Posted by 新矢晋 - 2012.08.01,Wed
大団円回帰を目指す途中、ロナウド説得済み。
あの七日間に誕生日を迎えてしまったウサミミさんの話。
あの七日間に誕生日を迎えてしまったウサミミさんの話。
次の約束
「あれ、そういえば」
何とか力ずくで下した仲間たちを改めて説得して回った後、大地が何かに気が付いたように指を折り始めた。
「どした?」
最後の甘味であるところのチョコバーを食べながら俺が尋ねると、いきなり目の前に指を突き付けられる。
「お前、今日誕生日じゃん!おめでとちゃーん!」
「お?おー、ありがと」
「反応薄い!」
「だって正直それどころじゃないじゃん」
世界が滅ぶか滅ばないかって時に、俺の誕生日とかどうでもいいだろう。俺の言に大地はもごもごと口ごもって、それから大地の分のチョコバーをプレゼントだと押し付けてきた。
「こーゆーのは気持ちが大事なの!おめでとちゃん!な!」
「……ありがと」
大地の気持ちはわかる。……もうすぐ世界は終わる。俺たちが失敗すればそのまま全てが滅んでしまうという背水の陣、普段通りでなんていられない。
そんな中での俺の誕生日は貴重な「日常」への回帰で、大事にしたいというのもわかる。わかるけれど……。
「湖宵、誕生日なんやて?」
「ジュンゴ、茶碗蒸し作ってきた」
「おめでとう、湖宵くん!」
皆してわいわい祝われると何だか気恥ずかしい。ありがたい事ではあるのだけれど、元々俺はお祭り騒ぎみたいな事は苦手なのだ。
――なんとかかんとか一人になり瓦礫に腰掛けていた俺に、不意に影がさす。見上げると、ロナウドが俺を見下ろしていた。
「湖宵くん、ちょっと時間いいかな」
――珍しく、遠慮がちな様子。俺が頷くとロナウドは何だかそわそわしながら俺に手を差し伸べる。
「君に見せたいものがあるんだ。ちょっと来てくれないか」
その手を取り立ち上がると、ロナウドは先に立って走り出した。……え?
「よしっ、湖宵くん急ぐぞ!」
慌てて俺も走るロナウドを追いかける。ひび割れたアスファルトを飛び越え、彼の手を借りて崩れたブロック塀をよじ登り、郊外へ。
ロナウドは息ひとつ切らさず俺の前を駆けていくけれど、俺は正直きつい。少しずつ遅れ始めた俺の足に気付いた彼は、ごく自然に俺の手を握ると引っ張るように走り出した。
――熱い。
大きな手は俺の手をすっぽりと握り込んで、少し汗ばんでいた。そこから伝わってしまうんじゃないかというくらい五月蝿い俺の鼓動は、走っているからというだけではない。
「もうすぐだからな!」
ロナウドの声で我に返った俺は、頭を振って余計な雑念を追い払う。歩道橋の階段を駆け上がり、丁度橋の真ん中で彼は立ち止まって空を指差した。
「間に合った!見てみろ湖宵くん!」
――太陽が、建物の谷間に沈むところだった。
壊れてしまった世界でもオレンジみたいに太陽は丸くて大きくて、光線はくっきりと瓦礫の影を浮かび上がらせていた。
「ここからは見事な夕焼けが見えるんだ、これを見せたくてな!」
鮮やかな橙に染まる世界は確かに美しくて、よくできた絵画みたいで、けれどそれより何より俺は、夕日に照らされるロナウドの横顔に見惚れていた。
暖かい橙色の光が、彫りの深さを際立たせ、きらきらと目を輝かせている。
「こんな状況じゃプレゼントなんて用意できないからな、間に合って良かった」
「へ?」
俺を見たロナウドは朗らかに笑って、
「今日、誕生日なんだろう?おめでとう!」
……そんな事を言うものだから、ああ、落ち着き始めていた心臓がまた五月蝿くなる。
