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Posted by 新矢晋 - 2013.03.07,Thu
「もしも主人公がジプスを離脱して暴徒側に身を寄せたら」というif物。
全四話構成の第二話。

//////////

二身の神はその男に何を見るか


 終末はまだ続く。


 アリオトを撃ち落とし、その山脈のような巨体が北海道へ落下して、……既に壊滅していたとはいえ札幌にも生存者が居たかもしれないと知った時、ああ、もう駄目だと思った。
 ジプスの、峰津院の判断は間違っていない。東京などのまだ何とか機能している都市に落とすわけにはいかないし、アリオトがタワーを目指して飛ぶ以上海に誘導も出来ない。というかあれを海に落としたら津波が起きる気もする。
 理屈では納得出来る。でも、人が居るかもしれない場所をも大義の為には切り捨てられる、その冷徹にすら感じられる合理的さが俺にはどうしても許容出来なかった。
 俺の居場所はここじゃない。俺はここにはいられない。


「へ、出ていくって……」
 ジプスの保護下から出ようと思っている旨を伝えると、大地はぱちくりと瞬きをした。
「どーしたんだよ急に。まあ確かにジプスってちょっと胡散臭いけど、俺らには良くしてくれんじゃん」
「うん……でもなんか俺さ、こんなにされると逆に落ち着かないっていうか……外では皆ご飯も食べられないのに俺は、って考えちゃって」
 俺が本気だという事を察したらしい大地は真顔になって、本当に行くのかと囁いた。俺がしっかりと頷くと、大地は少し考えてから大きく息を吐いた。
「そっか。……そうだな。よし、お前が行くんなら俺もついてくよ」
「え、でも大変だぞ。ご飯だって食べられないかもだし、悪魔に襲われるかも……」
 反対されるとばかり思ってたから、大地の発言が嬉しい反面動揺してしまい咄嗟に気持ちを削ぐような事を言ってしまう。
「ばっか、それはお前も一緒でしょ。……俺もさ、ずっと考えてたんだ。俺が悪魔使いになったのなんて偶然で、今頃外にいる人たちの中に俺がいた可能性もあって……ここにいれば誰かが助けてくれるけど、なんかそれは違うなって」
 ……大地も、色々考えてたんだ。そりゃ当然なんだけど、いつも優柔不断で俺とつるんでた大地が、いつの間にか自分の考えをしっかり持つようになってたなんて……ちょっと寂しいような嬉しいような。
 俺が密かに感動していることなど露知らず、大地は表情を崩すと悪戯っぽく笑って、
「それに、湖宵を放っておけないしな〜!案外危なっかしい所あるし、お前」
 そんな事を言うもんだから軽く腹にパンチを入れる。大地は噎せて涙目になりながら、思い出したように付け加えた。
「そういや、新田さんには話さないの?」
「うん……新田さんは女の子だし、お風呂もご飯も無いような場所には誘えないなって。……荒っぽい人もいるだろうし」
「あー……」
 ……栗木さんの事は信用しているし、日本人の良心を信じてるけど、実際単なる暴徒化している人も一定数いるのだ。栗木さんがリーダー的な役割をしているとはいえ、ジプスのように明確な組織化が行われているわけではないから、全てを把握するのは不可能だ。
 何よりあの人は、栗木さんは、トップ向きではないだろう。この間公園が襲撃された時も、栗木さんは悪人善人老若男女の区別なく手を差し伸べて、その結果自滅しかけていた。……リーダーとしては致命的だ。これなら峰津院の方がまだいい。
 無法地帯とは言わないけど、ここにいるより揉め事に巻き込まれる可能性が高いのは間違いない。そんなところへ新田さんを連れていくわけにはいかないし、大地だって無理に連れてくつもりはなかった。
