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Posted by 新矢晋 - 2013.08.07,Wed
リクエスト頂いて書いたロナ主。
主人公が骨折して、ロナウドが介護する話。








俺の恋人は過保護です。


「湖宵くん! 無事か!!」
 看護士の制止すらふりきって診察室へと乱入したロナウドは、目的の少年の姿をみとめて目を瞠った。
 思わず患部へと触れかけた手を止め、そっと少年の肩を掴む。
「……大丈夫か、痛みは? 完治までどれくらいかかるんだ」
 まるで自分が痛むかのように、ロナウドは少年の右腕を固めるギプスに目を細めた。
 呆気にとられている医者に、保護者です、と説明してから少年は苦笑する。
「ギプスは一か月くらいで外せるみたい。きれいに折れてるから、後に響くこともなさそうだって」
「そうか。……そうか」
 ほっとしたような、それでも苦しげな、複雑な表情を浮かべてからロナウドはようやく自分へ向けられる胡乱げな視線に気が付いて、勢いよく頭を下げた。
「お騒がせしました! 診察を続けて下さい!」
 外で待ってる、と言って診察室を後にするロナウドを見送って、少年は困ったように笑った。


 ――恋人が大学構内の階段から転落した。
 その報せを恋人の友人から聞いたロナウドは、とるものもとりあえず恋人が運ばれたという病院へ急行した。
 診察室へ飛び込むときも当然看護士に止められたが、心配で心配でたまらなくて余所事にまで気が回らなかったのだ。
 見付けた恋人は一見元気そうだったが、振り返るとその片腕がものものしく固められているのが見えてロナウドは胸が痛んだ。
 そして、診察が終わりけろりとした顔で出てきた恋人を厳重に警護し家まで連れて帰り、ある程度世話をしてからロナウドは無理矢理抜けてきた仕事へと戻っていったのだった。


 片腕が使えない、というのは日常生活に大きな支障をきたす。
 特に少年が負傷したのは利き腕であり、食事も風呂もトイレですらも普段のようにはいかなかったが、ロナウドが献身的に介護してくれた為なんとかなってはいた。
 隣に寄り添われて食事を口元に運ばれるのだとか、一緒に風呂へ入って体を流すだとか、それはいい。問題は、たとえばトイレにまでついてきて排泄を介助しようとしてきたり、性処理にまで手を出してこようとする事だ。
 少年が断固として拒否したためそのプレイなんだか何なんだかわからない状況は回避されたが、少年は複雑な気持ちで完治までの暇な時間を過ごしていた。
 ……恋人であることは何ら特別な効力を発揮せず、赤の他人だろうが助けを求めるひとを助くることを優先するロナウドが、今は自分に対して大きくリソースを割いてくれている。それは愛情ゆえだけではなく、むしろ、弱者を庇護し助ける彼の本能のようなものだ。
 これは本能で、けして愛情だけではないのに、それでも嬉しくて怪我など治らなければいいのにと思ってしまう。少年はもう何度目かもわからない溜め息を吐いてから、片手で慎重に料理へと取りかかった。

 仕事から戻ったロナウドは、漂う美味しそうな匂いに目を細めたが、次の瞬間にははたと目を瞠ってキッチンへと駆け込んだ。
「あ、おかえりロナウド」
「ただいま。……違う、何をしているんだ!」
 少年の手からフライ返しを取り上げ、じゅうじゅうと音をたてる鳥肉の照り焼きをひっくり返してからロナウドは険しい顔つきで少年を見遣る。
「何って……今日俺が夕食当番だし」
 刻みかけのキャベツを千切りにしながらも、ロナウドの表情は険しいまま。不満げに唇を尖らせている少年をちらと見て、言い聞かせるような口ぶりで。
「怪我が治るまでは俺が全部やると言っただろう、安静にしていないと駄目だ」
 黙ってロナウドを見上げる少年の目は、どこか冷えている。料理に集中してそれに気づかないロナウドは、少年が結局何も言わずにふいと踵を返してリビングへと戻ったことに何の違和感も覚えなかった。

