Posted by 新矢晋 - 2012.08.11,Sat
ツイッターで流した短文を50本ほどまとめました。
死ネタや性行為を匂わせるものお題を使ったものなど、なんでもアリ。
死ネタや性行為を匂わせるものお題を使ったものなど、なんでもアリ。
ろなみみ50
「ああいう子は家庭の味に弱いものよ!頑張ってウサミミくん!」
「は、はいっ」
エプロンをつけて張り切る少年は、手始めにじゃがいもの皮を剥き始めた。
……数十分後、指に絆創膏を巻いてとぼとぼと歩く少年の姿が目撃されたとか。
そこに空気も読まず能天気に近付く栗木の姿があったとか。
「ウサミミくんは栗木くんのどこが好きなの?」
「えらくストレートですねオトメさん」
「うふふ、そうかしら」
「……そう、だな……、……どこだろう」
「あらあら」
「ばかだし思慮浅いし視野狭いし空気読まないしばかだし……あれ……?」
ロナウドは皆の為に。俺はロナウドの為に。
なんてバランスの悪い、滑稽で、報われない、喜劇。
「ロナウド、おれのこと、好き?」
「ああ、好きだよ」
笑顔で答えるロナウドは、嘘を吐いているわけではないから余計にたちが悪い。
「…ヤマトに協力してもいいよ。その代わり、お願いがあるんだ」
「何だ。君は希有で優秀な人間だ、その能力に釣り合う望みならば叶えよう」
「そう?それじゃあ俺、犬を一人飼いたいな」
かの明星は魔女のように笑った。
「……ジョーはこの線から入っちゃだめだから」
「えーなんでー?」
「なんででも!」
「どうしたんだ二人とも。ああジョー、今度の作戦について話があるから来てくれるか」
「ロナウドのばかーー!!」
「えっ?!」
「ロナウド、甘いもの好き?」
「特別に好きというわけじゃないが。どうした?」
「ん…オトメさんたちと、作ったんだけど」
「君が作ったのか」
「うん、俺とオトメさんとアイリと」
「君が作ったのはどこだ?」
「このへん…?」
「いただきます」
朝から女性陣の姿が見えないなとは思っていたが、ふと気付くと彼の姿も見えなくなっていた。
……あの白いパーカーが視界に無いとこんなに落ち着かないなんて。
うろうろと見回りに出て物資の具合を確認した後、テントで出迎えてくれた笑顔に心底安心した。
「寒くないかウサミミくん」
「え、あ、うん」
耳元で喋るな馬鹿!
毛布が一枚しか無いからって、俺を抱き抱えてその上から毛布を被るとか、何考えてるんだって何も考えてないんだろうな!
……俺は必死で素数を数える事にした。
「お疲れロナウド。コーヒー飲む?」
「ああ、頼む」
……また疲れた顔をしてる。今日も誰かを助けて来たんだね。
助けを求める人はまだまだ沢山いて、俺たちはその為に走り回って、ああでもこの先どうなるんだろう。
俺たちは英雄なんかじゃない。
ロナウドだって、……英雄なんかじゃないんだ。
「……はい。こっちの方がよく眠れるよ」
「ん…ありがとう、君は気が利くな」
はちみつを少し溶かしたホットミルク。
優しい誤魔化しは、一晩の慰めにしかならないけれど。
きらきらした顔で夢を語るあんたは、俺の事なんか見ていない。
人類の守護者となるあんたは、美しい理想以外見ていない。……見てはいけない。
「嫌だ死にたくないやめろ…!」
どうしようもないクズを始末する時も、あんたの横顔だけ考えているような俺なんて。
-10-
狭い路地裏で彼の腕に囲われている。月明かりに照らされる横顔を、俺は瞬きも出来ずに見上げていた。
「尾けられてはいないようだな……ああすまん、驚かせたか?これでも追われる身だからな、注意するに越した事はない」
どうか。
どうか、この煩い心臓の音が聞こえませんように。
彼は弱き者の守護者。すべてにひとしく手を差し伸べるのが彼の正義。
……無知で無恥な民衆はいつだってぴいぴい口を開く雛鳥で、
「ああ。」
あの時のヤマトも、こんな気持ちだったのだろうか。尊いものが地べたに引きずり下ろされるのを、溜め息吐いて眺めるしかない。
違う、俺が望んでいたのは、こんな……!
(ひとつのリンゴを百人で分けるようなものだ、一人で食べればお腹一杯になれるのに)
一人は皆のために、皆は一人のために。支えあうことが生きることだ、そうだろ?!