「やめるなら今のうちだけど?」
「ばばばっか、男に二言はないデスヨ?!」
 慌てる大地を笑いながら、不安を握り潰す。……俺は、栗木さんの馬鹿正直な優しさを、普通の人たちの力を信じたい。自己満足にすぎなくても、普通の人たちと頑張りたい。
 ――多分それは、俺自身が切り捨てられるべきだと一度思ってしまったから。優先される立場に違和感を抱いてしまったから。
「……そうだ、俺、世話になった人に挨拶してくるよ。大地も準備してきたら?」
「おー、そうするかな。じゃあまた後でな」
 大地と別れ、準備といっても荷物など無い俺は、ある人への挨拶へと向かう為に施設の外へと足を向けた。
 寒々しい空。
「迫さん!」
 支局の外でジプス局員に何か指示をしていた迫さんに声をかけると、こちらを振り向いてくれた。
「どうした神宮寺、何かあったのか?」
 ……少し疲れた顔をしている。けれども迫さんはこちらを気遣うような言葉を口にして、俺は少しだけ胸の痛みを感じた。
「あの、話があるんです……少しだけ時間を貰えませんか」
 俺の様子から察したのか、迫さんは手短に局員たちとの会話を切り上げると俺へと向き合ってくれる。そんな彼女を連れて人気の無い場所に移動してから、俺は洗いざらい全て話した。
 ジプスのやり方についていけない事。今日中にでも出ていくつもりだという事。……その後は栗木さんたちに合流しようと思っている事。
 完全に峰津院サイドでジプス局員である迫さんに言えば引き留められる可能性もあったが、それでも彼女には言うべきだと思った。世界を滅ぼす大災害が起こったあの日から迫さんは俺たちを気にかけてくれて、他のジプス局員との仲立ちなどもしてくれた。
 俺の決断はある意味ジプスだけでなく彼女への裏切りとも言える。厳しい言葉を言われたとしても甘んじて受けようと思っていた俺に、しかし、迫さんは微笑みかけた。
「君が時々彼らと会っている事は知っていた。……いつかこんな日が来るのではないかと思っていたよ」
 迫さんは真っ直ぐ俺の目を見た。彼女の確かな信念が何によるものか俺は知らないけど、民間人の状況に心を痛める優しいひとがそれでもジプスという組織にとどまり続けるくらいには大切な何かなのだろう。
「だがジプスは、……局長は、君が思っているほど利己的ではない。それだけはわかってほしい」
 真剣な声。……真剣な眼差し。俺はそれをまともに見るのが怖くて、目を伏せたまま。
「うん……峰津院が正しいのはわかってるんです、でも俺、あいつみたいに割り切れなくて……」
 峰津院は特別なんだと呟いた俺に、迫さんは迷うように囁くように言葉を選んで。
「……局長は、機械でも怪物でもない、十七歳の少年だ。ただ少しだけ、子供でいられる時間が短くて……強くある事を当然とされすぎただけの」
 少し俯き加減になった迫さんの目が悲しげな色をよぎらせた気がして、俺は何故だか胸が痛む。
 俺は俺なりに考えて決断した筈なのに、まだ別の道があるんじゃないかって悩んでる。悩んで立ち止まり続けるくらいなら一歩踏み出そうって決めたのに。
「君ならもしかして、……なんて、仮定は無意味だな。私はただ君を見送るよ、もし何かあったら私の出来る範囲でなら助けになろう」
「……ありがとうございます。俺も、お世話になった事は忘れません。俺に出来る事があったら言って下さい」
 そうして俺は迫さんに深々と頭を下げて、別れの挨拶としたのだった。
 ――その数十分後、俺はジプスを離脱して、外へと足を踏み出したのだった。