 また少年の手から食器を奪い取り手ずから食事の介助をしていたロナウドは、まだ半分も食べないうちに少年が唇を引き結んだことに怪訝そうに眉を寄せた。
「どうした? 食欲が無いのか?」
 ふるふると頭を振って、ロナウドの手から食器を奪い返そうと片手を伸ばしても、ロナウドは少年の手から逃れるようにその手を引く。
 しかつめらしい顔で少年を見たロナウドと、それをじっと見つめ返す少年。その目の冷えにようやく気付いたロナウドは、食器を置いてから少年の顔を覗き込んだ。
「……何かあったのか? 俺に不手際があったなら、遠慮なく……」
「ロナウドのばか」
 突然――ロナウドにとっては何の前触れもなく――吐き出された罵り文句に鳩が豆鉄砲をくらったような顔をするロナウド。
 戸惑い口を開きかけるロナウドを制して、少年はきっぱりとした口調で突き放す。
「俺もうロナウドに世話されなくてもいい。過保護すぎて鬱陶しい」
 そうして不機嫌そうに食器を取り上げ、もたつきながら左手で食事をする少年を、ロナウドは困惑した様子で眺めていた。

 いつもの何倍もの時間をかけて食事を終えた少年に何か言いたげにしながらも何も言わないロナウド。
 いつもの何倍もの時間をかけて風呂に入る少年の様子を窺うために浴室の扉の前で耳をそばだてるロナウド。
 ……少年はその度に痛みに耐えるような顔をして、ロナウドはますます困惑を深めて何も言えなくなる。

 就寝時間になり、少年は椅子に座って片膝を抱え込み、もたもたと悪戦苦闘していたが、靴下ひとつはく事もままならずにくしゃりと顔を歪めた。
 その様子をちらちらと眺めていたロナウドは、ついに耐えかねたようにソファーから立ち上がって少年へと歩み寄りその手から靴下を取り上げようとする。
 ……一瞬の攻防。
 靴下が伸びてしまうことを懸念して手を離した少年は、黙って自分の目の前へ跪いたロナウドをどこか苦しそうに見下ろした。
 その腿の上へ少年の足を乗せ、丁寧に靴下を履かせながらロナウドは迷うように口を開く。
「……すまない。その……俺はやはりこういう性分で、君が弱っている時に何もせず見守るのは……」
「ロナウドは」
 降ってきた声に顔をあげたロナウドは、少年が今にも泣きだしそうに眉を下げその目を潤ませているのを見て慌てた様子で手を伸ばしてその頬に触れた。何か言うよりも先に少年が言葉を続けて、
「……俺じゃなくてもこうだろ。弱い人とか、困ってる人を助けずにいられないのはロナウドのいいところだけど……いま優しくされても俺、かなしいよ。ロナウドが優しくしてるのは、世話してるのは、俺じゃなくて俺の怪我だもん」
 それを聞いたロナウドは僅かに目を見開いて、それから頭を振ってはっきりと断言した。
「それは違う。俺は確かに誰かが困っていたら助けたい。それは特別なことじゃあなくて、人間が当然持つ良心であり思いやりだが……それとは別に、俺は、君を助けたいんだ」
 チョコレートに似た色の髪が、また首を振った拍子にふわりと揺れる。
「君が大事だ。君が困っている時に助けるのは、当然持つべき良心によるものではなくて……俺の、もっと深いところから、熱を帯びて立ち上がってくるこの……、……愛だとか、多分、そう呼ばれるもののためだ」
 少年の頬をそっと撫で、唇を押し当てる。
「世話を焼かれることが迷惑ならやめよう。だが……俺の行動が義務や義理によるものだと思っていて、だから嫌たと言うなら、それは違う」
 ……君が好きだよ。
 そう囁いて、今度は唇へと口付けたロナウドは、少年の湖のような目を覗き込んだ。迷いだとか、不安に揺れる水面。
 少年はもたもたと腕をロナウドの首へと回し、片腕でぎゅうと縋り付く。
「……それに」
 迷うような沈黙をたっぷりと空けてから口を開いたロナウドは、少し視線を泳がせてから、内緒話でもするかのように少年へと囁いた。
「君はいつもしっかりしているから、……こうして世話を焼けるのは、少し、嬉しい」
 それを聞いてぱちぱちと瞬きをした少年は、回した腕に力をこめてから、小さく笑った。


《終》

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