(高みの人間を引きずり下ろし、優しいひとを踏みつけて)
橋の欄干に立つ。
両腕を広げる。
眼下には水路のような川。
「何のまじないだ?」
答えない。
目を閉じる。
傍らに清浄で張り詰めた気配を感じながら、欄干を蹴る。
「何をしている!」
腕を掴まれる。
橋の上に引き上げられる。
「あんな汚れた川で水練など感心せんな」
「うん」
俺は笑う。
……笑う。
ただ俺はあんたにキスがしたかった。
あんたともっと他愛ない話がしたかった、あんたと手を繋ぎたかった。
なあ。
あんたは俺のこと単なる弟分だと思ってただろうけど、俺は随分前からあんたに惚れてたんだよ。
知らなかっただろ。
知らなかっただろ、あの時俺を見ずヤマトに向かって行ったあんただもの。
「本気で俺を信用してたの?ロナウドって頭悪いね」
携帯を蹴り飛ばし彼の手を踏みにじりながら俺は笑う。
「正義がどーとか言うの聞いてて寒かったよ。そんなだから俺みたいな子供に裏かかれるんだよ」
信じられないものを見るような彼の目が、じわじわと昏い焔に焼かれてゆく。
……ああ、その目だ。
「ロナウドなんか嫌いだ」
「……」
「大嫌いだ」
「……」
「……」
「でも俺は君が好きだ」
「!」
「大好きだ」
「やめろ」
「君が俺をどう思おうと、君は俺の」
「やめろ!」
俺は彼を殴った。
拳が痛い。
「俺はもう、あんたが愛した天使なんかじゃない」
「ロナウドは俺の救いだった」
そう言って少年は携帯電話を構える。
静かな、しかし、明確な殺意をその目に宿して。
「さようなら。…ごめんね」
――そして暫くの後、一人の少年が平和な社会を築き上げる事に成功した。
彼の家の裏手にある墓が誰のものか、誰も知らない。
歪んだ世界の歪んだ玉座に俺が座る。
あんたは俺の足を捧げ持って恭しく唇を寄せる。
爪先を濡らすのは可哀想な子供の血で、俺は閉じた幸福に安堵して緩やかに自死へと至るのだ。
ああ、悲惨で、悲劇的な、喜劇。
君は俺の前に舞い降りた天使だ。
俺がそう言う度、君は悲しそうな顔をする。
……俺が道を誤りそうになった時助けてくれたのは君で、それは間違いなくて。
何より君は聡明で優しくて信念のある、本当に天使のような男の子なのに。
どうしてそんな顔をするんだ?
-20-
テーブルに頬杖をついて溜め息ひとつ。
出掛けに「早く帰ってきてね」と言ったら返事はしていたけれど理由がわかっているのかどうか。
ささやかながら腕をふるって、鳥に詰め物をして丸ごとグリルしてみたりしたけれど……冷めちゃうなあ。
「…あー、うん、わかった。気を付けてね」
薄々覚悟してはいたが、いざ連絡が入ると少し落ち込む。
用意した料理にはラップをかけて、日を跨ぐ頃には帰ると言った彼を待つ為に読みかけの本を出してくる。
* * *
その日は帰りが遅くなった。
そっと部屋に足を踏み入れると、明かりが煌々とついていて……ソファーで片手に本を持ったままの彼が眠っていた。
いつもしっかりして大人びている彼も、寝顔は年相応にあどけない。
ふとテーブルに目をやると、なんだか妙に豪勢な晩御飯。
首を捻りながら冷蔵庫を開けると、ケーキ。
……そして俺は己の大失態を知った。
慌てて眠る彼に駆け寄り、揺り起こして、そして。
「誕生日!おめでとう!!」
「たまには休まなきゃ」
「むぅ……」
いつも駆けずり回っている彼を捕まえて無理矢理膝枕をしてみた。
最初は居心地悪そうにもぞもぞしていたけれど、徐に俺の太股へ頬擦りして、
「……ウサミミくんはいい匂いがするな」
だなんて、なんだか変態っぽいと思ったけど言わないでおく。
ロナウドの唇が俺のつまさきに触れる。
何か神々しいものに触れるように、祈るように、触れる。
「ウサミミくんは俺の天使だ」
真っ直ぐ俺を見上げる瞳に一点の曇りも無いのが、苦しい。
ねえ。俺はただの人間なんだよ。
(つまさきへのキスは崇拝)
「もうロナウドなんて知らない!ばか!!」
走り去ってゆく彼を呆然と見送っていたら、
「バカかお前追えよ?!」
「追わないなら今ここで死ね」
「栗木……骨は拾ってやるぞ」
「あ、献体よろ〜」
……途中から話変わってないか?!
