Posted by 新矢晋 - 2013.08.30,Fri
即興二次小説で制限時間1時間で書いたもの。
回帰後、こっぱずかしい栗木ロナウドさん(26歳刑事)。
回帰後、こっぱずかしい栗木ロナウドさん(26歳刑事)。
愛情
待ち合わせ場所は間違っていない。
あのひとはまだ来ない。……来ない。
俺はあのひとが好きで、好きで好きで息が出来なくなるくらい好きで、だからあのひとがそういったことにまったく適性が無いのをわかっていて告白し、体勢を立て直す前に乱打を加えて押し倒して恋人関係を結んだ。
「恋人」という続柄になったからにはあのひとは誠実で真面目だから、俺と「恋人」らしいことをしてくれる。それはデートだとか、自宅に招いてくれたりだとか、そういうこと。
俺のことを好いてくれてはいるようだけど、それが恋愛感情かと言われると俺は黙るしかない。
自覚させる前に押し切って無理やりその手を掴んだのは俺だ。でなければ手を繋ぐことすら出来ないと思っていたから。
……でも、今更、後悔している。
俺はもうあの人から愛を得ることは、たぶん、できない。
鉄柱に凭れて溜め息を吐く。
俺はたいていあの人を待つばかりで、待たされる度にどんどん息が出来なくなる。
背を離して柱の先に備え付けられた時計を見る。待ち合わせ時間を十五分過ぎた。
行きかう人々は何らかの目的を持っていて、目の前で恋人同士が合流したり、あるいは友人らしきグループが通り過ぎていったりする。
なんだか見ていられなくて、視線を落として自分の爪先を見た。
――好きだったんだ、ずっと前から。世界が巻き戻る、前から。あんたは気付いてなかっただろうけど。
世界が滅ぶって時に惚れた腫れただのやってられないから、もう二度と会えないかもしれない、お互い忘れてしまうかもしれないあの人に俺は何も言えなかった。
だから、世界が巻き戻って、偶然再会して、お互いのことを思い出せたことに運命さえ感じた。
一度諦めたはずの恋心は一気に膨れ上がって、抑えきれなくなって、だから俺は……、
(ろなうど)
そうっと、大事に大事に誰にも聞こえないように名前を呼ぶ。
こんな危うい関係は、俺が強引に引っ張り上げて保っているだけのバランスは、いつか崩壊するだろう。
その崩壊は明日かもしれないし、ひと月後かもしれないし、……もしかしたら今日かもしれない。
ああ、この待ち合わせをすっぽかされたとて俺は何の文句も言えないし、その後恋人ごっこを許されなくなってもそれは本来の正常な状態に戻るだけのことなのだ。
でも、好き、好きなんだ、どうしてもこれだけは消せないんだ、好きなんだ!
ふと、ざわめきが聞こえた気がした。
周囲の人々が、なんというか、戸惑っているようなそわついているような。
顔を上げた俺は、その原因を見付けてぎょっとした。
真っ赤な薔薇の花束だ。
いまどきドラマでも見たことのないくらいベタな、花束!!!って感じの立派な薔薇の花束を持ってかけてくるのは俺の待ち人で、スーツなんて着ているものだから余計に昔のドラマみたい。
息を切らせながら周囲を見回して、俺の姿を見付けるとほっとしたような笑みを浮かべて近づいてくる。
「待たせてすまない!」
そんなことを言いながら俺の目の前に来るものだから、余計に周囲の人々が戸惑っているのがわかる。
――うん、そうだよね、普通彼女か何かを探していると思うよね。ていうか下手したらプロポーズか何かだと思うかもしれない。
「あ、うん、大丈夫。俺も今来たとこだから」
ああこれじゃあ俺までベタすぎる。でも周囲の視線が、すごく興味津々な感じの視線が気になってうまく舌が回らない。
彼は気付いたのか気付かないのか(高確率で後者)、口元を緩めると手に持っていた件の花束を差し出してきた。
「その、これを用意するのに思ったより時間がかかってな。本当にすまなかった」
……似合うよ、うん、似合うよ? 顔立ちばかりはすっごく整ってて、外国の俳優さんみたいなあんたには、とても似合ってる。
けれど俺はどんな顔をしたらいいかわからなくて、花束と彼の顔を見比べるばかり。
俺の困惑にようやく気付いたのか、彼はひとつ瞬きをしてから花束を下げた。
「……花は嫌いだったか? ……そうだな、まあ、男の子だもんな」
「いや、そういうわけじゃないけど……なんで?」
彼はいたって真面目な顔で、自分の行動になんら疑いなど持っていない様子で、
「君にあげたいと思ったんだ。駄目か?」
なんて軽く首を傾げられてああもう!
「……ん、や、……だめじゃない。ありがと」
駄目だ顔が赤い気がする。
うつむき加減に花束を受け取った俺の頭をわしわしと撫でて、行こうか、と歩き出す彼の後ろをほとほとついていく。
真っ赤な薔薇。
ビロードみたいな花弁が、なんだか夢のなかの生き物みたいだ。
「そうだ、赤い薔薇の花言葉を知っているか?」
一瞬息が止まる。
そんなに詳しいわけじゃない俺ですら、薔薇の花言葉くらいは知っている。
でもそれを彼自身が言い出すなんて思っていなかった、そんなことを言い出すようなひとだとは……ああ、でも彼は案外ロマンチストなところもあったか。
「……知ってる、けど」
やっとのことでそれだけ答えた俺に、
「それならいいんだ」
と笑った彼が、その表情が、まぶしくて。
……ねえロナウド、それってつまり、
「ロナウド」
「ん?」
期待してもいいってこと?
口にしかけた問いを呑みこんで、俺は頭を振った。
「嬉しいよ、ありがと」
その代わり、綺麗に笑えたかはわからないけど精一杯の笑みで、感謝の言葉を口にする。
一瞬目を瞠った彼は、片手を持ち上げようとして、結局は何もせずに俺から顔を背けた。
「……どういたしまして」
自分でまいた種の癖に、俺よりもよほど彼の方が薔薇は似合うというのに、今更照れ臭そうに頬を染めるのが可愛くて仕方がないから、俺はもうどうしようもないところまで落ちている。
嬉しいのか苦しいのかわからないんだ。
ただ俺の手の中にある薔薇の花束は、見間違いようがないくらい、真っ赤なんだ。
《終》
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