Posted by 新矢晋 - 2013.08.03,Sat
小説交換で書いたケイ主。恋愛未満。
冒頭の歌はなんていうかおっさんくさくてすみませんといった感じで……。
唇に乗せた唄
「やがってーリングとー拍手のうずーがーーー」
「……喧嘩売っとんか」
人気の無い公園に、二人だけ。片方は小柄だけれど筋肉質な体をジャージに詰め込み片手腕立て伏せをし、もう片方はベンチでぶらぶらと足を揺らしながら歌っていた。
「あれ、この歌嫌い?」
「アホ。そん歌、老いぼれボクサーが最後にみっともなく負けて引退する歌やろが」
だいたいトレーニングの邪魔なんじゃ、と吐き捨てながらもそれ以上文句も言わず今度は鉄棒へ向かった少年……和久井啓太を眺めて、少年はそっとばれないように微笑んだ。
啓太は無事にライセンスを取得して、大阪でプロボクサーとして活動している。若手ホープとしてジムでも期待されているらしいが、啓太自身はその事を口にしないため少年にはよくわかっていない。
ふらりと少年が大阪に遊びに来ても、なんだかんだと文句は言うもののトレーニングに付き合わせてくれるくらいには親しい友人ではあるが、不必要な馴れ合いを好まない啓太の気質を少年はよくわかっていた為、それ以上の歓待を要求したりはしなかった。
「自分も暇やの」
「……ん?」
珍しく啓太の方からかけられた言葉に反応が遅れ、少年がそちらを見た時には既に彼の目線はこちらを向いてはいなかった。
「なに?」
鉄棒にぶらさがり懸垂をしていた啓太は仏頂面のまま飛び降り、肩を回しながら少年の座るベンチへと戻ってくる。
「食事なり買い物なりすりゃええのに、そこでだらだら歌なんぞ歌いよって。大阪に何しに来とるんかわからんやないか」
スポーツドリンクの入った水筒を差し出しながら、少年はきょとんと瞬きをした。
「啓太に会いに来てるんだけど」
喉を鳴らして水筒の中身を飲み、無造作に水筒を投げ渡してから啓太は眉を寄せる。ああ?と低い声が洩らされるのに、少年は不思議そうに首を傾げた。
「啓太に会いに来てるんだから、啓太のいるところにいるよ、そりゃ」
たしかにご飯も美味しいけどね大阪、と付け加えた少年はそれからちょっともらうよと水筒に口をつけた。
少年の白い喉が上下するのを見遣り、啓太はますます難しい顔をして黙り込んだ。
「……なんでやねん」
「ツッコミ?」
「ちゃうわアホ! 俺が目的なんやったら、もうちょいこう、言えやアホ!」
「二回もアホって言われた」
へら、と笑う少年の頭をはたき倒し、啓太は顎をしゃくる。
「メシ奢ったる、はよ来いアホ」
「三回目。……え」
ずんずんと歩いていく啓太を慌てて追いかけた少年は、戸惑いもあらわにまじまじと啓太の横顔を見詰めた。
その視線に気づいた啓太は不機嫌そうに、
「客来させといてほったらかすほど不義理やないわ、……アホ」
吐き捨てるように、だがどこか柔らかくこぼれた四回目の「アホ」に、少年は嬉しそうに笑った。
「それからな、今度から大阪来る時は何日か前に連絡せえ。いっつも前日とか当日やろ、どないしょうもあらへん」
お好み焼きを少年にしこたま食べさせてからそう言った啓太は、曖昧に頷いた少年に舌打ちをしてから睨むように見上げた。くろがねのような目は鋭い。
「迎える準備くらいさせえ言うとんじゃ。俺も暇やないねんぞ」
ぱちぱちと瞬きをしてから、ゆっくりとそのわかりにくい歓迎の言葉の意味を理解した少年は、ぱあっと顔を輝かせ満面の笑みを浮かべた。
その顔を見た啓太は眩しそうに眼を細めてからふいと顔を背けて口の中でもごもごと言い訳をするが、少年はすっかり舞い上がり啓太の手を握って顔を覗き込む。
「俺、また来る!ちゃんと連絡するし、だから、もっとしょっちゅう来ていい?」
「好きにせえ」
「週一で来てもいい?」
「……自分もうそれ大阪住めや」
「プロポーズ?!」
「はァ?! 気色悪いんじゃボケ!」
店を出て、商店街を歩きながら遠慮のない言葉の応酬をする二人は大阪の騒がしい街並みに溶け込んでいる。
ずっと前から友人だったかのように、少年が大阪にいる事は啓太にとって自然で当たり前の事だった。
「……ボケとアホってどっちが下?」
「知るか」
人間は一人で生まれ一人で死んでいくのだから、道行も一人である方が気楽であるし、道を究めるには都合も良いと思っていた。
……だから啓太は少年を親友だなどとカテゴライズするつもりはない。自分は一人で生きるのだから。
そっと見上げた少年の横顔が、その湖のような冷めているようにも温んでいるようにも見える眼が、ただそこに「ある」のだという事に何故だか安堵する。
共に生きるのではない。少年が自分の人生の一部、一要素なのだと啓太は思い、そんな自分に驚いた。
「……大したヤツや、ほんまに」
ん?と子供のような顔で見下ろしてくるのが癪だから、絶対にこのことを少年には教えてやるまいと啓太は笑った。
――これはきっと、墓場まで持っていく秘密なのだ。
《終》
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