路地裏で息を潜める。
連絡がうまく行っていれば、そろそろ……
「ウサミミくん、こっちだ!」
目の前を通り過ぎかけた君の手を取り、物陰に引っ張り込んだ。
「すまん、これでも追われる身だからな」
納得した顔で頷く君は、布一枚隔てた下で脈打つ俺の欲望を知らない。
「ウサミミくんはいい匂いがするな、何か特別なシャンプーでも使っているのか?」
「ロナウドと一緒のだけど」
「ああそうか、それもそうだな。じゃあこれは惚れた欲目ってやつか」
「……ロナウド汗臭い」
「あ、ああすまん、ここんところ風呂に入れなくて……」
「(ぎゅう)」
「?!え、臭うんじゃ、」
「おれ、好きだよ。ロナウドのにおい。……ムラっとする」
「??!!」
彼が来ないまま一晩が明けた。
どうやら彼は、峰津院大和の元に参じたらしい。
……有り得ない。
あんなに強く聡明で、何より優しい彼が!
きっと峰津院に弱みを握られたか騙されているのだ、そうに違いない。
彼に対する峰津院の執着は並のものではなかったのだから。
「栗木くん、」
「ああ、今行く」
「クリッキー大丈夫?」
「何がだ?」
別たれた道が戻らなくても、彼と俺が戦わなければならなくても、俺は諦めない。
それが俺の正義だ。
戦って、勝って、そして彼を取り戻す。
諸悪の根源さえ倒せば彼は目を覚まして俺に賛同してくれる。
優しい子なんだ。
彼は。
優しい。
彼が死んだ。
彼の声や眼差しに触れる度に胸の奥でざわついていたものの正体はわからないままだが、きっとろくなもんじゃない。
その証拠にほら、彼が死んだというのに涙も出ない。
だからこの胸の痛みも、気のせいなんだ。
//きっと僕の勘違い
これだけ片想いを拗らせると、もう一歩踏み出す勇気なんて出やしない。
それなのに。
「君が好きだ!」
真顔で言うあんたが格好良すぎて、
「先に言われちゃったなあ」
余裕ぶって返した言葉はみっともなく震えてしまった。
ああ、本当にこれは現実だろうか、視界が滲む。
//あーあ、泣かせちゃった。
-30-
そうだね、世界は素晴らしいね。
貴方が嬉しそうだと皆も嬉しい。
貴方が幸せなら皆も幸せ。
素敵だね。
皆の為に働く貴方は輝いてるよ、すぐ隣で絶望している俺には気付いてないみたいだけど。
「皆」の幸せはきっと俺の幸せより大事で、つまり、誰も、
//君の幸せなんて、本当は望んじゃいないんだ。
ああいう男に惚れたら負けだ。
経験則から思い知っていた筈なのに、
気が付けば寝ていて、
気が付けばキスしていて、
気が付けばいっぱしの嫉妬までしていて、
あいつの指が声が体温が恋しくて、
ああつまり俺の全面的な敗北なのだ。
好きだよ、畜生。
//油断したら負け。
絶対に、あんたの理想を認めるわけにはいかなかった。
あんたの望む世界になったら、俺はきっと永遠にあんたを手に入れられない。
あまねく弱者の守護者たるあんたと生きながらにして心中するくらいなら、俺はあいつと世界を作ってあんたを手に入れる。
//貴方が好きだから、彼のもとへ。
濡れた髪をそっと指で鋤いた。
もう二度と開かない瞼を縁取る睫毛が、案外長い事を初めて知った。
誘われるまま冷たい唇に口付ける、と、後ろに立っている真琴さんがぎくりと身体を強張らせるのがわかった。
びっくりさせたかな。
ごめん、こういう事なんだ。
//呼吸を忘れた貴方へ最期の口付けを。
俺だって健全な男子高校生だからお付き合いには夢見てたわけですよ。
彼女の手作りお弁当でピクニックとか、彼女の手作りごはん食べながらまったりおうちデートとか。
なんで俺せっかくの休日にロナウドの部屋を掃除してんのかね。
――ウサミミ談
例えば戦いに怯え彼が震える時には「大丈夫。俺がついてるからな」そう言って俺は彼を抱き締めた。
けれどその実自分が抱き締められているという事に、最後まで気付かなかったのだ。
……生まれ変わった世界で真っ先に彼が犠牲となって、ひっそりと死を迎えるその時まで、気付かなかったのだ。
「わんって言ってみてよロナウド」
「えっ」
「言って」
「……わ、わん」
彼は満面の笑みを浮かべて俺の頭を撫で回した。
何だか幸せなような気がした。
……この首輪と、重たい鎖さえ無ければ。
あんたはそう言って頭を下げた。
俺は聞き分けのいいふりをして頷いた。
しこたま飲ませてあんたを酔い潰したのは俺で、服を脱がせたのは俺で、先にキスをしたのも俺なのに。
昨夜の名残は下半身にわだかまる鈍痛と、乱れたベッドだけ。
ごめんね。
だけど俺は忘れないよ。
//あれはなかったことにして欲しい
「俺のどこが好き?」
「そうだな、行動力があって前向きで、時々儚げでユーモアもあって、俺を呼ぶ声が愛らしくて、どこもかしこも柔らかくて甘くて美味しくて、つまり全部だ!」
黙って聞いていた君は顔を真っ赤にして、震える唇で俺を詰った。
君が訊いてきたんだろう?
