Posted by 新矢晋 - 2012.05.03,Thu
平等主義が実現した世界での話。
ロナウドは相変わらず走り続けていて、ウサミミはその背を見て溜め息吐いてる感じ。
ちょっぴり黒ウサさん。
ロナウドは相変わらず走り続けていて、ウサミミはその背を見て溜め息吐いてる感じ。
ちょっぴり黒ウサさん。
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俺は彼の事がとても好きで、彼の語る理想が眩しくて、だから彼に手を貸した。……その為に友と対立し、何人かとは永遠に別れたが、それでも俺は走り続けた。
彼の隣にいたかった。俺は、彼の事が好きだったから。
彼は前だけ見ているひと。俺の思いになど気付きもしない。好いた男の為に世界の行く末を左右した、浅ましい俺の本性にも。
――そうして、世界は生まれ変わった。
彼が望んだ世界。
平和で、平等で、誰もが助け合う世界。
ひとつの林檎を、皆で分け合う世界。
――緩やかに斜陽を迎える、世界。
生まれ変わった世界で、俺たちは奔走する。誰も見捨てない、すべてのひとと林檎を分け合う世界は案の定問題が山積みだ。
――足りない。人手も物資も何もかも。
成る程、ポラリスの力によって世界は人類の意識ごと作り替えられ、以前のように暴動が起きたり小競り合いがあったりはしない。しかし、弱者の為に働ける人材というのは限られている以上、一握りの能力者は大多数の弱者に押し潰されるしかない。
……そして彼もまた、人々の守護者として常人の何倍もの負担を強いられて、それに不満も疑問すら抱かず磨り減らされてゆく。
毎日毎日各地を飛び回り、助けを求める声に手を差し伸べる英雄。それが俺の好きになったひとだけれど、だからといって、彼が少しずつ磨耗していく様を黙って見ていられるほど俺は我慢強くない。
一つしかないリンゴを十人で分けていたら、遠からず全員が飢えて死ぬだろう。
全員が平等に飢えるならそれは確かに彼が望んだ事かもしれないが、現実には優しいひとばかりが割りを食う。
――それなら俺は、優しいひとを、彼を守る為に悪になろう。
「なんだと!またホスピスでヤツが?!」
報告を受けた彼は、憤りを隠せない様子で声を荒げた。
「力無きひとを狙うなんて、ヤツは許しがたい極悪人だな……!」
そうだね。俺は心の中で呟く。
――既に手の施しようの無い、末期の病人が過ごす静養施設。弱者の代表格が集まる場所。そこで、不定期に大量の人間が死ぬようになったのはごく最近になってからの事だ。
この世界は弱者に優しい。何の役にも立たないどころか、治る見込みのある病人の為の物資まで消費する彼らにさえ、優しい。さっさと死んでくれればいいのになんて、思いもしない。
その彼らの間でまことしやかに囁かれる都市伝説、「天使様」。末期の人間に接触し、安らかな死を与えてくれるというその存在は、この優しい世界に何故か受け入れられた。
「……何が天使だ!」
壁を殴って吐き捨てた彼は、思いもしないのだろう。弱者は彼が思っているよりも厄介で、存在するだけで他の人間の足を引っ張るようなひとも居るだなんて。
……そしてその末期の弱者は己の境遇を自覚していて、誠意を持って説得すれば殆どのひとが死を受け入れてくれる、なんて。
だから「天使様」は……俺は、弱者を憎まず憎まれず、ただ淡々とするべき事をするだけ。死を告げたその唇で、彼に愛を囁き微笑むのだ。
熟れゆく林檎。
――腐りゆく林檎。
あとどれくらい、こうしていられるだろう。
何も知らず眠る彼の瞼に、そっと口付ける。愛しい愛しい俺の英雄。けして俺だけのものにはなってくれない英雄。
……それならせめて、俺があんたの為に手を汚すことくらい許してほしい。
けれど、ベッドを抜け出そうとした俺の腕は不意に掴まれて、抵抗する間もなく布団に引きずり込まれてがっしりとした腕の中。
「……何処に行くんだ?」
癖のある俺の髪に指を差し入れながら囁く彼の声には、咎める響きは無い。どちらかといえば甘えのような執着のような、そんな声だ。
――ああ、彼は何も気付いていない。
それなのに俺は彼の腕の中で動けなくなった。じわりと下腹のあたりが痺れた気がしたのは、俺の浅ましい欲。
俺は何も言わずに彼の唇へとあまく噛み付いて、身体を擦り寄せる。彼もここまでされてわからぬわけが無いから、腰から尻にかけてをそっと撫でて応えてくれた。
