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Posted by 新矢晋 - 2012.07.06,Fri
ロナウドを助けたくて何度もループし続けるウサミミの話。
ロナウドもウサミミもヤマトも誰も幸せになれません。死ネタ含む。

さよなら神様


 目を見開いて雨の音を聞く。
 伸ばした手の先で息絶えるあんた、俺は、何度目かの絶望に喘いだ。


 自分がこの週末/終末を繰り返している事に気付いてしまったのが、絶望の始まりだった。
 嬉しそうに俺を出迎える大和たち。差し出された手。俺はその手を取った事を後悔なんてしない筈なのに、瞼の裏にちらつく誰かの死に顔。
 一度目の――何度目かの――戎橋での戦いで、膝をつくあんたへ差し出した俺の手は虚しく、和らぎかけた筈のあんたの目は俺の事なんか見ちゃいなかった。
 ――炎。冷たい大和の眼差し。携帯電話を構える。やめろ。やめてくれ!
 半狂乱になって川へ飛び込もうとした俺を羽交い締める真琴さん、何か言っている大和、水底に沈むあんたの顔が最後に俺を見たと思った瞬間、俺は全てを思い出していた。
 俺はこの死を知っている、何度も何度もこの死に打ちのめされている。この週末の、終末を、何度も何度も繰り返している。
 ――ああけれどここからが本当の地獄の始まりだった。
 目覚めてしまった俺は、あんたの死を回避するべくこの茶番劇を繰り返す。俺の目の前で、あるいは知らない場所で、あんたは何度も息絶えた。あんたは一度たりとて俺の手を取ってはくれず、俺はあんたのいない世界に絶望して、気付けばまた繰り返す。
「……次は名古屋か」
 こ憎たらしいくらい涼しげな顔で言う大和を、殺してやった事もある。大和が居なければあんたが死なないかもしれないなんて、子供みたいな発想だろう?
 ――大和が居なくなって混乱したジプスを制圧しようとしたあんたは、あっさりと一般局員に射殺されたけれど。
 本当に、いっそ俺が死んでしまいたかった。
 他の誰を殺してでもあんたに生きていてほしいのに、あんただけがどうやっても世界からこぼれ落ちてゆく。もうあんたが死ぬところなんて見たくないのに、気が付けばまたあの日からやり直している。
 苦しい。苦しい。息が出来ない。ああクソったれな神様、俺が何をしたというんですか。俺が彼を愛する事は罪ですか。生きていてほしいと望むのは罪ですか。
 それが罪だと言うのなら、せめて共に眠らせてくれはしませんか。
 ――絶望に溺死する俺は、そして何度目かの地獄に降り立った。


 大和に頼んで用意して貰った黒いコート。少し前から俺が着る事にしたこの服は、この色は、今まで俺が殺してきたあんたの喪に服しているんだと知ったら大和はどんな顔をするだろう。
 ……ああ、もしかしたら聡い大和の事だから全て気付いているのかもしれない。何度も繰り返す終末が苦しいと一度だけ泣いた俺を、狂人扱いせずに受け入れてくれた俺の友人。
「あのような愚か者の自由意思を残すからいけないのではないか」
「というと?」
 大和の部屋でインスタントのコーヒーを飲みながら終末の夜を過ごす俺に、大和が告げたその言葉。
「栗木ロナウドを完全に君の監督下に置いてしまえば、不意に死ぬような事もあるまい」
 俺はカップに口を付けながら思考を巡らせる。……あんたを俺の手元に置いてしまえば、確かに不慮の死は避けられる気がした。俺はあんたの死ぬところを何回も見てきたが、そのほとんどがあんた自身の行動により終わりを招く破滅型の死だったから、行動を制限すれば守る事が出来る。これは、とてもいい考えのように思えた。
「……やってみるよ、ありがとう大和」