//ばか。たったその一言だけ。
彼を抱き締めたらどうなるだろうという妄想が消えない。
スキンシップの一種として受け入れられるだろうか、ではキスをしたら?それ以上は?
「どうしたの?」
傍からは真剣に悩んでいるように見えたらしく、心配そうに俺の顔を覗き込んできた彼がたまらなく愛らしくて、俺は手を。
//今ここで抱きしめたい
-40-
水面を渡る生ぬるい風が、俺の肌を舐めてゆく。
腕を広げて風を感じている俺は、豪華客船が沈没するあの映画みたいで滑稽だろう。
この風に、ほんの少しでも、彼の身体を構築していた元素が含まれている妄想に縋る。
この川がもし三途の川だったなら、今すぐ渡って会いにいけたのに。
//今すぐ会いたいよ
いくら他のひとを優先したって構わない、俺はそういう彼を好きになったんだから。
でも今日は、今夜だけは俺の傍にいてほしかった。
泣き喚いてみっともなくすがる俺に幻滅しただろうに、彼は優しいから俺を放っておけない。俺を切れない。
知ってるんだ、上司の娘との見合いで気に入られていい感じなんでしょ。
優良物件なんだから、俺のことちゃんと捨ててから婿入りすればいいのに。
今日は彼女の誕生日だけど、ほんとに俺といていいの、俺は自分から身を引いたりなんかしてあげないよ。
//今夜は帰らないで
けして俺のものにはならない男を好きになってしまった。
不特定多数の名前も知らない相手には尽くせる癖に、身近な相手を顧みる事の出来ない不器用で残酷な男。
惜しみ無い善意で俺を溺れさせ、目眩がするくらいに眩しい笑顔で俺の名を呼ぶ……嗚呼、離れられるわけがない。
//離れたくない、離したくない
広い背を、ずっと見ていた。
その手は人々を助け悪を砕く為にある。
今は俺を撫でてくれるけれど、隣に立つ事を許してくれているけれど、背中の代わりに横顔が見えるようになっただけ。
ねえ、少しでいいからこっち向いて。
俺はあんたが好きなんだよ。
//俺のものにしたい、でも、出来ない。
「…どういう事」
机の上に置いた盗聴機は、ロナウドからのプレゼントに仕掛けられていたもの。
「俺はいつもウサミミくんの傍には居られないだろう?こうしてウサミミくんの事を把握しておこうと思ってな。
これでウサミミくんに何かあればすぐに駆け付けられるぞ!」
ああ、善意なのがどうしようもない。
「俺ロナウドがいないと生きていけないんだロナウドが守るべき弱者になったんだだからどこにもいかないよね」
椅子に腰かけたままこちらも向かずに彼はそう言った。
椅子の下にある足は四本、二本足りない。
「ロナウド」
彼が俺を呼ぶ。
俺はどうしてこんな事になってしまったのか、必死に考えていた。
「ううウサミミくん、平気か?」
「うん」
彼の背中に揺られながら、たまにはヘマするのもいいかもなんて思ってしまう。
土埃と汗の匂い。あったかくて、なんだか眠く、
「帰ったらすぐ柳谷さんに見てもらおうな」
「……」
「ウサミミくん?」
すぅすぅと聞こえる寝息に、ロナウドは小さく笑った。
//おんぶ
「ウチ来いよ。毎日お前の好きな飯作ってやるから」
「ロナウドにお帰り言いたいからやめとく」
「……あのさ、」
「ダイチも邪魔するの?さっきヤマトも来て嫌な事言うから静かにしてもらった」
走って家の奥へ向かった幼馴染みをよそに、少年は歌うように死人の名を呟いた。
//待ち焦がれて、待ち焦がれて。
優しいあんたを好きになった。
でも好きになったらその優しさが俺を傷付けた。
あんたは優しい。そしてどうしようもなく正しい。
だから俺は何も言えなくなって、最近俺には触れてくれなくなったその手が他の誰かを救うのを眺めている。
//残酷なまでに優しいのですね
「ロナウド」
「ん?」
「もし俺が一緒に死んでくれって言ったらどうする?」
「な、ウサミミくんっ何か悩みでもあるのか?!