ロナウドは俺の事なんて何も知らなくて、俺が今何を思っているかも知らなくて、だから無邪気に笑えるのだ。
「次はちゃんと祝わせてくれよなっ」
当然のように言われた台詞に言葉が出ない。きっとロナウドにとっては深い意味なんてなくて、この先どうなるかなんて考えてなくて、それなのに俺は期待しそうになってる。
――この戦いが終わった後も、ロナウドといられる可能性について。
正直なところ、かなり期待薄だろう。大地や維緒とは多分また友達になれるし、友達でいられると思うけど、……名古屋の刑事と知り合い親しくなれる可能性なんて限りなくゼロに等しい。
それなのに、「次」なんて約束出来るわけがない。そんな残酷な言葉を口にしないでほしいのに、俺の心は喜びたくて叫びたくて。
「……楽しみにしてる」
何とか震えずに笑顔で言えた、と思う。ロナウドは嬉しそうに頷いて俺の頭を撫でてくる。
――なんだか泣きたい。ロナウドだってこの先世界がどうなるかくらいは考えているだろうけれど、その未来で俺はきっとその他大勢の一人でしかいない。それが凄く悲しくて、それなのにロナウドは優しいから。
「……綺麗だね」
「そうだな!」
夕日が眩しいふりをして、目を細める。二人並んで同じものを眺めていられるだけでも幸せなのだと言い聞かせる。
たとえ、ほんの一時にすぎなくても、「次」の約束すら出来なくても。
――俺は、ロナウドと出会った事を後悔したりなんかしない。
「ロナウド」
「ん、っ?!」
ぐいと腕を掴んで引き寄せて、頬に唇を押し付ける。ロナウドはぱくぱくと口を動かしながら言葉も無く、俺が背を向け歩き出して漸く裏返った声で俺を呼んだ。
「こッ、湖宵くんっ?!いい今のは、」
教えてなんかあげない。俺がロナウドに残せる可愛い爪痕だ、精々悩んでくれないと。
歩道橋の階段を駆け下りながら、俺は、小さく笑った。
《終》
「あれ、そういえば」
何とか力ずくで下した仲間たちを改めて説得して回った後、大地が何かに気が付いたように指を折り始めた。
「どした?」
最後の甘味であるところのチョコバーを食べながら俺が尋ねると、いきなり目の前に指を突き付けられる。
「お前、今日誕生日じゃん!おめでとちゃーん!」
「お?おー、ありがと」
「反応薄い!」
「だって正直それどころじゃないじゃん」
世界が滅ぶか滅ばないかって時に、俺の誕生日とかどうでもいいだろう。俺の言に大地はもごもごと口ごもって、それから大地の分のチョコバーをプレゼントだと押し付けてきた。
「こーゆーのは気持ちが大事なの!おめでとちゃん!な!」
「……ありがと」
大地の気持ちはわかる。……もうすぐ世界は終わる。俺たちが失敗すればそのまま全てが滅んでしまうという背水の陣、普段通りでなんていられない。
そんな中での俺の誕生日は貴重な「日常」への回帰で、大事にしたいというのもわかる。わかるけれど……。
「湖宵、誕生日なんやて?」
「ジュンゴ、茶碗蒸し作ってきた」
「おめでとう、湖宵くん!」
皆してわいわい祝われると何だか気恥ずかしい。ありがたい事ではあるのだけれど、元々俺はお祭り騒ぎみたいな事は苦手なのだ。
――なんとかかんとか一人になり瓦礫に腰掛けていた俺に、不意に影がさす。見上げると、ロナウドが俺を見下ろしていた。
「湖宵くん、ちょっと時間いいかな」
――珍しく、遠慮がちな様子。俺が頷くとロナウドは何だかそわそわしながら俺に手を差し伸べる。
「君に見せたいものがあるんだ。ちょっと来てくれないか」
その手を取り立ち上がると、ロナウドは先に立って走り出した。……え?
