よそのお宅のウサミミイメージで書いたもの。名前は美月くん。かわいい系ウサミミです。
おいしいご飯を食べる話。
まんじゅうこわくない
ある冬の日のこと。
「やまとやまとー!」
勢いよく扉を開いてその部屋に(徒人はもちろん関係者ですら無遠慮に立ち入ることの出来る場所ではないそこに)勢いよく飛び込んできたのは癖っ毛の少年だった。
奥の机に向かい何やら書き物をしていた人物が顔を上げ、その銀色の目が眇められる。
「……何事だ美月」
美月と呼ばれた少年は、その胸に紙袋を抱えていた。それを勢いよく両手で突き出すと、目の前の相手に、……峰津院大和その人に、満面の笑みを浮かべてみせる。
「肉まん食べよ!」
大和は数度瞬きをしてから、ほんの僅かだけ笑みを浮かべた。
その少年にしか伝わらないような些細な表情の変化に余計に嬉しくてにこにこ笑いながら、少年は部屋の中央にある来客用の机まで歩み寄る。
「今買ったばっかりだから、まだあったかいよ。久し振りに全力疾走したなあ」
「……上から走って来たのか?」
「うん。ジプスにもコンビニあればいいのに」
机の上に紙袋を置き、中からまだ温かい饅頭をふたつ。紙に包まれたままのそれをひとつ大和に持たせ、自分もひとつ持って紙を捲る。それをちらちらと見ながら大和も紙を捲った。
「いただきまーす!」
大きく口を開けて、まふ、とその白くふかふかとした幸せの丸みにかぶりついた少年を見て、それを真似るように大和も饅頭に口をつけた。少年のように大口を開けることは躊躇されたのか、スプーンひとさじ分ほどを口内に迎え入れただけでは当然中の餡まで辿りつく事は出来ない。上顎の裏に張り付く蒸かした生地に落ち着かなげに口を動かし、怪訝そうに手元の饅頭を見下ろす。
「……ん? おいしくない?」
「美味い美味くないというか、匂いのわりに味がほとんどしない饅頭だなこれは」
素直な感想を述べた大和に不思議そうな顔をした少年は、その手元の饅頭の状態を見て納得したように頷いた。
「ちょっと貸して」
自分の饅頭は口に咥え、大和の手から取り上げた饅頭を二つに割ってみせる。ほわり、と湯気が立った。
それからその饅頭をまた大和の手に持たせ、自分の口から饅頭を外して笑う。
「上品に食べ過ぎだよ、大和。中身が美味しいんだから」
「……そうか」
わかるかわからないか、程度に恥じらいに揺れる声。大和はそっと饅頭に口をつけ、そうしてようやく、中の餡と生地両方を口の中へ迎え入れる事に成功した。
――黙って咀嚼して、飲み込んで、また口をつける。
「おいしい?」
ことりと首を傾げた少年に、はたと瞬きをしてから顔を向けた大和は鷹揚に頷いてみせる。
「中が温かくていいな、まだ肉汁が残っている」
「でしょー、冬の風物詩だよ」
もふもふと饅頭を食べる少年と、その隣で同じようにもふもふと饅頭を食べる大和。
そう時間もかけずに二人ともがぺろりと饅頭を食べきって、きちんと「ごちそうさま」と手を合わせた。
「……次は私が君に食事をご馳走しよう」
「ほんと? 楽しみにしてる!」
そうして数日後。
「……大和」
「どうした」
「等価交換って知ってる?」
不思議そうに瞬きをする大和に溜め息を吐いて、少年は周囲を見回した。
――二人きりの個室、美しい蒔絵風の装飾、高そうな青磁の壺、回転テーブルつきの机。
「これ、くるくる回るやつだ……!」
うわあ、と片手で回転テーブルを動かし、少年は眉を下げた。
「肉まんなんて、二百円もしないんだよ? こんなの……不公平じゃないかな」
椅子の上で小さくなる少年を見る大和の眼差しは常と同じ、嘘や冗談の類は見えず、真剣で誠実なそれ。僅かに首を傾げて、
「そのもの自体の金銭的価値はさて置き、君が私のために全力で走ってまで持ってきてくれたその行為には値段はつけられまい。足りぬことはあれど、過ぎたることは無いと思うが」
……言い放たれた言葉に、少年は感動したように目を輝かせ頬を上気させる。
「やまと……! ちゅーしていい?!」
「……後にしろ」
「後ならいい?」
少し間を置いてから、好きにしろ、と小さな声で呟く大和に少年はえへへーと照れ臭そうに笑った。
* * *
食事が始まり、運ばれてきたせいろの蓋を片っ端から開けていた少年は、
「しょーろんぽーだ!」
あるせいろの中身を見て子供のように歓声をあげ、その小さな包子を箸で摘み上げる。その、たっぷりとスープを内包したそれを、少年は無造作に口内へと放り込んだ。
「あ、」
大和が何かを言いかけるより先、顔色を変えて飛び上がった少年がばたばたとその場で足踏みをし、グラスの水を一気飲みする。ひぃひぃと息をしながら涙目でせいろを睨み付け、絞り出すような声で、