俺に出来る事なら何だって力になるから、早まるのはやめるんだ!」
「例えばの話だよ、もー。ね、どうする?」
真剣に悩み始める彼を見ながら、やっぱり入水がいいなと考えてた。
-50-
「ああいう子は家庭の味に弱いものよ!頑張ってウサミミくん!」
「は、はいっ」
エプロンをつけて張り切る少年は、手始めにじゃがいもの皮を剥き始めた。
……数十分後、指に絆創膏を巻いてとぼとぼと歩く少年の姿が目撃されたとか。
そこに空気も読まず能天気に近付く栗木の姿があったとか。
「ウサミミくんは栗木くんのどこが好きなの?」
「えらくストレートですねオトメさん」
「うふふ、そうかしら」
「……そう、だな……、……どこだろう」
「あらあら」
「ばかだし思慮浅いし視野狭いし空気読まないしばかだし……あれ……?」
ロナウドは皆の為に。俺はロナウドの為に。
なんてバランスの悪い、滑稽で、報われない、喜劇。
「ロナウド、おれのこと、好き?」
「ああ、好きだよ」
笑顔で答えるロナウドは、嘘を吐いているわけではないから余計にたちが悪い。
「…ヤマトに協力してもいいよ。その代わり、お願いがあるんだ」
「何だ。君は希有で優秀な人間だ、その能力に釣り合う望みならば叶えよう」
「そう?それじゃあ俺、犬を一人飼いたいな」
かの明星は魔女のように笑った。
「……ジョーはこの線から入っちゃだめだから」
「えーなんでー?」
「なんででも!」
「どうしたんだ二人とも。ああジョー、今度の作戦について話があるから来てくれるか」
「ロナウドのばかーー!!」
「えっ?!」
「ロナウド、甘いもの好き?」
「特別に好きというわけじゃないが。どうした?」
「ん…オトメさんたちと、作ったんだけど」
「君が作ったのか」
「うん、俺とオトメさんとアイリと」
「君が作ったのはどこだ?」
「このへん…?」
「いただきます」
朝から女性陣の姿が見えないなとは思っていたが、ふと気付くと彼の姿も見えなくなっていた。
……あの白いパーカーが視界に無いとこんなに落ち着かないなんて。
うろうろと見回りに出て物資の具合を確認した後、テントで出迎えてくれた笑顔に心底安心した。
「寒くないかウサミミくん」
「え、あ、うん」
耳元で喋るな馬鹿!
毛布が一枚しか無いからって、俺を抱き抱えてその上から毛布を被るとか、何考えてるんだって何も考えてないんだろうな!
……俺は必死で素数を数える事にした。
「お疲れロナウド。コーヒー飲む?」
「ああ、頼む」
……また疲れた顔をしてる。今日も誰かを助けて来たんだね。
助けを求める人はまだまだ沢山いて、俺たちはその為に走り回って、ああでもこの先どうなるんだろう。
俺たちは英雄なんかじゃない。
ロナウドだって、……英雄なんかじゃないんだ。
「……はい。こっちの方がよく眠れるよ」
「ん…ありがとう、君は気が利くな」
はちみつを少し溶かしたホットミルク。
優しい誤魔化しは、一晩の慰めにしかならないけれど。
きらきらした顔で夢を語るあんたは、俺の事なんか見ていない。
人類の守護者となるあんたは、美しい理想以外見ていない。……見てはいけない。
「嫌だ死にたくないやめろ…!」
どうしようもないクズを始末する時も、あんたの横顔だけ考えているような俺なんて。
-10-
狭い路地裏で彼の腕に囲われている。月明かりに照らされる横顔を、俺は瞬きも出来ずに見上げていた。
「尾けられてはいないようだな……ああすまん、驚かせたか?これでも追われる身だからな、注意するに越した事はない」
どうか。
どうか、この煩い心臓の音が聞こえませんように。
彼は弱き者の守護者。すべてにひとしく手を差し伸べるのが彼の正義。
……無知で無恥な民衆はいつだってぴいぴい口を開く雛鳥で、
「ああ。」
あの時のヤマトも、こんな気持ちだったのだろうか。尊いものが地べたに引きずり下ろされるのを、溜め息吐いて眺めるしかない。
違う、俺が望んでいたのは、こんな……!
(ひとつのリンゴを百人で分けるようなものだ、一人で食べればお腹一杯になれるのに)
一人は皆のために、皆は一人のために。支えあうことが生きることだ、そうだろ?!