目を瞑る。……そうすればもう、何も見えないから。
今夜くらいはあんたの事だけ考えさせてね。
《終》
俺は彼の事がとても好きで、彼の語る理想が眩しくて、だから彼に手を貸した。……その為に友と対立し、何人かとは永遠に別れたが、それでも俺は走り続けた。
彼の隣にいたかった。俺は、彼の事が好きだったから。
彼は前だけ見ているひと。俺の思いになど気付きもしない。好いた男の為に世界の行く末を左右した、浅ましい俺の本性にも。
――そうして、世界は生まれ変わった。
彼が望んだ世界。
平和で、平等で、誰もが助け合う世界。
ひとつの林檎を、皆で分け合う世界。
――緩やかに斜陽を迎える、世界。
生まれ変わった世界で、俺たちは奔走する。誰も見捨てない、すべてのひとと林檎を分け合う世界は案の定問題が山積みだ。
――足りない。人手も物資も何もかも。
成る程、ポラリスの力によって世界は人類の意識ごと作り替えられ、以前のように暴動が起きたり小競り合いがあったりはしない。しかし、弱者の為に働ける人材というのは限られている以上、一握りの能力者は大多数の弱者に押し潰されるしかない。
……そして彼もまた、人々の守護者として常人の何倍もの負担を強いられて、それに不満も疑問すら抱かず磨り減らされてゆく。
毎日毎日各地を飛び回り、助けを求める声に手を差し伸べる英雄。それが俺の好きになったひとだけれど、だからといって、彼が少しずつ磨耗していく様を黙って見ていられるほど俺は我慢強くない。
一つしかないリンゴを十人で分けていたら、遠からず全員が飢えて死ぬだろう。
全員が平等に飢えるならそれは確かに彼が望んだ事かもしれないが、現実には優しいひとばかりが割りを食う。
――それなら俺は、優しいひとを、彼を守る為に悪になろう。
「なんだと!またホスピスでヤツが?!」
報告を受けた彼は、憤りを隠せない様子で声を荒げた。
「力無きひとを狙うなんて、ヤツは許しがたい極悪人だな……!」
そうだね。俺は心の中で呟く。
――既に手の施しようの無い、末期の病人が過ごす静養施設。弱者の代表格が集まる場所。そこで、不定期に大量の人間が死ぬようになったのはごく最近になってからの事だ。
この世界は弱者に優しい。何の役にも立たないどころか、治る見込みのある病人の為の物資まで消費する彼らにさえ、優しい。さっさと死んでくれればいいのになんて、思いもしない。
その彼らの間でまことしやかに囁かれる都市伝説、「天使様」。末期の人間に接触し、安らかな死を与えてくれるというその存在は、この優しい世界に何故か受け入れられた。
「……何が天使だ!」
壁を殴って吐き捨てた彼は、思いもしないのだろう。弱者は彼が思っているよりも厄介で、存在するだけで他の人間の足を引っ張るようなひとも居るだなんて。
……そしてその末期の弱者は己の境遇を自覚していて、誠意を持って説得すれば殆どのひとが死を受け入れてくれる、なんて。
だから「天使様」は……俺は、弱者を憎まず憎まれず、ただ淡々とするべき事をするだけ。死を告げたその唇で、彼に愛を囁き微笑むのだ。
熟れゆく林檎。
――腐りゆく林檎。
あとどれくらい、こうしていられるだろう。
何も知らず眠る彼の瞼に、そっと口付ける。愛しい愛しい俺の英雄。けして俺だけのものにはなってくれない英雄。
……それならせめて、俺があんたの為に手を汚すことくらい許してほしい。
けれど、ベッドを抜け出そうとした俺の腕は不意に掴まれて、抵抗する間もなく布団に引きずり込まれてがっしりとした腕の中。
「……何処に行くんだ?」
癖のある俺の髪に指を差し入れながら囁く彼の声には、咎める響きは無い。どちらかといえば甘えのような執着のような、そんな声だ。
――ああ、彼は何も気付いていない。
それなのに俺は彼の腕の中で動けなくなった。じわりと下腹のあたりが痺れた気がしたのは、俺の浅ましい欲。
俺は何も言わずに彼の唇へとあまく噛み付いて、身体を擦り寄せる。彼もここまでされてわからぬわけが無いから、腰から尻にかけてをそっと撫でて応えてくれた。
目を瞑る。……そうすればもう、何も見えないから。
今夜くらいはあんたの事だけ考えさせてね。
《終》
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