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Posted by 新矢晋 - 2013.08.05,Mon
リクエスト頂いて書いた主ヤマ、のつもり。
峰津院さんちの花火の話。





火の花


「花火大会?」
 大阪のとある地下、独特の雰囲気を持つ部屋でオークの机に向かっていた癖っ毛の少年は不思議そうに瞬きをした。
「そうだ。規模はそう大きくはないが、練達の職人を招いて行う事になっている」
 この施設においての最高責任者であり、組織内においてももっとも高き場所にいるしろがねの髪の少年――峰津院大和そのひと――もまた己の机に向かいながら話す。
 少年は表情を緩めて、
「へえ、ジプスもそういうのするんだ。なんか意外」
 などと言いやるが、大和は眉を寄せるとしごく当然であるかのように次の言葉を吐いた。
「何を他人事のように言っている。君も参加するのだぞ」
「へ」
 間抜けな声をあげる少年をよそに、また書類へ視線を落とした大和はいつもと同じように平易で淡白な声色で続ける。
「式を編むのは私と君だ。例年は他の者を供していたが、君という存在がある以上君が適任だろう」
「式? へ? なにが?」
 頭の上に疑問符を浮かべかねない様子で完全に仕事の手を止めている少年を見た大和は、万年筆で書類を指示し「手が止まっているぞ」と釘を刺してから不思議そうに首を傾げた。
「御霊を慰める色と火を、正しく展開するための式だ。……ああ、編み方については後で教えてやる」
 僅かに目を見張ってから、少年は眉と肩を下げ溜め息混じりに呟いた。
「ああ、そっか、そういう事ね」
 今度は大和が疑問符を浮かべる番だが、少年は何も言わずに書類へと意識を戻した。わかったよ、と花火大会への参加を了承して。


「ああー疲れたー!」
「ふふ、お疲れ様」
 大仰な衣冠を引き摺るようにして歩く少年は、ちらりと隣の大和を見て唇を尖らせた。
「なんでお前髪の毛そんな突飛な色してるくせに、そういう服着ても違和感ないの。俺とかもじゃもじゃだから凄い違和感だったのに」
 しろがねの髪を撫で付けた大和が身に纏っているのは本来老年が着る白の衣冠で、見た事の無い文様が艶のある白い糸で施されていた。光の加減できらきらと輝くそれは、竜の鱗に似ていた。
「違和感……についてはよくわからんが、着慣れているというのはあるな。しかし君も見られないものではないぞ」
 重たそうに指貫をたくし上げながら、あっちい、と悪態を吐いた少年は同じく白の衣冠を着せられていたが、縫い取りは鮮やかな青や緑の糸でされていた。金属めいた艶のあるそれは、鸞の羽に似ていた。
「ありがと。でも整髪料にも勝つ俺の癖毛まじ……コスプレじゃんこれじゃあ」
 だいたいなんで大和は落ち着いた色なのに俺こんなド派手なの、とまた溜め息を吐いた少年に真面目な顔で大和は繰り返す。
「私は白い竜、君は青い鸞だと言っただろう。ふたつの役割を果たさねばこの式は成り立たないのだから、君の協力には感謝しているぞ」
 儀式場に繋がる回廊を抜け、ようやく着替え用に用意された部屋へと辿り着いた少年はさっそく服に手をかけて脱ごうとするが、そういえば脱ぎ方もわからないという事に気が付いてぐったりと手を下ろした。
 ……着付けの人々の手伝いもあってようやく普通の洋服に装いを変えた少年は、とっくに自力で着替えていた大和にお茶のペットボトルを渡す。
「なあ大和、疲れてる?」
 慣れない仕草でペットボトルに口をつけていた大和は、ぱちりと瞬きをした。
「疲れているなら君だろう。私は問題無いが」
「よかった。じゃあこの後俺に付き合ってよ、そんなに長引かせないからさ」
 嬉しそうに笑いながらの提案を、大和が断る筈も無かった。