(高みの人間を引きずり下ろし、優しいひとを踏みつけて)
橋の欄干に立つ。
両腕を広げる。
眼下には水路のような川。
「何のまじないだ?」
答えない。
目を閉じる。
傍らに清浄で張り詰めた気配を感じながら、欄干を蹴る。
「何をしている!」
腕を掴まれる。
橋の上に引き上げられる。
「あんな汚れた川で水練など感心せんな」
「うん」
俺は笑う。
……笑う。
ただ俺はあんたにキスがしたかった。
あんたともっと他愛ない話がしたかった、あんたと手を繋ぎたかった。
なあ。
あんたは俺のこと単なる弟分だと思ってただろうけど、俺は随分前からあんたに惚れてたんだよ。
知らなかっただろ。
知らなかっただろ、あの時俺を見ずヤマトに向かって行ったあんただもの。
「本気で俺を信用してたの?ロナウドって頭悪いね」
携帯を蹴り飛ばし彼の手を踏みにじりながら俺は笑う。
「正義がどーとか言うの聞いてて寒かったよ。そんなだから俺みたいな子供に裏かかれるんだよ」
信じられないものを見るような彼の目が、じわじわと昏い焔に焼かれてゆく。
……ああ、その目だ。
「ロナウドなんか嫌いだ」
「……」
「大嫌いだ」
「……」
「……」
「でも俺は君が好きだ」
「!」
「大好きだ」
「やめろ」
「君が俺をどう思おうと、君は俺の」
「やめろ!」
俺は彼を殴った。
拳が痛い。
「俺はもう、あんたが愛した天使なんかじゃない」
「ロナウドは俺の救いだった」
そう言って少年は携帯電話を構える。
静かな、しかし、明確な殺意をその目に宿して。
「さようなら。…ごめんね」
――そして暫くの後、一人の少年が平和な社会を築き上げる事に成功した。
彼の家の裏手にある墓が誰のものか、誰も知らない。
歪んだ世界の歪んだ玉座に俺が座る。
あんたは俺の足を捧げ持って恭しく唇を寄せる。
爪先を濡らすのは可哀想な子供の血で、俺は閉じた幸福に安堵して緩やかに自死へと至るのだ。
ああ、悲惨で、悲劇的な、喜劇。
君は俺の前に舞い降りた天使だ。
俺がそう言う度、君は悲しそうな顔をする。
……俺が道を誤りそうになった時助けてくれたのは君で、それは間違いなくて。
何より君は聡明で優しくて信念のある、本当に天使のような男の子なのに。
どうしてそんな顔をするんだ?
-20-
テーブルに頬杖をついて溜め息ひとつ。
出掛けに「早く帰ってきてね」と言ったら返事はしていたけれど理由がわかっているのかどうか。
ささやかながら腕をふるって、鳥に詰め物をして丸ごとグリルしてみたりしたけれど……冷めちゃうなあ。
「…あー、うん、わかった。気を付けてね」
薄々覚悟してはいたが、いざ連絡が入ると少し落ち込む。
用意した料理にはラップをかけて、日を跨ぐ頃には帰ると言った彼を待つ為に読みかけの本を出してくる。
* * *
その日は帰りが遅くなった。
そっと部屋に足を踏み入れると、明かりが煌々とついていて……ソファーで片手に本を持ったままの彼が眠っていた。
いつもしっかりして大人びている彼も、寝顔は年相応にあどけない。
ふとテーブルに目をやると、なんだか妙に豪勢な晩御飯。
首を捻りながら冷蔵庫を開けると、ケーキ。
……そして俺は己の大失態を知った。
慌てて眠る彼に駆け寄り、揺り起こして、そして。
「誕生日!おめでとう!!」
「たまには休まなきゃ」
「むぅ……」
いつも駆けずり回っている彼を捕まえて無理矢理膝枕をしてみた。
最初は居心地悪そうにもぞもぞしていたけれど、徐に俺の太股へ頬擦りして、
「……ウサミミくんはいい匂いがするな」
だなんて、なんだか変態っぽいと思ったけど言わないでおく。
ロナウドの唇が俺のつまさきに触れる。
何か神々しいものに触れるように、祈るように、触れる。
「ウサミミくんは俺の天使だ」
真っ直ぐ俺を見上げる瞳に一点の曇りも無いのが、苦しい。
ねえ。俺はただの人間なんだよ。
(つまさきへのキスは崇拝)
「もうロナウドなんて知らない!ばか!!」
走り去ってゆく彼を呆然と見送っていたら、
「バカかお前追えよ?!」
「追わないなら今ここで死ね」
「栗木……骨は拾ってやるぞ」
「あ、献体よろ〜」
……途中から話変わってないか?!