「よしっ、湖宵くん急ぐぞ!」
慌てて俺も走るロナウドを追いかける。ひび割れたアスファルトを飛び越え、彼の手を借りて崩れたブロック塀をよじ登り、郊外へ。
ロナウドは息ひとつ切らさず俺の前を駆けていくけれど、俺は正直きつい。少しずつ遅れ始めた俺の足に気付いた彼は、ごく自然に俺の手を握ると引っ張るように走り出した。
――熱い。
大きな手は俺の手をすっぽりと握り込んで、少し汗ばんでいた。そこから伝わってしまうんじゃないかというくらい五月蝿い俺の鼓動は、走っているからというだけではない。
「もうすぐだからな!」
ロナウドの声で我に返った俺は、頭を振って余計な雑念を追い払う。歩道橋の階段を駆け上がり、丁度橋の真ん中で彼は立ち止まって空を指差した。
「間に合った!見てみろ湖宵くん!」
――太陽が、建物の谷間に沈むところだった。
壊れてしまった世界でもオレンジみたいに太陽は丸くて大きくて、光線はくっきりと瓦礫の影を浮かび上がらせていた。
「ここからは見事な夕焼けが見えるんだ、これを見せたくてな!」
鮮やかな橙に染まる世界は確かに美しくて、よくできた絵画みたいで、けれどそれより何より俺は、夕日に照らされるロナウドの横顔に見惚れていた。
暖かい橙色の光が、彫りの深さを際立たせ、きらきらと目を輝かせている。
「こんな状況じゃプレゼントなんて用意できないからな、間に合って良かった」
「へ?」
俺を見たロナウドは朗らかに笑って、
「今日、誕生日なんだろう?おめでとう!」
……そんな事を言うものだから、ああ、落ち着き始めていた心臓がまた五月蝿くなる。
ロナウドは俺の事なんて何も知らなくて、俺が今何を思っているかも知らなくて、だから無邪気に笑えるのだ。
「次はちゃんと祝わせてくれよなっ」
当然のように言われた台詞に言葉が出ない。きっとロナウドにとっては深い意味なんてなくて、この先どうなるかなんて考えてなくて、それなのに俺は期待しそうになってる。
――この戦いが終わった後も、ロナウドといられる可能性について。
正直なところ、かなり期待薄だろう。大地や維緒とは多分また友達になれるし、友達でいられると思うけど、……名古屋の刑事と知り合い親しくなれる可能性なんて限りなくゼロに等しい。
それなのに、「次」なんて約束出来るわけがない。そんな残酷な言葉を口にしないでほしいのに、俺の心は喜びたくて叫びたくて。
「……楽しみにしてる」
何とか震えずに笑顔で言えた、と思う。ロナウドは嬉しそうに頷いて俺の頭を撫でてくる。
――なんだか泣きたい。ロナウドだってこの先世界がどうなるかくらいは考えているだろうけれど、その未来で俺はきっとその他大勢の一人でしかいない。それが凄く悲しくて、それなのにロナウドは優しいから。
「……綺麗だね」
「そうだな!」
夕日が眩しいふりをして、目を細める。二人並んで同じものを眺めていられるだけでも幸せなのだと言い聞かせる。
たとえ、ほんの一時にすぎなくても、「次」の約束すら出来なくても。
――俺は、ロナウドと出会った事を後悔したりなんかしない。
「ロナウド」
「ん、っ?!」
ぐいと腕を掴んで引き寄せて、頬に唇を押し付ける。ロナウドはぱくぱくと口を動かしながら言葉も無く、俺が背を向け歩き出して漸く裏返った声で俺を呼んだ。
「こッ、湖宵くんっ?!いい今のは、」
教えてなんかあげない。俺がロナウドに残せる可愛い爪痕だ、精々悩んでくれないと。
歩道橋の階段を駆け下りながら、俺は、小さく笑った。
《終》
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