宥めたのは年若い少年で、湖水のような目がその言葉を途切れさせた。
「冷静にならないと出来るものも出来なくなる、ロナウドもわかってる筈だ。俺たちには俺たちのやるべきことがある」
 唇を噛んだロナウドは、わかっている、と絞り出すように言ってから部屋を後にした。その背を見送る少年の眼差しは穏やかで慈しみに溢れた、冷たい眼差しだった。


 ベッドの横に黒いフードを被った人影が立っている。人影は何事かをベッドに横たわる女性に囁き、顔を近付けようとした。その瞬間。
「動くな」
 病室の入り口から男の声が響く。そこに立っていたのはロナウドで、厳しい目付きで人影を睨んでいた。
「観念しろ、アズライール……いや、連続殺人犯め」
 人影はしばらく微動だにしなかったが、素早く踵を返し病室の窓へと走る。だが、人影が窓枠を乗り越えるよりも、ロナウドがその身体を掴んで床に引き倒す方が早かった。馬乗りになって相手を押さえ込んだロナウドは、その拍子にめくれ上がったフードの下にあった顔を見て愕然とした。
「湖宵、くん」
 それは、間違いなくロナウドが最も信頼している相手でありこの世界の立役者でもある少年だった。
「湖宵くん、何故だ!? 何故君がこんな、ひとを殺めて……いったい何故、」
「この世界はもたない」
 少年は、さざなみひとつ無い湖のような目でロナウドを見上げた。静かな声は確かな理性をうかがわせるものだが、どこか機械のように薄気味の悪い響きだった。
「この世界はもたないよ、ロナウド。軌道に乗れればいいけど、それまでの間にきっと倒れる」
 絶句しているロナウドの目の奥を覗き込む深淵は、青い色をしている。
「機械が必要だ。作物が立派に育つまで、適正な数を保ち、収穫を分けあえるようにするための、機械が」
「……君はなにを言っているんだ」
 少年の目に初めて感情らしい感情が浮かぶ。それは憐憫と慈愛だった。
「ロナウドに間引きはできない」
「……!」
 ようやく少年の言わんとしている事を理解したロナウドは、激昂し少年の胸ぐらを掴み上げた。苦しげに呻いた声を、無視して。
「それは俺たちがするべきことじゃない! あいつらがやろうとしていたことだ!」
 少年が何も言わないのを見て我に返ったロナウドは、わずかに力を緩めて少年の気道を確保する。だがその目にはまだ憤怒の火が揺れている。
「ロナウドは、頭がいい、よね。気付いていないふりをしてるだけだ。試算結果を見ただろ?」
 目を閉じて長く息を吐いて、それから少年は静かに言葉を続ける。
「ロナウドだけじゃない。みんな気付き始めてる。……だって『アズライール』は、一人じゃない」
「……え?」
 目を開けた少年の口角が上がった。
「俺が、……殺したのがほとんどだけど、何人かは俺じゃない。俺を真似した、斜陽に気付いた誰かがやったんだ」
「そんな、ことが、あるわけ……」
「俺がやめれば速度は大きく下がるだろうけど、完全になくなりはしないよ。これは自然の摂理だ、レミングだって自殺する」
 ロナウドは頭を振りながら手を離した。逃げようと思えば逃げられるだろう少年は動かない。深淵が、ロナウドを、見ている。
「それとも俺を『間引く』、ロナウド? このままだと増殖し続ける癌の根である、俺を」
 それは、と掠れた声で言ったロナウドを少年は笑った。
「間引きが必要なのは作物が育つまでだ、永遠に続くわけじゃない。ロナウドは今まで通り見ないふりをしていればいいよ、……俺がぜんぶ、済ませてあげるから」
「うああっ!」
 怒りとも恐れともつかない感情に突き動かされ、ロナウドの手が少年の首にかかった。ぎりぎりと締め上げられる喉から骨の軋む音がして、少年は目を見開き歯を食い縛り、僅かに手足を痙攣させた後動かなくなった。
 少年が動かなくなってもロナウドはしばらく手の力を抜かず、完全に息が絶えてからようやくその手を引き剥がした。夢見るような瞳から徐々に熱が抜け、その手が震え始める。
「湖宵くん」
 おそるおそる指で少年の唇を撫で、こよいくん、と繰り返す。
「あ、あ、どうして、こんな……どうして……!」
 両腕で頭を抱え、髪の毛を振り乱しながら嘆き叫ぶロナウドを宥めてくれる人間は、今目の前で死んでいる。


《終》

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