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Posted by 新矢晋 - 2012.09.10,Mon
ちょいと時期が外れましたが夏祭りネタ。
ヤマトと夏祭りに行くウサミミの話(この話はロナ主作品です)。

夏祭り


「ロナウド、今週の日曜、空いてる?」
 皿を洗いながら不意にそう訊いてきた少年に、男は洗い終わった皿を棚に片付けながら目を細める。
「日曜……夏祭りの日か、その日は警備に出ないといけないんだ」
「えっ……ロナウド警備担当だっけ?」
 手を止め、驚いた様子で少年は男の横顔を見上げたが、男は特に気にした風もなく皿の水を切る。
「同僚に頼まれて代わってやったんだ、恋人と夏祭りに行きたいらしくて……まあ、その気持ちは分からないでもないからな」
 少年の手が止まっている事にやっと気付いた男は、怪訝そうに眉を寄せて隣を見下ろした。……零れ落ちそうな青い目が自分を見上げている事がなんだか嬉しくて、シャツで手を拭いてから少年の頭を撫でる。
「日曜に何かあるのか?」
「あ……ええと、夏祭り一緒にどうかなって思ってたんだけど……」
 言葉を濁す少年は、撫でられている事は嬉しいらしく軽く頭を傾げて男の手へすり寄った後、へにゃりと眉を下げて笑う。
「仕事なら仕方ないね、友達と行ってくるよ」




 ――日曜日、久し振りの制服に袖を通し、帽子を被りながら栗木ロナウドはぼんやりと少年の事を考えていた。
 どうして彼は、あんな顔をしたのだろう。そんなに自分と夏祭りに行きたかったのだろうか。だとしても仕事なのだから仕方がないし、少年は警官という仕事に取り組む己に理解がある。たまの休暇くらいしか二人で過ごせなくても、彼は変わらず微笑んでくれるのだから。
 今度の休みに埋め合わせしよう、そう考えながら持ち場――人通りを見渡せる路肩だ――に立つロナウドへ、不意に声がかけられる。
「お疲れ様、ロナウド〜」
 振り返ったロナウドの視界で、揺れる爽やかな白。紺の帯も鮮やかに笑う少年の浴衣姿に一瞬見惚れかけたがそれよりも、
「なっ……なぜ峰津院がここに居る?!」
 仕事中であり、今は制服を着ているという自覚が無ければ相手に掴みかからんばかりの勢いで激昂したロナウドは、涼しい顔で扇子を動かす少年……峰津院大和を睨んだ。
「大和が出張でこっちに来るっていうから、駄目元で誘ってみたんだ」
「湖宵が『どうしても』というからな、特別に時間を割いてやったのだ」
 どこか自慢げに胸を張る大和は、その割に浴衣なぞ着込んでいるのだから本人もかなり張り切っていると見える。安い挑発などしてしまうあたりかなり浮き足立っていると判断して良さそうだが、ロナウドにはそれに気付く余裕など無い。
「なっ、な、どうしてよりにもよって峰津院なんだ!大地くんや新田さんと来ればいいじゃないか!」
「え、馬に蹴られるのやだもん。幼馴染みの恋路を邪魔するほど野暮じゃないよ」
 ね、と大和の顔を見る少年。そうなのか、と興味無さげに答える大和。ロナウドはそのやり取りを妙に憔悴した様子で見ている。
「湖宵くんっ、気を付けるんだぞ!あまり遅くまではしゃいじゃ駄目だぞ!」
「? うん、ロナウドにもお土産買ってくるね」
 両手をしっかり握られ上下に振られながら、少年はぱちくりと瞬きをする。それからじゃあねと手を振って大和と人の波に消えてゆく少年を、ロナウドはじっと目で追っていた。