 俺と大地は二人、名古屋へと向かった。まだターミナルが使えたのはきっと迫さんのはからいで、最後の餞別だ。
 まだ栗木さんたちが居るかはわからないけど、この間の公園へ向けて歩き出した俺たちは神妙に黙りこんでいる。路地を一本奥へ入れば悪魔がいるかもしれない、死体があるかもしれない、そんな陰鬱な想像が頭から消えてくれない。
 自然と早足になって、すぐに公園へ到着したが……そこには誰も居なかった。大地と顔を見合わせて、さて次はどこを探すかと落胆した俺たちへ、不意に声がかけられる。
「ボン、何しとんや」
 煙草を食むその強面の男に、俺は見覚えがあった。向こうもそれは同じようで、眉を上げると煙草を指に移した。
「なんや、こないだのボンか。どないした、ここにはもう誰もおらんで」
 ……彼の話によると、以前の襲撃事件の後、避難所は移動したらしい。身内を失った人たちは辛いだろうという配慮と、まあ、適切な処理なんてしようの無い死体の問題もある。
「あの、俺たちをそこに連れていってくれませんか。栗木さんに話があるんです」
 俺たちを見比べて、ほうか、と言ったその人は、別の避難所へと案内してくれた。イベントホールか何かだったとおぼしき建物の周りに広がっている広場。ちょっとした屋根もあるその場所に、……以前より少し減った人々。
 呼ばれてやってきた栗木さんは、俺たちを見ると明るく笑った。
「どうしたんだ湖宵くん、友達も一緒なのか」
 俺たちは顔を見合わせて、互いに頷くとまずは俺が口を開いた。
「栗木さん、俺たちジプスを抜けてきました」
 ぴく、と眉を上げた栗木さんに今度は大地が口を開く。
「俺が特別扱いされるなんてなんか違うなって、人任せじゃなくて自分で動かなきゃって……」
「都合の良い事を言ってるのはわかってます。今まで俺はジプスにいて、民間の人たちと戦った事もある。……でも、俺はやっぱり、普通の人たちと普通の人らしく頑張りたいんです」
 俺たちを見詰めている栗木さんの目に負けないように、俺は真っ直ぐ栗木さんを見上げて声を出す。
「ここに置いて下さい、お願いします」
「俺も湖宵と同じ気持ちです、お願いします!」
 二人揃って頭を下げて、ひたすら待つ。受け入れてもらえないならそれは仕方ない、今更ジプスにも戻れないから二人でなんとか頑張るしかない……かなり厳しいだろうけど。
 けれど、じっと黙っていた栗木さんの雰囲気がふと和らいだ。
「別に、俺に許可をもらう必要は無いさ。どんな事情があれ、今俺たちと志を同じくするなら、君たちはもう俺たちの仲間だ!」
 俺と大地の肩に手を置いてそう言う栗木さんは正直暑苦しいが、庇護を自ら捨てて出てきた俺たちにとってはとてもあたたかく感じられた。
「よし、皆に紹介しよう!こっちだ!」
 俺たちの背を押しながら歩き出した栗木さんは、ふと思い付いたように俺たちの顔を覗き込む。
「そうだ、前から気になっていたんだがそんな話し方をしなくてもいい。俺のことも、ロナウドで構わないぞ」
 真っ直ぐ見詰められるとなんだか照れ臭くて、でもそれを気取られるのはもっと照れ臭くて、俺はすまし顔で見返した。
「ん……よろしく、ロナウド」


