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Posted by - 2020.07.06,Mon
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Posted by 新矢晋 - 2013.03.07,Thu
「もしも主人公がジプスを離脱して暴徒側に身を寄せたら」というif物。
全四話構成の第一話。

//////////

その狼は世界を呑む怪物になるか


 大地の運転するトラックが、ゆっくりと高速道路の割れ目から落ちてくる。化け物目掛けて突っ込んでくる。
 幼馴染みの名前を叫んだ俺の目の前で、トラックは化け物と激突し爆発した。化け物も致命傷を負ったようだがそれよりも、ぐしゃぐしゃになった運転席から俺は目を離せなかった。
 ──大地は昔から俺の斜め後ろでわたわたしているヘタレで、でも俺が校長室のガラスを割った時は一緒に謝りに来てくれて、大地がテストで悪い点取った時には一緒にファミレスに行って奢ったりした。
 俺と大地はいつも一緒で、だから、なのに、大地は……逃げろって言ったのに、戻って来るなんて、馬鹿だ。大馬鹿だ。
 ジョーさんや新田さんが何か言ってるけど、言葉の意味が理解出来ない。呆然と立ち尽くす俺を置いて二人は化け物に立ち向かい、そのうち辺りは静かになった。
 ジプスの局員たちがやってきても、迫さんと峰津院が何か言っても俺の意識ははっきりしなかったが、ある一言で一気に頭が冷える。
「顔ぶれが変わったな……死んだか」
 ……冷えた頭とは裏腹に、俺は口汚く相手を罵りながら峰津院に掴みかかっていた。
「すまない神宮寺くん!局長は別にそんなつもりは、」
「黙れ!なんでこいつにそんな事、大地は、大地はなあ……!」
 迫さんが俺を羽交い締めて峰津院から引き剥がす。俺を見下ろす峰津院の目は冷えきった、何を考えているのかわからない銀色。怪物みたいだと思ったのは何故だろう、どうでもいいか、とにかく一発くらい殴ってやらないと気がすまない……!
「おおーい……生きてまーす……」
 ……最初は、幻聴かと思った。でも皆もきょろきょろと周囲を見回して、頭上を指差す人まで出てきて、俺は恐る恐る崩れ落ちそうな高速道路を見上げた。
「下ろしてくれー……湖宵ー、新田しゃーん、ジョーさーん」
「志島くん!無事だったんだね!」
 道路の端にぶら下がる大地の姿を確認した瞬間、俺は腰が抜けて座り込んでいた。


 ──うとうとしていたみたいだ。
 あの時の事を思い出すと、まだ手が震える。大地が無事でよかったけど、一歩間違えば本当に死んでいたかもしれないんだ。人の死なんて、こんな事になるまではピンとこないくらい遠かったのに、今はひどく身近で。
 ……あの日、模試があったあの日、いつもみたいに幼馴染みと馬鹿言い合ってたあの日、世界は壊れたのだ。
 壊れた世界のひび割れ……携帯電話からは悪魔が現れて、従えられれば僥倖、でなければその場で八つ裂き。ああ、なんてありふれた絶望だろう。
 たまたま俺たちは生き延びて、たまたま気象庁指定地磁気調査部……ジプスの保護下に入る事が出来たけど、世界は今も壊れ続けている。
 目を擦りながらあてがわれた部屋を出た俺は、行き場も無く廊下の端を歩く。ジプスの施設は掃除も行き届いていて、時々ある妙な模様や装置と相まってなんだか外とは別世界みたいだ。
 ……ここにいる限り、寒さに震える事も飢えを感じる事も無い。不意の襲撃に怯える事も無い。
 でも俺は普通の高校生で、たまたま悪魔との契約がうまくいった事を除けばただの子供なんだ。ドゥべの時も、メラクの時も、皆が決断したのを手伝っただけで俺は何もしていない。
 そんな俺が、他の命より優先されていて良いんだろうか。
 俺は、この週末/終末の世界で、自分が何をしたらいいのかまだわからずにいる。