「これは何だ?」
「ヨーヨー釣りだよ、やってみる?」
 少年に促され夜店の定番に挑戦した大和は、紫色のヨーヨーを釣り上げまじまじとその丸みを眺めていた。むに、と指先で押してみたり、振って音を確かめては液体が入っているのか……と呟く。
「こうするんだよ」
 青色のヨーヨーを釣り上げた少年が、指にゴムを通してヨーヨーを弾ませる。それを真似てヨーヨー遊びに興じた大和は、無表情ながら気に入ったらしく、しばらくの間そのヨーヨーを手離さなかった。
 ミザールみたいだね、なんて軽口は雑踏に響く悲鳴で途切れる。
「そいつひったくりです!」
 帽子を目深に被った男が人混みを掻き分け走って来る。愚物が、と唾棄するように呟いた大和と少年の目の前を駆け抜ける刹那、不意に現れた制服姿の警官が、一足飛びに男へと肉薄しその腕を掴む。
 男の抵抗を易々と押さえ込み、地面へ引き倒す拍子に警官の帽子が地面へと落ちる。……その警官は、栗木ロナウドそのひとだった。
「観念しろ、ひったくりめ!」
 男の手を片手で捻り上げ、身を起こしながら落ちた帽子を拾って被り直す横顔にどきりと胸を高鳴らせた少年は、
「あのお巡りさんハーフかな?イケメンじゃない?」
「うんうん格好いいよねー!」
 何処からか漏れ聞こえた女性たちの会話に俯いた。
 ――彼が自分の恋人であるという誇らしさ、男同士だという後ろめたさ。嫉妬と独占欲と名状しがたい何かがない交ぜになって、少年は堪らず大和の袖を引いてその場を後にした。
 ロナウドは、何かを探すように周囲を見回していた。


 喧騒を少し離れ、社の石段に腰掛けた二人。ヨーヨーを頬に当てて涼をとっている少年を見下ろして、大和は迷うように口を開いた。
「あの男、私たちの後をつけていたな」
「……へ、」
「大方、私が君によからぬ事をするのではないかと危惧したのだろう。その発想がそも下劣だが……完全に職務を忘れるほど阿呆ではなかったようだ」
 はー、と気の抜けた声を漏らしてから少年はふにゃりと笑う。掴んだままだった大和の浴衣を離し、己の前髪に触れた。
「大和がどう思ってるかは……まあ大体察しはつくけど。俺は、ロナウドの憎めなくって不器用で、馬鹿がつくくらい正直なところが……うん、好き、だから……」
 眩しそうに目を細めた大和が、照れ隠しめいてぼそぼそと「君は素晴らしい人間だが男の趣味は悪いな」と呟く。苦笑いして、それから少年は石段に視線を落とした。
「ロナウドは……きっと、俺の事なんて、そんなに大事じゃないだろうけど」
「他人の心情を勝手に想像する事ほど愚かな行為は無いな。君自身の目を信じたまえ、……まあアレが度し難いことこの上ないのが全ての元凶だが」
 途方にくれたように見上げてくる少年に、肩をすくめてみせた大和は顎で前方を示した。
「本人にきいてみろ、アレが君の望む答えを出せるとは思えんがな」
「峰津院……!」
 小走りにやって来た私服姿のロナウドが石段に足をかけるなり、大和へと掴み掛かっていた。
「こんな人気の無いところに湖宵くんを連れ込んでっ、一体何をするつもりだ?!」
「……貴様こそ何を想像している、下劣な。恥を知れ」
 慌てて割って入った少年の左右で、大和は呆れたように鼻息を吐くとそっぽを向き、ロナウドはまだ憤懣やる方無い様子で大和を睨み付けていたが、はたと我に返るとロナウドが少年の手を握ってくる。
「湖宵くん!やっぱり俺と行こう!」
「へ?!え、警備は?」
「いま終わった!だから俺と行こう、な?」
 助けを求めるように大和を見た少年に、大和は深々と溜め息を吐いてから時間を確認する。それからヨーヨーを弾ませながら歩き出した。
「時間だ。私も暇ではない、後は栗木と回れ」
「えっ、大和?」
 振り返りもせず立ち去った大和を呆然と見送ってから、少年は今度はロナウドを見上げた。
「ム……峰津院め、湖宵くんを置いて先に帰るとはけしからんな!」
 ――ああ、気付く筈も無かった。
 少年は心の中で大和に謝ってから、ロナウドの袖を引く。見下ろしてきた鳶色に、笑いかけるとその色が和らいだ。
「一緒に行こっか」
「ああ!」
 二つの人影が、喧騒へと紛れ込んだ。