路地裏で息を潜める。
連絡がうまく行っていれば、そろそろ……
「ウサミミくん、こっちだ!」
目の前を通り過ぎかけた君の手を取り、物陰に引っ張り込んだ。
「すまん、これでも追われる身だからな」
納得した顔で頷く君は、布一枚隔てた下で脈打つ俺の欲望を知らない。
「ウサミミくんはいい匂いがするな、何か特別なシャンプーでも使っているのか?」
「ロナウドと一緒のだけど」
「ああそうか、それもそうだな。じゃあこれは惚れた欲目ってやつか」
「……ロナウド汗臭い」
「あ、ああすまん、ここんところ風呂に入れなくて……」
「(ぎゅう)」
「?!え、臭うんじゃ、」
「おれ、好きだよ。ロナウドのにおい。……ムラっとする」
「??!!」
彼が来ないまま一晩が明けた。
どうやら彼は、峰津院大和の元に参じたらしい。
……有り得ない。
あんなに強く聡明で、何より優しい彼が!
きっと峰津院に弱みを握られたか騙されているのだ、そうに違いない。
彼に対する峰津院の執着は並のものではなかったのだから。
「栗木くん、」
「ああ、今行く」
「クリッキー大丈夫?」
「何がだ?」
別たれた道が戻らなくても、彼と俺が戦わなければならなくても、俺は諦めない。
それが俺の正義だ。
戦って、勝って、そして彼を取り戻す。
諸悪の根源さえ倒せば彼は目を覚まして俺に賛同してくれる。
優しい子なんだ。
彼は。
優しい。
彼が死んだ。
彼の声や眼差しに触れる度に胸の奥でざわついていたものの正体はわからないままだが、きっとろくなもんじゃない。
その証拠にほら、彼が死んだというのに涙も出ない。
だからこの胸の痛みも、気のせいなんだ。
//きっと僕の勘違い
これだけ片想いを拗らせると、もう一歩踏み出す勇気なんて出やしない。
それなのに。
「君が好きだ!」
真顔で言うあんたが格好良すぎて、
「先に言われちゃったなあ」
余裕ぶって返した言葉はみっともなく震えてしまった。
ああ、本当にこれは現実だろうか、視界が滲む。
//あーあ、泣かせちゃった。
-30-
そうだね、世界は素晴らしいね。
貴方が嬉しそうだと皆も嬉しい。
貴方が幸せなら皆も幸せ。
素敵だね。
皆の為に働く貴方は輝いてるよ、すぐ隣で絶望している俺には気付いてないみたいだけど。
「皆」の幸せはきっと俺の幸せより大事で、つまり、誰も、
//君の幸せなんて、本当は望んじゃいないんだ。
ああいう男に惚れたら負けだ。
経験則から思い知っていた筈なのに、
気が付けば寝ていて、
気が付けばキスしていて、
気が付けばいっぱしの嫉妬までしていて、
あいつの指が声が体温が恋しくて、
ああつまり俺の全面的な敗北なのだ。
好きだよ、畜生。
//油断したら負け。
絶対に、あんたの理想を認めるわけにはいかなかった。
あんたの望む世界になったら、俺はきっと永遠にあんたを手に入れられない。
あまねく弱者の守護者たるあんたと生きながらにして心中するくらいなら、俺はあいつと世界を作ってあんたを手に入れる。
//貴方が好きだから、彼のもとへ。
濡れた髪をそっと指で鋤いた。
もう二度と開かない瞼を縁取る睫毛が、案外長い事を初めて知った。
誘われるまま冷たい唇に口付ける、と、後ろに立っている真琴さんがぎくりと身体を強張らせるのがわかった。
びっくりさせたかな。
ごめん、こういう事なんだ。
//呼吸を忘れた貴方へ最期の口付けを。
俺だって健全な男子高校生だからお付き合いには夢見てたわけですよ。
彼女の手作りお弁当でピクニックとか、彼女の手作りごはん食べながらまったりおうちデートとか。
なんで俺せっかくの休日にロナウドの部屋を掃除してんのかね。
――ウサミミ談
例えば戦いに怯え彼が震える時には「大丈夫。俺がついてるからな」そう言って俺は彼を抱き締めた。
けれどその実自分が抱き締められているという事に、最後まで気付かなかったのだ。
……生まれ変わった世界で真っ先に彼が犠牲となって、ひっそりと死を迎えるその時まで、気付かなかったのだ。
「わんって言ってみてよロナウド」
「えっ」
「言って」
「……わ、わん」
彼は満面の笑みを浮かべて俺の頭を撫で回した。
何だか幸せなような気がした。
……この首輪と、重たい鎖さえ無ければ。
あんたはそう言って頭を下げた。
俺は聞き分けのいいふりをして頷いた。
しこたま飲ませてあんたを酔い潰したのは俺で、服を脱がせたのは俺で、先にキスをしたのも俺なのに。
昨夜の名残は下半身にわだかまる鈍痛と、乱れたベッドだけ。
ごめんね。
だけど俺は忘れないよ。
//あれはなかったことにして欲しい
「俺のどこが好き?」
「そうだな、行動力があって前向きで、時々儚げでユーモアもあって、俺を呼ぶ声が愛らしくて、どこもかしこも柔らかくて甘くて美味しくて、つまり全部だ!」
黙って聞いていた君は顔を真っ赤にして、震える唇で俺を詰った。
君が訊いてきたんだろう?