 なんだかあの場所にいると息が詰まる気がして、俺は一人で街中に出ていた。
 駆け回る黄色い制服から離れるように離れるように歩いていくと、段々人気がなくなって、瓦礫が目立つようになってくる。
 ああ、世界は本当に大変な事になっているんだ。
 陰鬱な気持ちで立ち止まった俺の背に、不意に声がかけられた。
「湖宵くんか?」
 振り返るとそこには怪訝そうな顔をした栗木さんがいた。この間会った時より服が汚れていて、している事は相変わらずのようだ。
 ……栗木さんは普通の民間人だけど悪魔使いとしての能力は高く、ジプスのある種非情とも言える合理主義に反発して、在野で民間人を保護したり反ジプス活動を行っているリーダー的存在だ。
「どうしたんだ、こんなところで。最近ここいらで悪魔が目撃されてるから気を付けた方がいい」
 俺は相変わらずジプスに身を寄せたままなのに、栗木さんは警戒もせず歩み寄ってくる。人懐こそうな笑みさえ浮かべて。
 俺が浮かない顔をしているのを何か勘違いしたのか、栗木さんは乱暴に俺の頭を撫でてから背に手を回して誘導する。
「とりあえず、こっちに来て休んでいくといい」
 ……栗木さんに連れてこられたのは広い公園の一角で、そこには沢山の人々が集まっていた。恐らくほとんどが悪魔使いの力を持たない一般の人たちで、誰もが疲れた表情で座り込んだり横になったりしている。
 その人々の間を、自衛隊の制服を着た人や警察官、比較的元気な民間人が忙しそうに行き交っていた。
「怪我をした人はこちらに!」
「誰か!こっち手伝ってくれ!」
「いつまでこんな事が続くんだ!」
「お母さん、お母さんどこー!」
「もう世界はおしまいだ……」
 ああ、そうだ。ジプスにいると忘れがちだけど、本当は悪魔使いの力がある人の方が少なくて、力の無い人はジプスからは看過されて。速やかな、速やかすぎるジプスの動きが食料や医薬品をどんどん回収していく一方、取り残された人々は寒さと飢えに震えている。
「……薬も食料も全く足りていない。くそっ」
 悔しそうに呟いた栗木さんの隣で、俺はいたたまれなくて俯いた。……俺は十分な治療や食事を甘受して、その癖なんだかんだとジプスに批判的で、でもその保護下から出る勇気は無いのだ。
「……おにいちゃん、どうしたの?おなかいたい?」
「え、あ、そんなことないよ。大丈夫だよ」
 まだ小学校にも上がってないくらいの男の子が、足元から俺の顔を覗き込んでいた。この状況は子供にはきつい筈なのに、俺を心配そうに見ているその目を見ていられない。
「あのね、これ食べると元気になるよ。甘いものはあたまにいいってテレビでも言ってた!」
 差し出されたのは小さな赤い飴玉で、大事にポケットにでも入れていたんだろう、フィルムがくしゃくしゃになっていた。
 もう、なんか、泣きそうで。こんな小さな子が健気に頑張ってるっていうのに、俺はぐずぐず悩んでばっかりで。
「ありがとう、な」
 口の中に放り込んだ飴玉は、なんだか甘酸っぱかった。


 そうしてしばらくその子を相手して時間を潰していた俺は、不意に響いた悲鳴めいた叫びにびくりと身体を強張らせた。
「化け物だ!化け物の群れだ!」
 瞬く間にパニックが広がっていく公園で、一握りの人たちが必死に皆を誘導したり、悪魔使いたちが目撃情報を頼りに駆け出してゆく。
 俺は……俺はさっきの子を抱き締めたまま迷っていた。不安そうに俺を見上げる、いとけなく澄んだ黒い目。
「……みんなと一緒に逃げるんだ。俺は行かなきゃ」
 腕をほどいて背中を押すと、子供は何度か振り返りながら、最後は迷わず走り出した。それを見送ってから、俺は逆の方向へ走り出した。