「あーまた外れた」
 おもちゃの銃を抱えて嘆息する少年を、ロナウドはにこにこと見守っていた。射的の屋台で欲しいゲームソフトを見付けた少年は、さっきから随分粘っているのだがなかなか景品を落とせずにいたのだ。
「ラスト二発か……」
 コルクの弾とにらめっこしてから、ちらりと少年はロナウドを見上げた。それから何か思い付いたように表情を明るくする。
「ロナウドならある意味プロだよね!代わりにしてよっ」
「……俺がか?」
 銃と弾を押し付けられたロナウドは、銃をひっくり返したりして色々眺めた後に、期待しないでくれよと念押ししてから構えた。
 真剣な横顔。腕を伸ばしきらずに引き金を引いても狙いは過たずゲームソフトの箱に弾は当たり、素早く弾ごめして続け様にもう一発。ぽとりと箱が落下した。
「なに今の?!すごい!」
「あれは一発当てたくらいじゃあ落ちないだろうからな。二発でいけるか不安だったが……君が喜んでくれて良かった」
 ゲームソフトを受け取り嬉しそうに笑う少年に、ロナウドもまた嬉しそうに口元を緩める。屋台を離れてまた歩き出してから、何度か迷うように口を開きかけていたロナウドはそっと唾を飲み込んでから少年へ話し掛ける。
「……そういえば、浴衣なんだな」
 ちらちらと少年を見ながら口を開いたロナウドの視線は、迷うように、だが確かに少年の白い首筋や襟元を舐めている。知ってか知らずか、少年ははにかむように微笑みながら己の前髪を弄る。
「なんか着慣れなくって……おかしくない?」
「おかしくなんか!凄く似合っているぞっ」
 ロナウドは鼻息も荒く少年の言葉を否定したが、次いで告げられた言葉にぴくりと頬をひきつらせる。
「大和が用意してくれたんだ、流石だよねサイズもぴったりだし、」
 言葉の途中で少年の腕を掴み、人気の無い方へ大股で移動する。制止しても無視し、ぐいぐいと引き摺るように手を引くロナウドを、少年は戸惑いながら見上げていた。