 ――ロナウドたちに合流すると、今まで見えなかった、見ないようにしていたものが見えてくる。
 例えばそれは、ロナウドたちが暴徒呼ばわりされる理由。見捨てられ追い詰められた人々は、ジプスの補給部隊を襲って物資を強奪している。 仕方ない、と目を背ける事は出来る。実際、人々は今日のご飯にすら困っているしまともに怪我人の治療すら出来ていない。ジプスはまだそこまで困窮していないのだから、少しくらい……と俺だって思う。
 ……でも、今は人間同士で揉めている場合だろうか。
 俺はある事を思い立って、彼女に電話をかけた。


「ジプスに手を貸す?!」
 実働担当の人たちを集めて、俺はある思い付きを切り出した。どよめく彼らに理解してもらおうと、一生懸命言葉を捻り出す。
「うん……ジプスも人材不足なのは間違いなくて、作戦を手伝ったら食料とか薬とか分けてくれるって」
「んなもん口先だけに決まってるやろぉが!」
「そんな事ない!信用出来るひとに仲介を頼んだし、正当な働きには正当な報酬を払うのがジプスだと思うし……」
 心配していた通り、反感が強い。俺は必死で言葉を尽くし説得しようとするが、
「……なんや、お前ジプスと繋がっとるんやないやろな?」
 あらぬ疑い――ある意味事実だろうか、ジプスを去ったとはいえジプスの人たちと切れたわけではない――をかけられて口ごもる。
「ち、ちが」
「しょーもな!皆戻るぞ、襲撃計画の練り直しや!」
 それを切っ掛けに次々と踵を返す人たちを引き留める事も出来ず、俺は泣きそうになりながら唇を噛んだ。
 ……俺にはロナウドみたいなカリスマや行動力は無くて、皆からしたらただの新入りの子供で、でも何かしたいって思ったんだけど無駄だったんだろうか。
「……神宮寺くん、私はいいと思うぞ」
 遠慮ぎみにかけられた声に顔を上げると何人かの人が残っていて、そのうちの……失礼ながら幸が薄そうな会社員風の男性が俺の前に立っていた。
「その、誰かに怪我をさせるよりは……我慢してジプスに頭を下げる方が、私なんかは慣れているし」
 眉を下げて苦笑する男性とは別に、多分俺とそう変わらないくらいの年頃のだらしない格好をした少年が肩をすくめる。
「ジプスは嫌いだけどさ、揉めずにすむならそっちのがいーじゃん?」
 ……他にも数人の人たちが、俺に賛同してくれた。俺は何度もお礼を言ってから、彼らを連れて待ち合わせ場所へと向かったのだった。
[newpage]
 待ち合わせ場所には、既にジプス局員と彼女……俺が仲介を頼んだ迫さんが居た。
「……迫真琴だ。今回の指揮をとる事になった、よろしく頼む」
 軽く頭を下げる迫さんに、俺が連れてきた皆は戸惑っているようだった。……皆が知っているジプスは、上から目線の人でなしでしかないのだ。
 迫さんは、相手が俺たちみたいな馬の骨でもちゃんと視線を合わせて話を聞いてくれる。作戦行動というものに不慣れなひとへのサポートも、なるべく専門用語を使わないようにした指示も、彼女の誠実さのあらわれだろう。
 ただ他のジプス局員たちは完全に納得してはいないようで、なんとなくよそよそしい。話し掛ければ必要最低限の会話はしてくれるけど、すぐに立ち去ってしまう。……それは俺たちにしたって同じで、同じ作戦に参加していても別のグループみたいだ。
 でも、作業が進むに従って陣営を越えて協力せざるを得なくなる。ぼそぼそと会話していたのが段々遠慮の無くなった指示が飛ぶようになり、それぞれの得意な分野で力を発揮して効率も上がってくる。
 そして、思い出す。相手も自分と同じ人間だってこと。
 見ず知らずの相手なら傷付けられても、顔見知り、言葉を交わした事のある相手とは争い辛い。振り上げた拳が鈍る。そんな当たり前の良心を皆が持ってくれているって、俺は信じてる。信じたい。
 ……おっかなびっくりの共同作戦が終わって、分けてもらった物資を持ち帰った俺たちを皆は複雑な顔で出迎えた。
 しかしどんな手段で手に入れたとしても食糧は食糧だし医薬品は医薬品だ。食糧を分配して、怪我人や病人の手当てをする頃には皆もほとんど気にしなくなっていた。
 もたもたと怪我人に包帯を巻いてはほどき、添え木を添えたり外したりしていた俺の肩が不意に叩かれる。振り仰ぐとそこにはロナウドが居て、真面目な顔で俺を見下ろしていた。
「……湖宵くん、ちょっと」
 俺はぱちくりと瞬きをしてから、隣で俺とは裏腹にてきぱきと怪我人の世話をしていた女性に後を託し、ロナウドの後へとついていった。
 ……俺、今回はちょっと頑張ったし、ロナウドにも喜んでもらえるかな。皆の前で言ったら贔屓みたいになるからちょっと離れたところで話すのかな。
 人気の無い木立まで連れていかれた俺は、……振り向いたロナウドの目が酷く冷たい事に混乱した。
「どういうつもりだ」
「えっ」
 そうだこの声は、目は、ロナウドがジプスを見る時の……怒れる拳を握る時のものと同じだ。
「ジプスは悪だ、それに力を貸すなんて……悪に屈するも同然じゃないか!」
 ロナウドの怒りが俺に向く事なんて初めて会った時以来で、その時だってどちらかというと俺よりもジプス正規メンバーにその怒りは向けられていた。
 ……身体が震えそうになる。憤怒はロナウドの行動原理のひとつで、それ故に強く純粋で恐ろしい。まさか俺に向けられるとは思わず心の準備も出来ていなかったから、余計に痛い。
「ち、違うよロナウド、俺は、」
 回らない舌で説明しようとしてもロナウドは頭を振り、俺から目を背ける。……拒絶された気がして、身体のどこかがずきずきと痛む。
「君は俺の信念を理解してくれていると思っていたのに……残念だよ」
 まるで断罪でもするように言い放つと、ロナウドは振り返りもせず皆の居る方へ戻っていった。
 ……俺は足が石になったみたいに動かなくて、ロナウドを追うことも出来ずに立ち尽くしていた。


