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Posted by 新矢晋 - 2013.07.26,Fri

リクエスト頂いて書いた主ヤマ、のつもり。たぶん実力主義実現後。
ヤマトが羊に懐かれる話(語弊)。





ひつじにつつまれる


 一角を持った羊が私の目の前にいた。静かな目が、私を見ている。
 いかなる嘘いつわりも看破し、善悪をただしく判定し、あらゆる罪を裁定するけもの。
 ――私にはいつわりも罪も無い、善き悪しきなど他者に決定されるものではない。
 何も言わずにただ立っている私を、そのけものはじっと見ていた。


「……カイチか」
 今朝方見た夢は不思議と昼近くなっても私の記憶から曖昧に消えることはなく、あのけものが大陸の伝説による存在であることに思い至った。
 むしろ気付かなかったことがおかしい、私はそういったこの世ならざるものに寄り立つ者なのだから。
 あれは私を裁きに来たのか。だが何を?
「くだらない」
 私には裁かれるべき罪など無い。いつわるものもなく、私は常に正しく私であり続けている。
 それで私は思考をやめ、夢のことなど忘れて手元の書類へと視線を落とした。生まれたての新しい世界は、正しい導き手を必要としている。私には立ち止まる暇などなく、“彼”もまたそうだ。
「大和、ちょっと相談があるんだけど」
 ノックもせずに部屋の中へと入ってきた彼は、この世界に必要とされる導き手の一人だ。私と彼が正しくある限り、この世界は美しくあり続けるだろう。
「この間の作戦なんだけど……」
 彼との会話は心地よい。打てば響くとはまさにこのことで、一を聞いて十を知ってくれる彼との対話は無駄が無く、内容に対して必要な時間がとても短い。
 作戦の後処理についての議論を交わしていた視界の端に何かが映った気がしてなんとはなしに視線を向けてみた私は、僅かに目を見開いた。
 あのけものがそこに居た。部屋の隅から、ぬめりとした不気味な目でこちらを見ていた。
「……? どうした大和」
 彼にはどうやら見えていないらしく、不思議そうに尋ねてくるのに気のせいのようだと頭を振れば追及は無かった。
 ――夢では、なかったらしい。あれは確かに、私へと狙いを定めているのだ。


 羊の夢を見る。それは何もしてこない。
 ただ私を見詰め、その角を振りかざすこともなく、深淵の目が暗く濡れている。


 私は何もいつわっていない。
 そして罪人かそうでないかといえば、裁く側の立場によっては私は罪人であろうし、英雄でもあるだろう。
 善き悪しきは断ずるものではない。その判断を神の類に丸投げした無責任な人間の思いが、古今東西の裁くもの――ヤマであるとかオシリスであるとか――を産み出した。
 あのけものもその一つだ。私を裁く権限などありはしない。私を裁くとすれば、それは……――
「大和!」
 額に五指を当てるようにして思索に耽っていた私を呼び戻す、涼しく響く彼の声。
 そう。私を裁く権限が与えられているとするならば。
「なんか大和疲れてない?最近ちょっと顔色悪いぞ」
 情深い彼は私をほんとうに心配しているのだろう、眉を下げて顔を覗き込んでくるその顔、……の後ろに見えている、けものの影。
 不快げに眉を寄せたのを勘違いしたのか、彼は慌てて体を引くと苦く笑った。
「ごめん。でもちょっと休んだ方がいいって、仕事なら俺が適当に回しておくからさ」
 ……そこまで彼に言わせるほど、今の私は頼りなく見えるのか。
 かつての私なら彼の苦言になど耳を貸さず、休暇など取らずに仕事を続けただろう。しかし今は違う。能率の落ちたまま仕事を抱え込んでも不利益にしかならないことを私は知っているし、彼になら私の仕事を預けても良いと思える。
「……確かに少し疲れているのかもしれない。明日は休暇を貰おう」
 彼は安心したように表情を緩め、それから私の頭に手を伸ばしかけてやめた。
 立ち去ってゆく彼の背を見送ってから私は部屋の隅にいるけものを睨んだ。別段いままで気にしてこなかったが、奴のせいで彼の気分を害してしまったということに私は苛立ちを覚えていた。
 その時、けものは僅かに身動ぎをした。何かもの問いたげに、頭を揺らした。