//ばか。たったその一言だけ。
彼を抱き締めたらどうなるだろうという妄想が消えない。
スキンシップの一種として受け入れられるだろうか、ではキスをしたら?それ以上は?
「どうしたの?」
傍からは真剣に悩んでいるように見えたらしく、心配そうに俺の顔を覗き込んできた彼がたまらなく愛らしくて、俺は手を。
//今ここで抱きしめたい
-40-
水面を渡る生ぬるい風が、俺の肌を舐めてゆく。
腕を広げて風を感じている俺は、豪華客船が沈没するあの映画みたいで滑稽だろう。
この風に、ほんの少しでも、彼の身体を構築していた元素が含まれている妄想に縋る。
この川がもし三途の川だったなら、今すぐ渡って会いにいけたのに。
//今すぐ会いたいよ
いくら他のひとを優先したって構わない、俺はそういう彼を好きになったんだから。
でも今日は、今夜だけは俺の傍にいてほしかった。
泣き喚いてみっともなくすがる俺に幻滅しただろうに、彼は優しいから俺を放っておけない。俺を切れない。
知ってるんだ、上司の娘との見合いで気に入られていい感じなんでしょ。
優良物件なんだから、俺のことちゃんと捨ててから婿入りすればいいのに。
今日は彼女の誕生日だけど、ほんとに俺といていいの、俺は自分から身を引いたりなんかしてあげないよ。
//今夜は帰らないで
けして俺のものにはならない男を好きになってしまった。
不特定多数の名前も知らない相手には尽くせる癖に、身近な相手を顧みる事の出来ない不器用で残酷な男。
惜しみ無い善意で俺を溺れさせ、目眩がするくらいに眩しい笑顔で俺の名を呼ぶ……嗚呼、離れられるわけがない。
//離れたくない、離したくない
広い背を、ずっと見ていた。
その手は人々を助け悪を砕く為にある。
今は俺を撫でてくれるけれど、隣に立つ事を許してくれているけれど、背中の代わりに横顔が見えるようになっただけ。
ねえ、少しでいいからこっち向いて。
俺はあんたが好きなんだよ。
//俺のものにしたい、でも、出来ない。
「…どういう事」
机の上に置いた盗聴機は、ロナウドからのプレゼントに仕掛けられていたもの。
「俺はいつもウサミミくんの傍には居られないだろう?こうしてウサミミくんの事を把握しておこうと思ってな。
これでウサミミくんに何かあればすぐに駆け付けられるぞ!」
ああ、善意なのがどうしようもない。
「俺ロナウドがいないと生きていけないんだロナウドが守るべき弱者になったんだだからどこにもいかないよね」
椅子に腰かけたままこちらも向かずに彼はそう言った。
椅子の下にある足は四本、二本足りない。
「ロナウド」
彼が俺を呼ぶ。
俺はどうしてこんな事になってしまったのか、必死に考えていた。
「ううウサミミくん、平気か?」
「うん」
彼の背中に揺られながら、たまにはヘマするのもいいかもなんて思ってしまう。
土埃と汗の匂い。あったかくて、なんだか眠く、
「帰ったらすぐ柳谷さんに見てもらおうな」
「……」
「ウサミミくん?」
すぅすぅと聞こえる寝息に、ロナウドは小さく笑った。
//おんぶ
「ウチ来いよ。毎日お前の好きな飯作ってやるから」
「ロナウドにお帰り言いたいからやめとく」
「……あのさ、」
「ダイチも邪魔するの?さっきヤマトも来て嫌な事言うから静かにしてもらった」
走って家の奥へ向かった幼馴染みをよそに、少年は歌うように死人の名を呟いた。
//待ち焦がれて、待ち焦がれて。
優しいあんたを好きになった。
でも好きになったらその優しさが俺を傷付けた。
あんたは優しい。そしてどうしようもなく正しい。
だから俺は何も言えなくなって、最近俺には触れてくれなくなったその手が他の誰かを救うのを眺めている。
//残酷なまでに優しいのですね
「ロナウド」
「ん?」
「もし俺が一緒に死んでくれって言ったらどうする?」
「な、ウサミミくんっ何か悩みでもあるのか?!
俺に出来る事なら何だって力になるから、早まるのはやめるんだ!」
「例えばの話だよ、もー。ね、どうする?」
真剣に悩み始める彼を見ながら、やっぱり入水がいいなと考えてた。
-50-
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