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Posted by 新矢晋 - 2014.03.01,Sat
3/30のCC大阪98にて出す予定の「X年前のシュプリーム」の本文サンプルです

オンデマンド印刷/A5/本文40P/ロナ主・全年齢向け






1.

「待て!」
 細い路地を走る彫りの深い男は、派手な金髪の青年を追っていた。焦燥しきった表情で走る青年は行き止まりに追い込まれ、慌てて周囲を見渡すと手近なフェンスへ不格好によじ登って向こう側へと乗り越えた。それを追う男は舌打ちをし、だが先に行った青年よりはるかに軽やかな動きでフェンスを乗り越えまた走り出す。
 追跡が途切れない事を見るや、青年は道の端に詰まれているダンボール箱やポリバケツをひっくり返しながら走り始めたが、追う男は障害をものともせず進む為むしろ距離は縮まりつつあった。
「逃げ切れると思うな! 大人しく止まれ!」
 男の言葉を無視して走り続けていた青年は今度こそ完全な袋小路に追い込まれ、焦りきった顔のままナイフを取り出した。それを見た男の目が鋭く細められ、腰から警棒を抜く。
「……そんなものを出したところで罪状が増えるだけだぞ。さあ、同行してもらおうか」
「う、うるせえ!」
 やけくそ気味に突っ込んできた青年のナイフを男は危なげなく警棒で叩き落とし、その腕を掴んで強く捻り上げる。地面へ引き倒し、その身体を膝で押さえ付けながら、男は自分の腰を探り手錠を取り出した。
「銃刀法違反及び公務執行妨害の現行犯だ、逮捕する!」
 冷たい金属の温度を手首に感じて項垂れた青年を押さえ付けたまま息を整えていた男は、ようやく追いついてきた連れの姿をみとめて声をあげる。
「煙草やめた方がいいんじゃないですか、先輩」
「お前が速すぎるんだよっ」
 ぜえぜえと肩で息をしながら近付いてくる中年の男を見上げ、男は、栗木ロナウドは苦笑した。


 かつてこの世界が一度滅びかけた事を誰も知らず、それが十三人の男女によって回避された事も誰も知らない。滅びを回避した世界は回帰し、十三人の仲間たちは自分たちが世界を救った事すら忘れ日常へと埋没している。
 しかしこの平和でくだらなくて貴い日常に、ロナウドが違和感を覚えたのはここ数年の事だった。
 何かが足りない。
 やりがいのある仕事、揺るがぬ信念、まるで自分が生まれ変わったかのような感覚はけして悪いものではないのに、何かが決定的に足りない気がするのだ。
 大事なものを忘れている。
 それに気が付いたのは、奇妙な夢を見た時だった。

  ◆  ◆  ◆

 見ず知らずの筈なのに懐かしい人々が円陣を組むように立っている。
 自分もその円陣の一部で、彼らに対して強い信頼感と連帯感を覚えている。
 ――円陣の中央に、一人の少年が立っている。顔はわからない。だがその少年が自分に笑いかけてくれているのがわかる。
「    」
 少年が何かを言って、自分もそれに答えて、とても大事な約束をして――

  ◆  ◆  ◆

 夢から目覚めた時、ロナウドは泣いている自分に気付いた。決して忘れてはいけない何かを置き去りにしているような喪失感がきりきりと身を締め付ける。
「……湖宵くん、」
 ぽつりと呟いた言葉に、ぎくりと身体を強張らせる。
 知らない名前、だがとても慕わしい名前。自らが口にしたその名を噛み締めるようにもう一度呟いてから、ロナウドは顔を覆って呻き声をあげた。
 ――そう、自分たちは世界を救ったのだ。


 栗木ロナウドは名古屋の警察署に勤める警察官である。後輩からよく慕われている古き良き熱血刑事で、若い頃こそその性格が暴走しがちで周囲と衝突する事も多かったが、ある年を境に冷静な判断と周囲への配慮も出来るようになり、めきめきと頭角を現したのだ。
 ……その年こそ彼が仲間たちと世界を救った年だった。
 彼は周囲からその急な変わりようを指摘されて「ある人との出会いが自分を変えた」のだと話し、その人物について訊かれると難しい顔をして黙りこんだ。何故か、その人物について語る事が出来なかったのだ。
 今のロナウドには、その人物こそあの夢の少年だという確信がある。あの少年が自分を変えたかけがえのない存在だという確信はあるのに、その顔も声も思い出せずにいる歯痒さがロナウドを責める。
 ロナウドは色恋沙汰に疎い男ではあったが、自らの胸の奥で目を覚ましたものの正体には気付いていた。それは、紛れもなく友愛や尊敬以上の、じりじりと身を焼くような恋心だった。
 名前しか思い出せない少年について、自分が興味以上の感情を抱いている事に気が付いた時、ロナウドは何故か違和感を覚えなかった。「ああ、そうだったのか」と納得し、むしろ少年を想う事こそ自然であるように思った。
 自分はその少年に恋をして、そうして生まれ変わったのだ。思い出せない、覚えていない、いつかどこかで。
 世界を救ったという英雄の記憶よりも、一人の男としての恋の記憶こそ自分が忘れてはならなかったものなのかもしれない。ロナウドはそう自分に言い聞かせ、その強い炎を体の奥へ抱え込んだ。
 三十路を迎えてなお職務一筋で酒もやらず女遊びの噂ひとつ無かったロナウドが、不意に長期休暇をとって東京中を歩き回ったのもその炎が所以である。周囲には「探しものがある」とだけ言って出かけていった彼は数日後いかにも落胆した様子で仕事へ戻り、暫く落ち込んだ後にまた普段通りの態度に戻り同僚たちの問いにも何も答えなかった。
 東京。ホウツイン。名古屋。「フェクダ」。芝公園。
 時折脳裏に蘇るささやかな記憶から掬い上げたキーワードがそれだけでは、見付けられる筈も無かった。
 ロナウドはじれったい思いを抱えながら、今までと同じように捜査へ追われる日々へ戻った。


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