 休暇の朝。目を覚ました私は息を呑んだ。
 寝室一杯に佇むけものたち。
「な、」
 思わず声をもらすと、それらが一斉に私を見た。数えきれないほどの目がこちらを見詰め、そして、
 ――……、……――……。
 名状しがたい、文字に変換することの出来ない響きで鳴き始めた。
 ひどく不快だ。耳が痛むとか、頭に響くとかそういう不快さではなく、精神に影響するような、不安になるような音だ。
 ――これは何だ。裁きだとでも言うつもりか。私にはこいつらに裁かれるような罪など無い。断じて無い!
 くらりと目が眩んだその時、一頭のけものがベッドへと駆け上り、その角を突き出して私を、貫いた。


 私はどこか深く暗い場所にたゆたっている。腹を確認しても傷などなく、思考が箍をなくしている。
 ――……  ……。
 彼の名を呼んだ。何故呼んだのかは私にもわからない。
 ……、……。
 何度も呼んだ。ほんとうもいつわりも何もないこの場所で、私はただ彼の名を呼んでいる。
 またあの鳴き声が聞こえた。目を向けると、けものがいた。
 角を持つ羊、罪を裁くけもの、……いつわりを明らかにするけもの。
「……早くどこへなりと去るがいい、私はいつわりなど抱えていない」
 こいつが求めているのは罪ではなく、私のいつわりなのだと薄々感づいていた。
 ――私がいつわるもの。
「こんな場所で遊んでいられるか、私は彼の、」
 彼の。
 そう、彼に仕事を押し付けてしまっている。聡明で行動的で情深い、彼に、私の都合で苦労を押し付けて、
 ……!――、……!
 先ほどよりも甲高く、軋むような声で羊が鳴いた。泣いた?
「……私は、彼のところへ戻らなければ」
 ……、……いとしい、
「!!」
 私は今何を考えた。ここは危険だ、思考に箍が無い。頭を振ってそのおぞましい感情を追い出そうとしても、羊の鳴く声がそうはさせてくれない。
 私が彼を好ましく思うのは、彼が優秀なだけでなく人の機微にも長けて、信頼のおける人間だからだ。
 ――断じて、私のこんな、個人的な、浅ましい感情ゆえではない!
 ますます鳴き声が喧しくなり、頭ががんがんと痛み始める。やめろ。やめろ!

「大和!」

 名を呼ばれたと思った瞬間、深海から一気に引き上げられるような心地がした。


 目が覚めると白い天井の下にいた。
「大和、大丈夫か?俺がわかる?」
 今にも泣きだしそうな顔で私を見下ろす彼の名を呼ぶと、ほっと吐息がこぼれ、私の手を握っていた力が緩んだ。
 どうやらここは医務室のようで、彼の後ろには柳谷が立っていた。……柳谷だけが立っていた。
「局長、あまり無理をなさらないで下さい。なにか悪魔に憑かれておいででしたね、心当たりはありますか?」
「……大事ない、小物だ」
 体を起こそうとすると慌てた彼に押し戻された。柳谷にも強く静養を勧められ、私はまたベッドの住人になった。
 横目で彼の様子を窺う。両手で顔を覆っている彼は、深く溜め息を吐いてから手を除けて、それから私の視線に気が付いたらしく笑みを浮かべてみせた。
「あんまり無理するなよ。俺はそりゃ大和に比べりゃ頼りないかもしれないけど、一応ナンバーツーなんて言われてるんだからさ。抱えきれないものは俺に少しわけてくれたって、っ、大和?!」
 彼が見たこともないくらい狼狽して私の顔に手を伸ばしてきたところで、私は自分が落涙していることに気が付いた。
 ――さきほどたゆたった空間に満たされた海水のようなものが、私の内側から溢れてきた。それだけだ。
 何故なら私は彼を、いとしくなど思っていないし、胸の痛みはさきほど概念的に角で貫かれた名残だ。
「大和、大和、どうした?どこか痛いのか?」
 なんでもない、と頭を振る私の頭のどこかで、また羊が鳴いた気がした。


《終》

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