「じゃじゃーん」
 河原へと連れ出された大和は、少年が取り出したものに目を瞬かせた。
「……なんだそれは」
「花火だよ! 知らないわけないでしょ?!」
「ふむ、玩具花火の類か。実際に見るのは初めてだ」
 うへえ、と口を開けた少年はその詰め合わせの花火の袋を開け、極彩色のひらひらで飾られたオーソドックスな手持ち花火から、男子大好きロケット花火、小型の吹上花火に、線香花火などなどを取り出した。
 表情のほとんど変わらない大和が、その実興味津々で花火を眺めていることを少年はよおくわかっていて、その手にまずは普通の手持ち花火を握らせた。
「振り回しちゃ駄目だよ」
 子供に対するような唇に不満げに唇を曲げた大和は、だが花火に着火されて息を呑んだ。吹き出す火花を見詰める真剣な眼差しとは裏腹に、手はめいっぱい前方に伸ばされていて、少年は小さく笑った。
「火、もらうよ」
 少年も同じ手持ち花火を手に、大和の花火から火を頂いた。青、赤、と色合いを変える火にまばたく大和の横画をこっそり眺めていた少年に、迷うように大和が口を開く。
「民間ではこういった花火を楽しむのか。……興味深いな」
「うん。大和にとっては花火っていうのは仕事かもしれないけど、単純にきれいで楽しい花火もいいもんでしょ」
 そうだな、と囁くようにつぶやいた大和は色を変える花火の灯りに照らされて、少年にとってはいくら眺めても飽きない花火よりも美しいものだ。
 その視線に気づいたのか、横目に少年を見た大和は怪訝そうに目を瞬かせる。
「花火を見るのではないのか」
「ん? だって大和のが綺麗だし」
 ……物好きだな、と半ば呆れて呟いた大和は花火へと視線を戻し、静かにその火を消したそれに、あ、と声を漏らした。
 また次の花火を握らせて点火する少年はどこか嬉しそうで、それは保護者のようにも見える。何度も花火を握らせては着火を繰り返し、合間に吹き上げ花火に驚く大和の様子を楽しんで、最期に残った花火を二人で分ける。
 線香花火。和紙をこよりのようにしたそれに、大和はどこか迷うように口を開いた。
「……これは知っている」
「あ、そうなんだ。まあこういうのなら峰津院さんちでもしそうだよね」
 感慨深げにそのこよりを眺める大和が、一瞬遠く見えて、少年は手を伸ばす。
「?」
 二の腕を掴まれて不思議そうに振り返った大和に、なんでもない、と頭を振ってから最後の花火に火をつけた。
 静かにぱちぱちと散る火花はなんだか四方八方に伸ばされる手に見える。……それを言ったら大和が、実はこれは亡者の手を模してして、などと怖い事を言いそうだったから少年は黙って火花を眺めた。
「……父母とした」
 ぽつりと落とされた小さな声に、少年は息を呑みそうになって我慢した。なんでもない事のように、静かに相槌を打つ。
「私と父母が過ごした夏は一度きりで、その折に線香花火をした」
 それだけ言ってまた黙り込んだ大和の表情を窺っても何を考えているのかはわからず、だが哀れむのだけは違うと少年は思った。
 ――峰津院の生き方を、在り方を、評するなんて事は出来ないのだ。大和はそれが不幸だとは思っていないし、かといって全くの無感動というわけでもない。大和は峰津院という家を大切に思っている。恐らく使命で命を落としただろう父母の事も誇りに思っている。それは確かなのだ。
「君とは」
 不意にかけられた声に顔を上げた瞬間、少年の線香花火からは玉が落ちた。
「……君とは何度、夏を過ごせるだろうな」
 その瞬間激しい感情が少年を突き動かして、大和に抱き着かせていた。地面にこよりがふわりと落ちた。
 力一杯抱き締めて、息が出来なくなるくらいの激情をなんとか御して、少年は震える唇を開き精いっぱい冗談めかして、いつもと同じような軽薄な声で言う。
「沢山だ! 大和、来年も再来年も、たくさん、夏は過ぎるよ」
 少年の肩に顎を置き、なんとか横目で隣を確認した大和は、ふ、と笑う。
「そうだな。……そうだな」
 ぽんぽん、と少年の背を叩く手は白くて、子供を宥めるには細かったから、大和は少年を押し返してその顔を覗き込む。
「……なんて顔をしている。君が私を守るのだろう? お前がこの国を守るなら、俺がお前を守るよと言っただろう?」
 そう囁いてから、大和はそっと少年の額に唇を寄せた。目を真ん丸に見開いた少年は、くしゃくしゃと笑ってから、大和の後頭部に手を回して噛み付くように口付けた。


《終》

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