 ──それは酷い有り様だった。

 巨人が、獅子が、悪霊が……様々な悪魔たちが人間を襲っている。精々契約の際にはぐれた悪魔くらいしか野良にはならない筈なのに、これは「群れ」と形容して問題ない規模だった。
 どういう事だと目を凝らすと、悪魔たちの向こうに持ち主のいない携帯電話が落ちているのが見えた。ぱちぱちと放電しているそれの周囲にわだかまる、紫色をしたもやのような何か。
 ……見覚えがある。主を失い暴走して悪魔を吐き出し続ける携帯電話だ。あれをなんとかしなければ、悪魔がどんどん増え続けてどうしようもない。
 けれど、目の前の悪魔を退けない事には携帯電話に近付く事すら出来ない。皆は目の前の悪魔を押し留める事で精一杯で、俺もまたこの群れを突っ切る事など出来そうもなかった。
 とりあえず自分の悪魔を召喚して周囲を見回していた俺は、視界の端をよぎった黄色に慌てて向き直った。
 少し離れた木立の向こうで、馴染みの黄色い制服を……ジプスの制服を着た人間が複数人、何かの作業をしているのか忙しそうに歩き回っているのが見えた。
「ちょ、あんたたち!ジプスなら戦えるだろ?!手伝ってよ!」
 俺の叫びに顔を上げたのは一人だけで、何かを言おうとしたようだったが離れた場所から呼ぶ声がするとそちらへ走って行ってしまった。
 落胆と憤りと、同時に羞恥を覚える。俺はまだ、俺じゃない誰かに助けてほしいんだ。
 深呼吸をする。震えは止まらないけど小さくはなった。傍らに舞う俺の召喚した悪魔、戦の魔女の名を持つ大烏を見上げてから俺は、悪魔の群れへ向かって術を放った。

 どれぐらい戦っただろう。

 じわじわと悪魔たちの数は減り、こちらが押し勝つのも時間の問題のように思えた。なんとか突っ切れば暴走携帯を破壊出来るかもしれない。
 大烏に指示し目の前の悪魔を引き付けようとした瞬間、悲鳴が聞こえた。
 戦端の一角が、崩れる。悪意の雪崩のように悪魔が走る。その向かう先には避難途中の人たちがいて、中にあの子がいる事に気付いた俺は思わず駆け出していた。
 あと数メートル。俺に気付いたあの子がこちらに向かって駆けてくる。俺は必死に手を伸ばす。
 だけど。
 差し伸べた手は届かず、悪魔の放った槍が子供の腹を貫いた。直ぐに槍は抜かれぽかりと空いた穴からはぼたぼたと内蔵がこぼれ落ちる。吐き気のするような血臭と、硫黄の匂いと、断末魔と悲鳴と怒号と。背を丸め嘔吐した俺の目に涙が滲む。
 どうして。なんで。助けて。助けてよ。
 座り込んだ俺の目の前で、馬のいななき。青ざめた肌の悪魔は槍を振るい血を払い落とす。俺の頬に飛んだ生暖かい液体が何かなんて、確認したくもない。
 木のうろのような目が俺を見下ろして、それでも動けない俺に槍が振り下ろされようとしたその時、豪炎が一瞬にして悪魔を包み込んだ。
「何をしているんだっ!君も悪魔使いだろう!」
 駆け寄ってきた栗木さんは俺を引きずり立たせたけれど、俺の顔を見て怯んだように口ごもった。
「……危ないから下がっていろ!」
 栗木さんの手は俺から離れ、立ち尽くす俺を振り返りもせずかけてゆく。さすがに連れている悪魔も本人の強さも他の人たちとは比べ物にならないが、敵の数が多すぎる。何より栗木さんは誰も見捨てられなくて、すべての人を一人で守ろうとして、防戦一方だ。
 俺は、ただ人々が倒れてゆくのを見ている。震える手が握り締めている携帯電話。

 ──呼べ。

 俺は、優先されるべき命なんかじゃなくて、

 ──いずれの未来の、いつかの過去の、盟約に従う時が来た。

 俺は、何にも出来なくて、

 ──呼べ、我が名を。

 俺は、でも、俺は、本当は……!

 ──呼べ!