 まだ皆の前へ戻る気にはなれなくて、ベンチに腰掛けて背中を丸め溜め息を吐く。
 ……そんなつもりは無かった。ロナウドが皆を守りたいって思うように、俺も皆を助けたかっただけなのに。それが余計なお世話だったんだろうか。
 もしかしたら焦っていたのかもしれない。早く皆に、ロナウドに認めてほしくて。でも……。
 思考が堂々巡りして、また出そうになった溜め息を手の中に閉じ込める。切り替えなきゃ。髪の間に指を差し込んで、頭をマッサージする。
「湖宵!」
 呼ぶ声が聞こえて顔を上げると、大地が慌てた様子で駆け寄ってきた。また何か問題でもあったのか。動揺するまいと身構えていたはずの俺は、しかし、大地の第一声を聞いた瞬間息が止まった。
「ロナウドが!ロナウドが、思い詰めた顔してどっか行っちゃったんだよ!」

  *  *  *

「……一人でも多くジプスを殺さないと……戦況が悪いから皆もジプスと協力しようだなんて思ってしまうんだ、あいつらさえ、あいつらさえ居なければ……」
 俺はそう呟きながら、薄暗い地下鉄の駅でしゃがみこむ。空調が止まり空気はよどみ、辛うじて幾つかの電灯は瞬いているが、ここはもう滅びた遺跡の匂いがする。
 ……奴らの墓場には相応しいだろう。冷たいコンクリートの墓標こそ奴らには相応しい。
 ジプスにわざと情報を流した。間もなく奴らがここへやって来るだろう。そうすれば俺が、奴らを、俺が……。
 祈るようにうずくまり息を殺す俺の背後から不意に足音が響き、慌てて振り返った俺はそこにあの少年の姿を見た。
「……何をしに来た」
 短く問うと、彼は、湖宵くんは怯んだようだったが退かなかった。俺が歩き始めると後から着いてくる。
「ロナウドが居なくなったって、皆も心配してるよ、一体どうして……」
「じきにジプスがここへ来る」
 その名を口にした瞬間、湖宵くんが息を飲んだのがわかった。俺は彼の顔も見ないままに唇をねじ曲げる。
「偽の情報をリークした、……騙し討ちのような真似だと非難するか?だがもう手段など選んでいられない、一人でも多くジプスを殺さなければ……」
 突然、湖宵くんが俺の腕を掴んだ。振り払おうとした俺を押さえ込むように強い力に違和感を覚えて顔を上げると、湖水のような青い目が俺を見詰めていた。
「駄目」
 縫い止められたように動けなくなった俺に、湖宵くんは繰り返し言い聞かせる。
「駄目だ、そんなことしたって何も解決しない。ロナウドの正義は、信念は、そんなんじゃない筈だ」
「君に何がわかる、俺は……!」
 声を荒らげかけたその時、複数の気配とそのざわめきが入り口の方から聞こえてきた。
 ジプスだ。
 携帯電話を開き襲撃の準備を始める俺を止めようと手を出しかけた湖宵くんは、だが何かに気付いたように肩を跳ねさせ周囲を見回した。それに遅れて俺も気付く、これは……。
「あ、悪魔?!くそっ、」
 階段を下りてきた二人のジプス局員が、不意に現れた悪魔に囲まれていた。……たまにある。こういったよどんだ場所では、携帯電話が暴走しているわけでもないのに悪魔が出現することが、たまにあるのだ。
 ジプスには悪魔使いの心得がある人材が多い。だが出現した悪魔が少し強力すぎたらしく、見るからに劣勢だ。
「……だ、誰か!助け……っ」
 堪らず漏れたらしい局員の本音を、俺は鼻で笑う。
「ふん、いい気味じゃないか、奴らは皆を見捨ててきたんだから……あんな奴ら……」
「それでいいの?」
 静かな声で、湖宵くんは俺に問う。
「ロナウドの正義は、助けを求めるひとを見捨てることで実現されるの?」
 それは、と言い返そうとした言葉は悪魔の咆哮にかき消された。戦闘の音。今まで何度も聞いてきた音。人の命を奪う、音だ。
「ねえ、ロナウドの正義ってなに?」
 口の中がからからに渇いている。
 ジプスは悪だ、悪は滅ぼされるべきだ、それは正義である筈だ……ならば、俺の中で燻るこれは何だ?湖宵くんの目を見てきっぱりと、胸を張って答える事が出来ないのは、何故だ?