「あつい……っ」
と一言。
「……食べたことが無かったのか。小籠包はスープが熱いから、気を付けた方がいい」
「言うの遅いよお」
新たに注がれた水をまたがぶがぶと飲み、恨みがましげな目で大和を見る少年の唇が尖っている。
ふ、と小さく笑った大和は、ひょいと取り上げた包子をれんげに乗せて、箸で皮を破ってスープを溢れさせてみせた。
「スープごと一息に食べるのが良いとされるが、火傷しては意味が無いからな。こうして少し冷ましてから食べるといい」
少年に手本を見せるようにふうふうとれんげに息を吹きかけ、口内へと差し込む。慣れた様子で美味しそうに嚥下するのを見て、少年ももたつきながらもれんげに包子を乗せ、皮を突いてスープを出す。少し零したりしつつもなんとか冷まして口の中へ入れて、ぱっと表情を明るくした。
「おいしい!」
これ美味しいねえ熱いけど美味しい、とぱくぱく食べる少年を向かい側から眺める大和の眼差しはとても穏やかで、年相応の子供の素直さにも見えたし、母親のような慈悲深さにも見えた。
* * *
「君は……こういったものを好むのではないかと思ったのだが、」
食事も佳境に入る頃、くるりと回転テーブルを回す大和。目の前に来たせいろを開いた少年は、ぱっと顔を輝かせた。
「桃だ!」
桃を模した愛らしい蒸かし饅頭がせいろの中に鎮座している。ほんのりと桃色に染まった饅頭はなるほど、縁起物だというのも納得できる華やかさである。
「ももまんだー、実物見るの初めて! 食べていいの?」
「ああ」
目をきらきらさせながら饅頭を手に取り、ぱくりとかぶりついた後少年は不思議そうな顔をした。手元を見下ろし、見事に半分になった饅頭の断面から覗く餡を見る。
「……桃入ってないんだ、桃まんって」
少し落胆したように呟いた少年に、大和はしまったとでも言いたげな顔をした。
「そうか、君は桃が好きだったのか。今持ってこさせる……」
「いいよ! 桃まん、って名前だから桃が入ってると思ってただけで、これはこれでおいしいよ」
「……そうか?」
「うん! おいしいよ!」
「そうか」
言葉数はけして多くなく最低限の言葉で相槌を打つだけの大和は、だが、常の冷たい面差しではなく柔らかく目を細めていて少し幼くさえ見えた。食べる?と手掴みで差し出された饅頭に眉をひそめることもせず、自然な動きで受け取ってそのまま口へと運ぶ。
「ふむ、美味いな」
「ね!」
子供のような笑顔を浮かべる少年の口元へ、ナプキンを持った指が触れる。
「ほら、食べかすがついているぞ。子供でもあるまいに」
唇の端を拭われて、少年ははにかむようにむにゃむにゃと口を動かした。
* * *
「ね、大和」
「ん?」
あらかた食事も終わり、満ちた腹を抱えてまったりと談笑していた最中、少年が大和の顔を覗き込む。
「今度はね、俺んちおいでよ」
「君の家に?」
「宇佐見家に代々伝わる特製カレー食べさせたげる」
「ほう」
胸を張る少年は何故だか自慢げで、
「すごくすごく美味しいから! これ食べたら大和も宇佐見家の一員だよ!」
調子に乗った発言をするが、大和はぱちぱちと目を瞬かせてから頭を振る。
「美月、私は君の家に籍を入れることは出来ないぞ。峰津院を絶やすような真似は、」
「も・の・の・たとえでしょ! もうっ」
頬を膨らませて怒ってみせた少年は、不満そうにぶらぶらと足を揺らしたが、はたと何かを思い出したように立ち上がった。
「あっそうだちゅー! 後でちゅーしてって言ったよね!」
「いや、そこまでは」
「やまとやまと、こっち来て。ね?」
不本意そうな仏頂面で(しかし少年はそれが照れ隠しだと知っている)机を回り込みこちらへ来た大和の両腕を掴み、少年は顔を寄せる。
ちゅ、と唇を啄む。
これだけか、と気を抜きかけた大和への追撃は、強く唇を押し付け割り開き舌を差し入れるそれだった。
「……っ、……ふぁ」
酸素を求めて喘ぐように洩れる声はどちらのものだったか。きつく目を閉じ、服を握る手が僅かに震える。
長い時間が過ぎた後、離れた唇はお互い濡れ染まっていた。
「大和の唇、あったかくて柔らかいね、えへへ」
ぎゅう、と大和に抱き着いて、頭を摺り寄せながら少年は甘く囁く。
「大和が俺の家に籍入れられなくても、俺は大和が大好きだし大和も俺が大好きだし、つまり、すごいよね!」
「随分と自信のあることだな」
「ふえ」
間の抜けた声を洩らした少年は大和から身体を離すと、くしゃくしゃと泣き出しそうに顔を歪めて大和の顔を見た。
「やまと、おれのこと、きらいなの……?」
「いいや、好きだ」
よかった!と一瞬で笑顔になってまた抱き着いてきた少年の頭を撫でながら、大和はそっと笑みをこぼした。
《終》