 携帯を開くと画面に表示されている見知らぬ悪魔。だけど俺は自然とその名を呼びながら、ボタンを押していた。
「来い、フェンリル!」
 細かなパルスが周囲の空気を揺らした刹那、ゆらりと幻を纏うように現れたのは白銀の毛並みを持つ大きな狼だった。
 おおん、と響いた咆哮に悪魔たちがびくりと震える。それから俺を見下ろすその狼の目に不思議と見覚えがあるような気がして、俺はひとつ頷くと震えを抑え込んで携帯を握り締めた。
[newpage]
 ──それからの事は、必死だったからよく覚えていない。
 栗木さんたちと一緒に悪魔を倒して、怪我人の手当てをして、……死体を片付けて。
 はっきりと「自分」を取り戻したのは、公園のベンチに座り込んで見上げた空が酷く青くて、鼻の奥がつんと痛くなったその時からだ。
「湖宵くん、その……お疲れ様」
「あ、栗木さん……」
 どこか遠慮がちに俺の隣に座った栗木さんは、銀紙に包まれたチョコレートを一粒俺に握らせた。
「これぐらいしか無いが、少し落ち着くといい。……被害が少なくて、まだ良かった」
「良くなんかないっ!」
 反射的に声を荒らげた俺に、栗木さんは気まずげに黙りこむ。俺は頭の中がぐちゃぐちゃで、ごめん、とだけ呟いて背中を丸めた。
 ……死体の様が、まだ瞼から離れない。ぽかりと口を開け、青ざめた顔で、恐怖や困惑を張り付けたまま。昔見た死んだじいちゃんの顔は、どんなだっただろう。
 あの子は、何を感じながら死んでいったのかな。何も感じず一瞬で死んだかな。それなら苦しくはなかったかな。……本当なら、これからすくすく育って大人になって、無限の可能性から自分の未来を選択出来たのに。
「……俺、あの子の名前も知らないや……」
 息を吐くように呟いた俺の背を、栗木さんが労るようにさすってくれる。
「君は悪くない、湖宵くんのおかげで沢山の人が助かったじゃないか」
「でも俺が、もっとちゃんとしてれば、少なくともあの子は助かってたかも……」
「もういい!」
 いきなり視界が塞がれた。俺の言葉を遮って、栗木さんが俺の頭を抱きかかえたのだ。
「自分を責めるんじゃない、湖宵くんは精一杯やったじゃないか!誰が何を言ったって、俺は君を誇りに思うぞ!」
 頭から肩に移動した大きな手が、強く、俺の震えを押さえ込むように掴む。その手もまた震えている事に気付いて、ああ、この人は俺よりも前にこの痛みを感じた人なんだと理解する。
「栗木、さ、……っ」
 何かを言ったら泣き出してしまいそうで唇を噛んだ俺の背を、とんとんと叩く栗木さんの手と優しい声。
「いいんだ、……いいんだぞ、俺は全部忘れるから」
 ──それが後押しになって、俺は栗木さんの胸で子供のように泣きじゃくっていた。


