Posted by 新矢晋 - 2012.08.15,Wed
ダイチくんお誕生日おめでとう!ただし話自体には誕生日まったく関係無いです。
恋愛未満なおさなな話。カレーライス食べようぜ!
恋愛未満なおさなな話。カレーライス食べようぜ!
カレーライス
うちの家政婦さんは料理がうまくて、いつも栄養バランスを考えた美味しいご飯を作ってくれる。それには感謝している。
でも、レンジで温めなおして一人で食べるご飯より、大地と学校帰りに買い食いする肉まんとか、大和に差し入れして一緒に食べるたこ焼きの方が、ずっと美味しい。
……ずっと、美味しいんだ。
俺の両親は俺が小さい頃に死んで、ほどなく俺は今の家に引き取られた。ありきたりなドラマみたいにいびられたりする事はなく、甘やかされる事もなく、他の家がどんなものかは知らないけどまあそこそこ「普通」の生活をさせてもらっていると思う。
ただ、今の両親は共働きで、家事のほとんどが家政婦さんに任されていた。家政婦さんは晩御飯を作ったら帰るので、俺はいつも一人で食事する。正直あまり食欲はわかないが、食べないと両親が心配するから無理矢理にでも詰め込んで、たまに胃を痛めてしまう事もあった。
それを知っている大地は時々大地んちのご飯に呼んでくれて、俺は大地のお母さんが作る肉じゃがの味も、大地のお父さんが作るチャーハンの味も知っている。
「……志島家カレー食べたいなー」
野菜が煮崩れちゃってちょっともったりした大地んちのカレー。プロっぽいさらさらしたカレーより、俺はいわゆる「お母さんのカレー」が好きだ。と言っても俺は自分の母親のカレーを覚えてないから、俺のイメージするお母さんのカレーは「大地のお母さんのカレー」なんだけど。
――カレーというのは恐ろしい食べ物だ。一度カレーが食べたくなると口も胃もカレーモードになってしまって、カレー以外の食べ物を受け付けなくなってしまう。俺は自室のベッドから起き上がると、携帯電話を手に取った。
「あ、もしもし大地?カレー食べたい」
「へっ?いきなり何なのお前、んじゃココイチでも行く?」
「志島家カレーがいい」
「うぇえ?!何でまた……母ちゃんに聞いてきてやっからちょっと待ってろ」
電話の向こうでぱたぱた音がして、大地がお母さんを呼んでいる声がする。……大地はほんとにいいやつだなあ、いいやつだから女っけが無いんだろうなあ、なんて考えているとまたばたばたと足音がして、それから大地の弾んだ声。
「俺んち今日すき焼きだって!いーだろ!」
「カレーは?」
浮ついた様子の大地に冷静なツッコミを入れると、うぐぅと電話口でうめき声をあげる。
「すき焼きにカレーは勝てないべ?また今度にしろよぉ、お前の分も肉用意してやっから」
「ええーもうカレーの口だし」
「我儘言うんじゃありません!」
唇を尖らせる大地の顔が簡単に想像できて、小さく噴き出した俺は、
「大地お母さんには勝てませんネー、しゃーないなあ一人で食べに行くか」
そう言って電話を切ろうとしたのだが、電話の向こうから大地が慌てて引き留めてきた。
「ちょちょ、ちょっと待てって。そんなにカレー食いたいの?……あー、じゃあ、ちょっと家で待ってろ」
へ、と問い返す前に通話は切れていて、俺は首を捻りながらベッドへと寝転んだ。
俺の家と大地の家は徒歩五分圏内で、すぐに来るだろうと思っていたらなかなか来ない。そのうちうとうとし始めた俺は、玄関のチャイムが鳴ったのに不意を突かれてベッドから落ちそうになってから、一階に下りて玄関の扉を開けた。
「はーいダイチカレー宅配よー」
勝手知ったるとばかりに玄関へ上がり込んでくる大地の両手には、スーパーの袋が提げられていた。そのうち片方を俺に押し付けてリビングへと向かう大地を追いかけながら袋の中身を覗くと、豚肉やらカレールーやら。
……もしかして。
「大地、ちょ、大地って」
ようやく追い付いた時には大地はリビングを通り過ぎてキッチンに入っていて、袋からごろごろと予想通りの品を取り出していた。
玉ねぎ、にんじん、じゃがいも……お馴染みの野菜たち。鼻歌なんか歌いながらエプロンまで取り出して、俺はまじまじと大地を見詰めてから目を擦った。
「……作んの?」
「おうよ、母ちゃんからコツとか聞いてきたもんねー」
「新妻?」
「はい?!何言ってんのお前も手伝うんだかんな!」
ほらお前にんじん担当な、と押し付けられて思わず受け取ったにんじんのオレンジは目にも鮮やか。水に濡れるとますます色濃くて、ピーラーを探す俺の視界の端でちらちら煩い。
「大地んちすき焼きじゃなかった?いいの?」
「んー、お前の話聞いてたら俺もカレーの口になっちゃったからさあ」
