Posted by 新矢晋 - 2013.02.05,Tue
通天閣ヤマト戦後。
二人ほど死んだり酷い目にあったりしています。
二人ほど死んだり酷い目にあったりしています。
君は無慈悲な夜の王
私はあの塔の前で、確かに死んだ筈だった。
次に目を開くと君の背中が見えた。混乱しながら手を伸ばしかけて、その手が何の輝きも纏っていないことに気付いてすべてを理解した。
私は死人だ。浅ましくもこの大地に縛られた、彼に触れることも出来ない死人だ。
峰津院たる私がこのような醜態を晒すなど、今すぐ執着を断ち切り消えてしまいたいが、ただひとつの気がかりは君のこと。
慈悲深い君は私の死に少なからず衝撃を受けているようで、我々を下したというのにその表情は暗い。
……否、これは、違う。
君の目が、その奥の輝きが、色を変えていることに気付く。
寒気のするような、北極圏の空のようなその色にどうやら誰も気が付いていない。時折冗談なども交えながら話す君は変わらず周囲の人間とうまくやっている。
君の色は、影は、魂は、こんなにもほの暗くその色を変えてしまっているのに。
しかし死人である私に何が出来よう。私はただこの魂が地の鎖から解き放たれる時を待ち、君の背を眺める事しか出来ないのだ。
君たちが最後の――本当に最後の――セプテントリオンを下し、ターミナルを前に決戦前の最後の会話をしている時。
ふ、と息を吐いた君の周囲に膨れ上がる殺気。嫌な予感がした私が君の名を呼びながら伸ばした手の先で、君は破壊神を呼び出しその剣を借り受ける。
栗木ロナウドの背が、大きく切り裂かれた。
びしゃびしゃと返り血を浴びながら君は眉ひとつ動かさなかったが、倒れた栗木ロナウドが何も理解していないような声音で「何故」と呟くのを聞くと、口角を僅かに持ち上げた。
――ああ、なんて醜悪な笑みだろう。
栗木ロナウドの絶命を確認してから、君は呆然としている他の面々に宣告する。
死にたくなければ自分に従え、これから世界を巻き戻す。
当然反発する者もいたが、君が本気だという事――年下の少女すらその足を貫かれた――を知り、誰も何も言えなくなった。
それでも君に全面的に従うという者は少なく、だが君は気にした様子も無く一人でも行くと宣言してから踵を返した。
ターミナルへ向かう君を追おうとして、足が動かないことに気付く。地へ繋ぎ止めていた鎖が消え、私の体は強制的にほどけてゆく。
死者は闇へ、生者は光へ。それがあるべき姿であり、私はその正しい理がこの国を守るよう尽力してきた。
その理を口惜しく思った事は初めてだった。浅ましい己に羞恥すら覚えた。それでも私は必死にもがいて、君に手を伸ばす。
真っ白に霞んでいく視界の中、君が振り返って私を見た、気がした。
――私は気象庁指定地磁気調査部の長であり、長きに渡り日本の霊的な守護を担っている峰津院家の当主だ。
誰にも知られず誰に省みられる事も無く、ただ日本の為にこの身を投げ打つ事こそ誉れと育てられ、また私自身もそれを己の誇りとしてきた。
……だが、最近ふとした瞬間に背筋が粟立つ。何かおぞましいものに触れられたような、地獄の猟犬に嗅ぎ付けられたような、そういった感覚だ。
何か禍の起こる前兆かもしれないと襟を正していた矢先、移動用の車両から降りたその瞬間、頭上で突然何者かの霊力が膨れ上がった。
私よりも一瞬遅れて気付いた局員たちは視認さえ困難な速さの初撃に薙ぎ倒され、私だけがその場に立ち悪魔召喚の構えをとる。
巨大な烏、戦場の魔女を傍らに侍らせ舞い降りたのは、私とそう年の変わらない少年だった。煌めく青い瞳を星空のようだと思った。
その細い手が、私に差し伸べられる。
「お前を拐いに来たよ、ヤマト」