 ひとしきり泣いて落ち着いた俺は、鼻をすすりながらのろのろと栗木さんから離れて頭を下げた。
「すみません、何か……服濡れちゃって……」
「ん? ああ、放っておけばすぐ乾くさ」
 あっけらかんと笑う栗木さんに毒気を抜かれて、俺はへにゃりと頬を緩める。そんな俺の頭をわしわしと撫でた栗木さんの手は大きくて暖かくて、兄ちゃんがいたらこんな感じかなあと思った。
「俺、そろそろ戻ります。大地とか心配してると思うし」
「そうか。何か困った事があれば相談しに来るんだぞ!」
 立ち上がりかけた俺の手の中で携帯が鳴る。表示名を見た俺は、慌てて通話ボタンを押した。
「あっ、湖宵! お前今どこにいるんだよ! 電話繋がんないし!」
「ごめんちょっとね。どした?」
 携帯の向こうから聞こえる幼馴染みの声は明らかに慌てていて、俺は再び不安が胸の中に広がるのを感じた。
「メグレズだよ! メグレズと戦ってた筈の名古屋チームから連絡が途絶えて、お前にも連絡つかないし、激烈に不機嫌な局長サンまじ怖いし!」
 半泣きの大地を宥めながら話を聞くと、どうやら件のメグレズ──ドゥべやらと同じ、悪魔とは少し違う化け物だ──が三体出現し、大阪・名古屋・東京にて待ち構える事になったのだがそのうちの名古屋から連絡が途絶えたらしい。
「わかった、とりあえず俺見てくるから! 状況見てまた連絡する!」
 名古屋チームが向かったという埠頭の位置を確認してから通話を切った俺は、心配そうにこちらの様子を見ている栗木さんに携帯の画面に地図を表示して見せた。
「栗木さん、ここどこかわかります?」
「ん、ああ、わかるが……どうしたんだ?」
「ここでメグレズが……ええと、栗木さんと初めて会った時に出たフェクダと同じような化け物なんですけど……そのメグレズを倒す為にここへ向かったメンバーと連絡が取れないらしくて。俺、行かないと」
 早口に説明した俺を見詰めた栗木さんは、一瞬考え込むような間を空けてから頷いた。
「それなら少しでも人手があった方が良いだろう、俺も行こう」
「えっ」
 俺は思わず絶句した。……栗木さんは言わずもがなジプスを嫌悪している。これはジプスの作戦で、俺はまあジプスの世話になってるし顔見知りもいるから協力するけど、栗木さんが協力してくれるなんて。
 俺の戸惑いを見てとったのか、栗木さんは苦笑してから俺の背を叩いた。
「ジプスは悪だが君は悪じゃない。君は君の正義で友達を守っているんだろう? だったら俺は君の味方だ」
 波止場はこっちだ、と先に走り出した栗木さんを追い掛けながら、俺はなんだか胸が苦しくて仕方がなかった。