 ――その後俺は、単騎で名古屋勢の本拠に赴き、あんたを捕まえた。

 ああ、こうして顔を合わせるのさえひどく久し振りのような気がする。握った手が温かいという当たり前の事が息が出来なくなるくらい嬉しくて、俺はあんたの膝にすがって泣いたんだ。
 繰り返す週末。何度も訪れる終末。もしかしたら今度こそこの地獄から抜け出せるかもしれないと、俺は根拠の無い期待に胸を膨らませて大和と共に戦いへ赴いた。


 そして無事に生まれ変わった世界で、あんたはまだ俺の傍に居るけれど……俺が望んだのは、俺が欲しかったのは、こんなものだっただろうか。


 本拠に戻ればあんたが居て、触れれば温かくて、それだけで俺は満たされた。あんたを保護する為に監禁している筈なのに、ずっとこのままでもいいんじゃないかと思い始めていた。
 ――けれど窓の無い部屋で俺を待つあんたは、いつからかおかしくなっていった。
 あんたの膝に上半身を預けて丸くなる俺の頭を黙って撫でてくれる手は、温かい筈なのにひんやりしている。口数はどんどん減り、俺が一方的に話すばかりになって、苛ついた俺が手をあげてもあんたは悲しそうに俺を見るだけで。
 俺は、ただあんたに生きていてほしくて。生きてさえいれば何だってやりようがあるし、その為ならあんたに憎まれたって良いと思って走り続けてきたけど。
 ――ねえ神様、これは、なんだか違うでしょう?
 最近は食欲もなくなってきたあんたの口元に果物を運びながら、俺は泣きそうになる。
「……、れ」
「何?何か欲しい?」
 けれど久し振りに聞いたあんたの声に、滑稽なくらい舞い上がり上擦った声で問い返した俺。それなのに。
「……殺してくれ」
 ――神様、ねえ神様、あれだけ苦しんで、何度も絶望して、その結果がこれだなんて割に合わないでしょう?
「そんな事言わないでよ……!」
 俺はあんたを抱き締めて涙をこぼすけれど、あんたにはもう俺の熱なんて届かない。
「俺は君の人形じゃない。望まぬ世界で無為に生き永らえるなんて、死んでいるのと同じだ」
「そんな!……俺は、俺はロナウドが生きていてくれて本当に嬉しいよ、死んでるのと同じなんかじゃ」
 あんたはただ頭を振って、俺の涙を指で拭った。その手付きが優しいから、なのにその眼差しにはかつての優しい光が無いから、俺の涙は止まらない。
「湖宵くん、今まで世話になったな。……俺の望みは何でも叶えてくれるって言ったろう?」
 俺の手に果物ナイフを握らせて優しく笑うあんたを見上げて、俺は、俺は――


 服に返り血をべっとりと付けたまま現れた俺にも、大和はたいして驚かなかった。
「怪我は」
 黙って頭を振ると、そうかと言ってまた書類に目を落とす。
「……大和ごめん、」
「何故私に謝る」
「うん……ごめん」
 大和は再び顔を上げ、俺が握り締めている果物ナイフを一瞥し、溜め息を吐くと引き出しから何かを取り出して俺に投げて寄越した。
「そんなものでは無駄に苦しむだけだろう。それを使え」
 俺は頭を振り、その拳銃を投げ返す。
「これがいいんだ。……大和」
「何だ」
「ごめんね、ずっと一緒に居られなくて。俺……」
「さっさと行け。……貴様が居なくとも、心配は要らん」
 ああ、大和の指が少しだけ震えている。ごめん。弱い俺でごめん。強くなれなくてごめん。いつも俺を見守ってくれた友人を見捨てるような俺でごめん。
「うん……今までありがとう、大和。ばいばい」


 あの部屋で俺を待つあんたはもう動かない。その固くなり始めた手に果物ナイフを握らせて、俺は深呼吸をする。
 ――さようなら。クソったれな神様と残酷な世界。
 ――さようなら。俺の愛しくて優しい友人。
 ――さようなら。
 ――さようなら、さようなら、俺の腐った恋心。


《終》

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