 ――強者と弱者、憤怒と慈悲、相反するものは果たして片方を捨てねば片方を得られぬだろうか?

 ……混乱する俺はまだ動けない。響いた悲鳴にびくりと身体がすくんで、それを押さえる為に自ら二の腕を掴む。

 ――正義とは何と相反する?何を捨てれば正義を得られる?

「俺は、俺の、正義……俺は……俺はただ守りたくて、だから、」
 向けた視線の先で、局員が傷を負い倒れる。俺の手には携帯電話、弱者を守ることの出来る力。俺は……俺は!

 ――答えよ! 汝が正義の追求者だというのなら!

 柱の陰から走り出て、驚く局員の顔も見ず悪魔へ向けて蹴りを放つ。怯んだ隙に携帯を構えるとその画面が妙な光を放っていて、だが俺は構わずボタンを押して叫ぶ。
「俺は何も捨てない! 何も捨てずに、貫いてみせる!」

 ――その意気や良し!

 ぱりぱりと空中にパルスが走り、ゆらりと揺れた炎と氷。その嵐を纏い出現したのは、青と金に染め分けられた肌持つ異形の神。不思議と均整のとれた幾つもの手足が絡む身体を僅かに動かしただけで、見えない打撃を二発撃ち込まれ悪魔が一体倒される。
「……栗木ロナウド?! お前が、なぜ……」
 俺は悪魔と対峙しながら、己へ言い聞かせるように宣言する。
「そう、俺は栗木ロナウド……あまねく弱者の、助けを求める者の守護者、栗木ロナウドだ!」

  *  *  *

 悪魔を倒し、怪我人の手当てをしてから立ち去ろうとすると、ジプス局員が戸惑いの色濃い声音で引き留めてきた。
「何故、私たちを助けた……?」
 ロナウドもまたどこか強張った表情で、半身だけ振り返り答える。
「……俺は俺の正義を貫いただけだ。お前たちが万全の状態でもなお峰津院に従うというのなら、その時は容赦しない」
 足早に歩みを再開するロナウドの後を慌てて追いながらそっと見ると、局員たちは黙ってこちらに頭を下げていた。 現場から遠ざかり、少しずつ歩みを緩めながらロナウドは俺を見る。その目はもうあの冷たく乾いたものではなく、柔らかな鳶色をしていた。
「……ジプスにいる人々が全て悪ではない。仮に悪だったとしても、彼らもまた世界の被害者だ。……こんな簡単な事に気付かないなんて、俺は馬鹿だな」
 不意に足を止めたロナウドは、その両手で力一杯俺の手を握り締めた。その手の熱より、俺を見る目の熱の方が強い。
「ありがとう湖宵くん、俺は大事なものを見失うところだった。……それとその、さっきはひどい事を言って、すまなかった」
「え、あ……ううん、今度は先に相談してからにするよ」
 ロナウドはくしゃりと笑顔になると片手で俺の頭を撫でた。
「湖宵くんは優しいな、ありがとう。……よし、じゃあ皆も心配しているだろうから帰るか!」
 そして当然のように俺の手を握ったまま歩き出すもんだから、一瞬普通に従いかけていやいやと否定する。ロナウドの手、すごく熱い。
 俺の歩みが鈍いのを不思議そうに振り返ったロナウドは何も気にしていないみたいで、ええと、あれだ、ハーフだからか!ロナウドって名前からしてラテン系だし、日本人よりスキンシップが過剰なんだ。それなら俺が気にするのもおかしいよな、うん。
「湖宵くんは手が冷たいな、冷え性か?」
「や、ロナウドの手が熱いだけだと思うよ」
 なんだこの会話。恋人同士か。……男同士で恋人も何も無いな、落ち着こう。
 なんだか妙にどぎまぎしながら皆の所へ戻っても、するりとほどけた手にほんのり残った体温に俺はしばらく気を取られていた。


《第二話終》

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