 到着した埠頭は、惨憺たる状態だった。傷だらけで倒れているのは名古屋チームだが、幸い生きてはいるようだ。皆は俺を見て少しだけ安堵の表情を浮かべたが、栗木さんの姿に気付くと一気に顔色を変えた。
「栗木ロナウド……! 何しに来たのよっ!」
「敵? 敵なら、ジュンゴ、戦う……」
 傷だらけながら立ち上がろうとする皆。……当然だ、栗木さんたちは名古屋ジプスの支部を占拠した事もあり、彼らからすれば単なる暴徒でしかない。
 事情を説明しようとした俺よりも先に、栗木さんが険のある声で言い放った。
「湖宵くんは俺たちを助けてくれた、だから俺も湖宵くんを助けるだけだ。この場で争うつもりは無いが、本当なら誰がジプスなんかに手を貸すものか!」
 ……ぴりぴりとした空気が肌に痛いが、現状、名古屋チームに戦う力は残っていない。納得はしていないながらも退いてくれた皆に頭を下げた俺の耳に携帯の着信音が届く。
 大地の名前を確認してから携帯を耳に当てたのに、聞こえたのは涼やかな少年の声。
「神宮寺だな。戦況はどうだ」
「峰津院? えっ、この携帯大地のじゃ、」
「指揮は私だ、志島の携帯をジャックして話している。……戦況はどうだと訊いているのだ」
 戸惑う俺に、峰津院は苛立たしげに詰問してきた。その声は冷たいが、勝手に単独行動していた俺に対する文句は無かった。
「ああ……名古屋チームは無事だけど、戦うのは無理かな。戦えるのは俺と、……栗木さんがいる」
「栗木? 民間の悪魔使いか、まあいい。戦力は少しでも欲しいところだ、いないよりはマシだろう」
 栗木さんの名前を出しても全く反応しない峰津院に、なんだか栗木さんがかわいそうになった。栗木さんは単にジプスの行為に反発しているというより、峰津院に対する嫌悪感で動いているところがある。初めて会った時からずっと、峰津院の名を口にする時の栗木さんの目には暗く冷たい焔が燃えている。それなのに当の峰津院は栗木さんを全く気にかけていないばかりか、もしかしたらその存在すら知らないかもしれない。
 通話しながら栗木さんの様子を窺うと、射るような視線が突き刺さってきた。俺は冷や汗をかきながらそちらに背を向け、携帯をハンズフリーモードにしてイヤホンを差した。
「で、どうするんだ?」
「……ある程度弱らせたら私の指示を待て。合図で、大阪・東京と同時にとどめを刺すのだ」
 ……そういえば、メグレズは三体同時に倒さないと互いが互いを回復するんだったか。
 峰津院と打ち合わせてから、携帯を繋いだままポケットに入れる。不機嫌極まりない栗木さんを宥めすかして、湾に浮かぶメグレズを見た。
 小さな惑星のような、岩のような質感の球体が海面に顔を出している。所々から突き出た角は、射出されると独立した個体として活動するからたちが悪い。
 俺たちが戦闘体制に入ったのに気付いたのか、メグレズが身震いするとその角を撃ち出してきた。メグレズから射出されるあの円錐は、ドゥべと同じ形をしている。……あの日、大地が死にかけたあの日の怪物。
 小さなそれは着地すると高速で回転してから、おん、と鳴いて周囲に局地的な地震と地割れを引き起こす。これではまともにメグレズに近付く事も出来ない。
 携帯に表示されているデータによるとこいつにはいくつかの属性耐性があって、力には自信無いけど魔法はそこそこ使える俺にとっては相手どりにくい。
 対抗策を考える俺の横を栗木さんが駆け抜け、拳を突き出した。激しい衝撃が、三角錐に大きくヒビを入れる。俺と違って力に優れる栗木さんの一撃は、悪魔ですら拳で渡り合えるほどだ。
「こいつは俺が引き受ける!」
「栗木さん! ありがとうございますっ、……フェンリル!」
 携帯を操作しフェンリルを呼び出して、その背に跨がる。ひらりと軽やかに跳ぶ銀狼に、やっぱり俺は懐かしさを感じてしまうのだ。
 だがそんな妄想に耽る暇は無い。埠頭のテトラポットを渡りメグレズへと距離を詰める俺たちに向けて、またメグレズから例の三角錐が射出される。しかし身構えた俺の目の前で、横合いから飛び込んできた悪魔の放った火炎魔法によってそれは撃ち落とされた。
 山羊頭の悪魔、魔女たちの主たる彼は栗木さんの連れている悪魔だ。礼を言う暇も無く、メグレズに肉薄した俺の手に魔力が集中する。
 乱舞するのは氷。刃のように敵を切り裂く吹雪が周囲に展開し、そして俺の差し伸べた手に従いメグレズへと襲いかかる。外殻を砕き、削り落とし、周囲の海さえ凍り付き始めメグレズの動きが鈍くなってきた頃。
「あと三十秒でカタをつける! いいな!」
 イヤホンから聞こえる峰津院の檄。俺は追加で悪魔を呼び出して、一気に攻勢に打って出た。大烏バイヴ・カハは空を舞い頭上から俺に合わせて魔法を放ち、フェンリルはその牙と爪でメグレズの攻撃を牽制する。
「三、二、一……今だ!」
 カウントダウンに合わせてメグレズに最大火力を叩き込む。ばくん、と鈍い音をたてて真っ二つに割れたメグレズはゆっくりと海中に沈んでゆき、俺は渦巻く墨みたいな水面をただ見詰めた。
 ……痛いくらいの沈黙が続いた後、
「……メグレズの反応が消失した。我々の勝利だ」
 峰津院の落ち着いた声が聞こえて、大きく息を吐いて座り込んだ俺に栗木さんが駆け寄ってくる。
「無事か湖宵くん!……やったか?」
「うん、大丈夫みたい……なんとかなるもんですね、栗木さんがいてくれてよかった」
 疲れてはいたけれどなんとか笑みを作った俺の頭を撫でてくれる手は名残惜しいが、あまり引き留めるわけにはいかない。栗木さんはジプスにとって敵なのだ。
「ジプスの人たちが来るから、栗木さんはそろそろ……」
「ム……そうだな」
 走り去りかけた栗木さんは途中で足を止め、俺に向かって手を上げた。ひらりと振られたその所作が、ハーフだけあってなんだか外国の俳優みたいに決まっていてどきりとした。
「じゃあな! また会おう!」
 小さく手を振り返して栗木さんの背を見送った俺は、どうして心臓がこんなに煩いのかわからなくて。
 ──しばらくして駆け付けたジプス局員に連れられて、結局あの場所に戻ったのだった。


《第一話終》

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