柔らかな笑みに何故か、背筋が冷えた。
《終》
私はあの塔の前で、確かに死んだ筈だった。
次に目を開くと君の背中が見えた。混乱しながら手を伸ばしかけて、その手が何の輝きも纏っていないことに気付いてすべてを理解した。
私は死人だ。浅ましくもこの大地に縛られた、彼に触れることも出来ない死人だ。
峰津院たる私がこのような醜態を晒すなど、今すぐ執着を断ち切り消えてしまいたいが、ただひとつの気がかりは君のこと。
慈悲深い君は私の死に少なからず衝撃を受けているようで、我々を下したというのにその表情は暗い。
……否、これは、違う。
君の目が、その奥の輝きが、色を変えていることに気付く。
寒気のするような、北極圏の空のようなその色にどうやら誰も気が付いていない。時折冗談なども交えながら話す君は変わらず周囲の人間とうまくやっている。
君の色は、影は、魂は、こんなにもほの暗くその色を変えてしまっているのに。
しかし死人である私に何が出来よう。私はただこの魂が地の鎖から解き放たれる時を待ち、君の背を眺める事しか出来ないのだ。
君たちが最後の――本当に最後の――セプテントリオンを下し、ターミナルを前に決戦前の最後の会話をしている時。
ふ、と息を吐いた君の周囲に膨れ上がる殺気。嫌な予感がした私が君の名を呼びながら伸ばした手の先で、君は破壊神を呼び出しその剣を借り受ける。
栗木ロナウドの背が、大きく切り裂かれた。
びしゃびしゃと返り血を浴びながら君は眉ひとつ動かさなかったが、倒れた栗木ロナウドが何も理解していないような声音で「何故」と呟くのを聞くと、口角を僅かに持ち上げた。
――ああ、なんて醜悪な笑みだろう。
栗木ロナウドの絶命を確認してから、君は呆然としている他の面々に宣告する。
死にたくなければ自分に従え、これから世界を巻き戻す。
当然反発する者もいたが、君が本気だという事――年下の少女すらその足を貫かれた――を知り、誰も何も言えなくなった。
それでも君に全面的に従うという者は少なく、だが君は気にした様子も無く一人でも行くと宣言してから踵を返した。
ターミナルへ向かう君を追おうとして、足が動かないことに気付く。地へ繋ぎ止めていた鎖が消え、私の体は強制的にほどけてゆく。
死者は闇へ、生者は光へ。それがあるべき姿であり、私はその正しい理がこの国を守るよう尽力してきた。
その理を口惜しく思った事は初めてだった。浅ましい己に羞恥すら覚えた。それでも私は必死にもがいて、君に手を伸ばす。
真っ白に霞んでいく視界の中、君が振り返って私を見た、気がした。
――私は気象庁指定地磁気調査部の長であり、長きに渡り日本の霊的な守護を担っている峰津院家の当主だ。
誰にも知られず誰に省みられる事も無く、ただ日本の為にこの身を投げ打つ事こそ誉れと育てられ、また私自身もそれを己の誇りとしてきた。
……だが、最近ふとした瞬間に背筋が粟立つ。何かおぞましいものに触れられたような、地獄の猟犬に嗅ぎ付けられたような、そういった感覚だ。
何か禍の起こる前兆かもしれないと襟を正していた矢先、移動用の車両から降りたその瞬間、頭上で突然何者かの霊力が膨れ上がった。
私よりも一瞬遅れて気付いた局員たちは視認さえ困難な速さの初撃に薙ぎ倒され、私だけがその場に立ち悪魔召喚の構えをとる。
巨大な烏、戦場の魔女を傍らに侍らせ舞い降りたのは、私とそう年の変わらない少年だった。煌めく青い瞳を星空のようだと思った。
その細い手が、私に差し伸べられる。
「お前を拐いに来たよ、ヤマト」
柔らかな笑みに何故か、背筋が冷えた。
《終》
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