Posted by 新矢晋 - 2013.09.23,Mon
よそのお宅のウサミミイメージで書いたもの。名前は美月くん。
お絵かきの得意なウサミミの話。
お絵かきの得意なウサミミの話。
Museの子
ジプス大阪本局、広間の隅にある休憩スペースにて。
「何をしている?」
「ん」
椅子の上に三角座りしていた少年は、降ってきた声に顔を上げて真上を見た。
うつくしい銀色の目と菫青の目がかちあう。
「大和を待ってた」
「そうか。……そうじゃない」
すいと細い指が示したものを見た少年は、ああ、と声をあげた。
指さされた先、少年の手元にはスケッチブックがあった。
……そこに荒く鉛筆で削り出されたシルエットを見て、大和は緩く瞬きをする。
「大和だよ」
「……ああ、そうだな」
それは大和の横顔だった。まだ整えられていない、切り出したままの木のようだった。
少年の握る鉛筆の先から飛び出す線は矢のように鋭く、雷のように疾く、光のように真っ直ぐだった。その線が見る間に整った顔立ちを描き上げ、様々な表情や角度の顔を作り上げていく。
「手、動かしてると落ち着くからさ。見ずに描けるもので俺が一番好きなものって、大和だから」
くるり、と器用に鉛筆を回してから置く。
「俺、大和の顔なら目を閉じてたって描けるけど、一回くらい大和を見ながら描いてみたいな」
おねだりの色を帯びるその声に、大和は僅かに眉を寄せて考える。
……暫しの後。
「十日後に休みがある、その日なら……」
「やったあ大和大好き!」
飛び跳ねるように椅子から降りて自分に抱き着いてきた少年に、呆れたような溜め息を吐いてから大和は笑った。
約束の日、少年は大和の部屋に画材一式を運び込んだ。
そこに座って、とソファに大和を座らせて、イーゼルを立てカンバスを置く。
「……ちょっと緊張するなあ」
はにかむように笑って、だが、鉛筆を握った少年のまとう空気は一変した。
ぴん、と。
それはあの滅びゆく街で侵略者と対峙した時にも似ている、張り詰めた空気。
強く青い眼差しが大和に注がれ、剣の切っ先を突きつけられたような心地で大和は一度息を吐いた。
……少年の持つ鉛筆が動き出す。
それはスケーターのように滑らかでスピードに乗った、迷いの無い足取り。
鉛筆はじきに筆へと持ち変えられ、勢いよく線をえがいていた動きはどこか繊細な、忍び足に変わる。
どれくらいの時が過ぎたか、少なくとも大和が感じているよりも長い時間が瞬く間に過ぎ、少年がその空気を和らげた。
ふう、と大きく息を吐く。
「終わったか」
「うん、お疲れ様」
大和はソファから立ち上がり固まった筋肉をほぐすと、少年の座る椅子の隣へと移動した。
そうして覗き込んだカンバスの中。
――細く柔らかな線に戸惑う。
以前見たデッサンとはまるで違う、しなやかで絹糸のような線と、そして、色。
水彩を淡く滲ませるように、毛先や目元、首筋だけに色を乗せている。
その淡い中において目、目だけが鮮烈な光を帯びていた。
「大和の目、好きなんだ」
内緒話をするように囁いた少年の隣で、大和はただじっとその絵の中の自分を見ていた。
単に色が濃いだとか、画材が違うだとか、そういったものではない。同じ絵具で同じように色を乗せている筈なのに、その目はまるでこちらを見ているような強さを持っていた。
「……どう?」
先ほどまでの強烈な光を湛えた眼差しが嘘のように、不安げな声が大和の胸を揺らす。
大和はこの絵についての的確な評語を探したが結局見つからず、
「君は、……ムーサに好かれる性質だろうな」
きょとんとした顔で見上げてくる少年に、ふ、と唇を綻ばせてからまたその絵を見た。
「素晴らしい。……言葉を重ねる事は無意味だな、美月、君はほんとうに得難く優秀な」
「好きか嫌いかで言ってよ」
真っ直ぐ大和を見上げる少年の目は青い。緑青よりもあおい。
その色に飲まれるような気がして、大和は目を眇めた。
「……好きだ」
そうして何かおそろしく壊れやすいものを扱うように口にした彼に、少年は花咲くように笑った。
《終》
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