……大地は、嘘をつく時は絶対に俺の目を見ない。じゃがいもを洗う大地の顔を覗き込むと目を逸らされて、俺は思わず噴き出した。
「にゃっ、なんだよぉ」
「べっつにー?大地は幼馴染みがいのあるヤツだなあって?」
そう思うならもっと幼馴染み様を大事にしなさいねー、なんて軽い口叩きながら俺たちは久し振りの料理に精を出したのだった。
「あとは煮込むだけ!アイスも買ってきたから食べようぜー」
勝手に冷蔵庫へ入れておいたらしいアイスを取り出すと一つこちらへ投げて寄越し、大地はどっかりとリビングのソファーに腰掛けた。
俺はソファーの背もたれに尻を乗せながらガリガリアイスをかじり、あのクラスの女子が可愛いとか数学の迫田が最近急に髪が増えたとか、そんなくだらない話をする。
大地は大地で、AETのキャサリンまじおっぱいとか生活指導の権田原が新任の皆瀬の前だと声オクターブ高くなるの笑えるとか、やっぱりくだらない話をする。
幼馴染みってのは居心地のいい関係で、多分俺たちはおっさんになってもこんな馬鹿みたいな話をしているんだろう。上司のカツラ疑惑について真面目に話す自分たち(ちょい老け)を想像したら笑えた。
「何ニヤニヤしてんだよぉ」
「んー、三十路大地はおでこヤバいだろうなーって」
「おっま、気にしてんだかんな!くぬぅ〜っ」
がばりと首に腕をかけられ暴れていると食べかけのアイスが床に落ちて、どっちが悪いか言い合いながら雑巾がけする頃にはカレーのいい匂いが漂ってくる。
炊きたてのご飯とトッピング用のフライドガーリック、夏はこれに限るよなーとか言いながらテーブルに支度をしてカレー鍋を真ん中に置く。
……自然と口元の緩んできた俺をからかう大地の首を締めてから、二人で声を揃えて「いただきます」だ。
「結構いい出来じゃね?」
「んー、やっぱおばさんのカレーのが美味しいなー」
「二杯目食べながら言うセリフかね?!」
やいやい騒ぎながら食べるカレーライス。ちょっと辛くてもったりしてて、にんじんのいびつな、美味しいカレーライス。
よくよく考えてみたら、こうして大地と作ったカレーを食べるなんて林間学校の時以来じゃないだろうか。大騒ぎしながら火起こししたあの頃の無邪気さは今の俺たちには無いかもしれないけれど、無邪気じゃなくても子供じゃなくなっても俺たちは無敵の「幼なじみ」なのだ。
スプーンをくわえたままふと目が合った俺たちは、何とはなしに笑い合った。
《終》
うちの家政婦さんは料理がうまくて、いつも栄養バランスを考えた美味しいご飯を作ってくれる。それには感謝している。
でも、レンジで温めなおして一人で食べるご飯より、大地と学校帰りに買い食いする肉まんとか、大和に差し入れして一緒に食べるたこ焼きの方が、ずっと美味しい。
……ずっと、美味しいんだ。
俺の両親は俺が小さい頃に死んで、ほどなく俺は今の家に引き取られた。ありきたりなドラマみたいにいびられたりする事はなく、甘やかされる事もなく、他の家がどんなものかは知らないけどまあそこそこ「普通」の生活をさせてもらっていると思う。
ただ、今の両親は共働きで、家事のほとんどが家政婦さんに任されていた。家政婦さんは晩御飯を作ったら帰るので、俺はいつも一人で食事する。正直あまり食欲はわかないが、食べないと両親が心配するから無理矢理にでも詰め込んで、たまに胃を痛めてしまう事もあった。
それを知っている大地は時々大地んちのご飯に呼んでくれて、俺は大地のお母さんが作る肉じゃがの味も、大地のお父さんが作るチャーハンの味も知っている。
「……志島家カレー食べたいなー」
野菜が煮崩れちゃってちょっともったりした大地んちのカレー。プロっぽいさらさらしたカレーより、俺はいわゆる「お母さんのカレー」が好きだ。と言っても俺は自分の母親のカレーを覚えてないから、俺のイメージするお母さんのカレーは「大地のお母さんのカレー」なんだけど。
――カレーというのは恐ろしい食べ物だ。一度カレーが食べたくなると口も胃もカレーモードになってしまって、カレー以外の食べ物を受け付けなくなってしまう。俺は自室のベッドから起き上がると、携帯電話を手に取った。
「あ、もしもし大地?カレー食べたい」
「へっ?いきなり何なのお前、んじゃココイチでも行く?」
「志島家カレーがいい」
「うぇえ?!何でまた……母ちゃんに聞いてきてやっからちょっと待ってろ」
電話の向こうでぱたぱた音がして、大地がお母さんを呼んでいる声がする。……大地はほんとにいいやつだなあ、いいやつだから女っけが無いんだろうなあ、なんて考えているとまたばたばたと足音がして、それから大地の弾んだ声。
「俺んち今日すき焼きだって!いーだろ!」
「カレーは?」