 そして、通りを外れた藪の中、木の幹に少年の背を押し付けて真剣な顔で、
「脱ぐんだ」
 の一言。
 絶句した少年にしびれを切らしたロナウドが浴衣に手をかけてようやく我に返った少年は、ロナウドの腕を押し留めながら声を裏返らせる。
「何してるの?!脱がないから!着替え無いしっ」
「俺の上着と、あと下は制服のズボンを履けばいい。ほら、脱ぐんだっ」
「駄目だってば!ていうか何で脱がなきゃいけないの?!」
 至極もっともな問いに、ロナウドは何故か口ごもり目線を迷わせた。
「それは……ほ、峰津院が用意した浴衣なんて真っ当な浴衣じゃないに決まっているだろう!何か仕掛けだとか、」
「あるわけないでしょ!大和への誤解は解けたんじゃなかったの、今日は妙に突っ掛かるね!」
 ロナウドは唸りながら頭を片手で掻くと、いきなり少年をぐいと抱き寄せた。
「他の男が用意した服なんて着てほしくないんだ!つまり、その、単なる嫉妬だすまない!」
 染まった頬を隠す為に少年を抱く腕を緩めようとしないロナウドは、そのまま一息に捲し立てる。
「峰津院は顔は整っているから湖宵くんと並んでも遜色無いし、年の頃も近くて、そんな事はあり得ないとわかっていても俺より峰津院の方が君に相応しいんじゃないかって、」
 その言葉を黙って聞いていた少年は、ロナウドを何とか引き剥がし正面から向かい合う形になって、情けなく眉を下げているロナウドの顔に両手を添えた。そして。
 そっと、優しく、口付けた。
「……好き、」
 息継ぎの度。
「すき、ロナウドが好き。……大好き」
 何度も囁いて、口付けて、それから小さく笑う。
「俺はさ、ロナウドが好きすぎて軽く人生踏み外してるくらいなんだから、心配しなくていいよ。離れられないもん……ロナウドが俺をいらないって言うまでは、ね」
「湖宵くんっ……!」
 がばりとまた少年を抱きすくめて、ロナウドは激情に声を震わせながらその頭をぐりぐりと少年の肩に擦り寄せる。
「湖宵くん、すまないっ、俺が馬鹿だった……!君はこんなに俺を好いてくれてるっていうのに……俺は……俺はッ……!」
「ちょ、苦しいよ、ロナウド……っ」
 ぺちぺちと背中を叩かれて我に返ったロナウドは腕の力を緩めて頭を持ち上げたが、至近距離から少年の顔を見詰めるその眼差しは焔のように熱を帯びて、大きな手がそっと頬に触れる。
 そのまま少年の唇へ口付けたロナウドは、少年が僅かに身体を強張らせたのに怯んで一度唇を離したが、その細い腕が自分の首に回され引き寄せられるとまた貪るように口付けを再開した。
 ロナウドにとって少年の唇は甘露より甘く、呼吸さえ惜しんでその口腔を堪能しながらも、大きな手が少年の腰から尻にかけてを撫で回し始めた。押し殺された呻き声には気付かないふり。
「ふ、ぅ……っ!ロナ、」
 息継ぎの合間に溢されそうになった抗議の言葉をまた唇で封じ、肉付きの薄い少年の身体をさすり浴衣を乱していくロナウド。細い足の間に膝頭を入れて、その首筋に甘く噛み付く頃には少年の目には涙が滲み始めている。
「ロナウド、ほんと駄目だって、帰るまで我慢して……っ、」
 割り開かれた浴衣の裾から入り込もうとする手を必死に押さえながら、少年は頭を振る。
「こんな、誤魔化すみたいにするのはやだ……!ロナウドは、……ロナウドは、俺の事どう思ってるのっ」
 手を止めたロナウドは、虚を突かれたように瞬きをしてから首を傾げた。泣き出しそうな顔で捲し立てる少年は真剣で、だからこそロナウドを戸惑わせる。
「俺はロナウドが好きだけどっ、でもっ、ロナウドはどうなんだよっ!都合のいい時だけこんな、ほんとは俺の事なんて……」
 ぼろっ、と少年の目から零れ落ちた滴にロナウドは狼狽する。慌てて少年の浴衣を直し、子供でも宥めるように頭を撫でながら言葉を選ぶ。
「す、すまない、湖宵くんの気持ちも無視して……だが、湖宵くんは何か勘違いしていないか?俺は……俺は、湖宵くんが好きだ。湖宵くんが好きだから、こうして触れたいと思う。いけないか?」
「……ほんとに俺の事、好き?」
「ああ」
 じっとロナウドの目を見詰めていた少年は、ふと息を吐いてからことりとロナウドの胸に頭を預けた。
「……なら、いいんだ」
 そのまま黙ってしまった少年の背を撫でながら眉を下げていたロナウドは、不意に響いた低い音に夜空を見上げた。
「湖宵くんっ、花火だ!」
 綺麗だなあと目を細めるロナウドの横顔を見上げている少年は、大きな飴玉を飲み込んでしまったような息苦しさと、ロナウドの体温でぬるまった空気に溺れて、何も言うことが出来なかった。
 ――何を言いたいのかもわからなかった。


《終》

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