浮ついた様子の大地に冷静なツッコミを入れると、うぐぅと電話口でうめき声をあげる。
「すき焼きにカレーは勝てないべ?また今度にしろよぉ、お前の分も肉用意してやっから」
「ええーもうカレーの口だし」
「我儘言うんじゃありません!」
唇を尖らせる大地の顔が簡単に想像できて、小さく噴き出した俺は、
「大地お母さんには勝てませんネー、しゃーないなあ一人で食べに行くか」
そう言って電話を切ろうとしたのだが、電話の向こうから大地が慌てて引き留めてきた。
「ちょちょ、ちょっと待てって。そんなにカレー食いたいの?……あー、じゃあ、ちょっと家で待ってろ」
へ、と問い返す前に通話は切れていて、俺は首を捻りながらベッドへと寝転んだ。
俺の家と大地の家は徒歩五分圏内で、すぐに来るだろうと思っていたらなかなか来ない。そのうちうとうとし始めた俺は、玄関のチャイムが鳴ったのに不意を突かれてベッドから落ちそうになってから、一階に下りて玄関の扉を開けた。
「はーいダイチカレー宅配よー」
勝手知ったるとばかりに玄関へ上がり込んでくる大地の両手には、スーパーの袋が提げられていた。そのうち片方を俺に押し付けてリビングへと向かう大地を追いかけながら袋の中身を覗くと、豚肉やらカレールーやら。
……もしかして。
「大地、ちょ、大地って」
ようやく追い付いた時には大地はリビングを通り過ぎてキッチンに入っていて、袋からごろごろと予想通りの品を取り出していた。
玉ねぎ、にんじん、じゃがいも……お馴染みの野菜たち。鼻歌なんか歌いながらエプロンまで取り出して、俺はまじまじと大地を見詰めてから目を擦った。
「……作んの?」
「おうよ、母ちゃんからコツとか聞いてきたもんねー」
「新妻?」
「はい?!何言ってんのお前も手伝うんだかんな!」
ほらお前にんじん担当な、と押し付けられて思わず受け取ったにんじんのオレンジは目にも鮮やか。水に濡れるとますます色濃くて、ピーラーを探す俺の視界の端でちらちら煩い。
「大地んちすき焼きじゃなかった?いいの?」
「んー、お前の話聞いてたら俺もカレーの口になっちゃったからさあ」
……大地は、嘘をつく時は絶対に俺の目を見ない。じゃがいもを洗う大地の顔を覗き込むと目を逸らされて、俺は思わず噴き出した。
「にゃっ、なんだよぉ」
「べっつにー?大地は幼馴染みがいのあるヤツだなあって?」
そう思うならもっと幼馴染み様を大事にしなさいねー、なんて軽い口叩きながら俺たちは久し振りの料理に精を出したのだった。
「あとは煮込むだけ!アイスも買ってきたから食べようぜー」
勝手に冷蔵庫へ入れておいたらしいアイスを取り出すと一つこちらへ投げて寄越し、大地はどっかりとリビングのソファーに腰掛けた。
俺はソファーの背もたれに尻を乗せながらガリガリアイスをかじり、あのクラスの女子が可愛いとか数学の迫田が最近急に髪が増えたとか、そんなくだらない話をする。
大地は大地で、AETのキャサリンまじおっぱいとか生活指導の権田原が新任の皆瀬の前だと声オクターブ高くなるの笑えるとか、やっぱりくだらない話をする。
幼馴染みってのは居心地のいい関係で、多分俺たちはおっさんになってもこんな馬鹿みたいな話をしているんだろう。上司のカツラ疑惑について真面目に話す自分たち(ちょい老け)を想像したら笑えた。
「何ニヤニヤしてんだよぉ」
「んー、三十路大地はおでこヤバいだろうなーって」
「おっま、気にしてんだかんな!くぬぅ〜っ」
がばりと首に腕をかけられ暴れていると食べかけのアイスが床に落ちて、どっちが悪いか言い合いながら雑巾がけする頃にはカレーのいい匂いが漂ってくる。
炊きたてのご飯とトッピング用のフライドガーリック、夏はこれに限るよなーとか言いながらテーブルに支度をしてカレー鍋を真ん中に置く。
……自然と口元の緩んできた俺をからかう大地の首を締めてから、二人で声を揃えて「いただきます」だ。
「結構いい出来じゃね?」
「んー、やっぱおばさんのカレーのが美味しいなー」
「二杯目食べながら言うセリフかね?!」
やいやい騒ぎながら食べるカレーライス。ちょっと辛くてもったりしてて、にんじんのいびつな、美味しいカレーライス。
よくよく考えてみたら、こうして大地と作ったカレーを食べるなんて林間学校の時以来じゃないだろうか。大騒ぎしながら火起こししたあの頃の無邪気さは今の俺たちには無いかもしれないけれど、無邪気じゃなくても子供じゃなくなっても俺たちは無敵の「幼なじみ」なのだ。
スプーンをくわえたままふと目が合った俺たちは、何とはなしに笑い合った。
《終》
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