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Posted by 新矢晋 - 2013.03.07,Thu
「もしも主人公がジプスを離脱して暴徒側に身を寄せたら」というif物。
全四話構成の最終話。

//////////

鶏は大樹の上で夜明けを謳う


 悪魔やセプテントリオンと戦うよりも、人間と戦う方が憂鬱だって事を俺は知ってる。
 説得に応じてもらう為の手段にすぎないとはいえ、顔見知りに剣を向けなければならないこの状況は痛む。痛むんだ。


 ──峰津院についたかつての仲間たちを下して、必死に説得して、また仲間となってもらう。
 それを何度か繰り返して、拳の痛みを誤魔化し続けて、ついに残るは峰津院のみとなった。皆、特に峰津院についていた面子は緊張に横顔を強張らせていて、俺は僅かばかりの休憩を提案した。
 ……皆の為なんかじゃない。俺も限界だった。
 一人になりたくて、壊れた街をさまよう。首が折れた犬の銅像に腰掛けて、俺は項垂れた。

 ふわりと、作り物の花の匂いがした。

「苦しいのかい、輝く者」
 声と同時に触れた手は、ひんやりとしていた。両手を揃えて俺の頭の上に乗せているのが誰なのか、何故か見なくてもわかった。
 ……白髪の、華奢な少年。老人のようにも子供のようにも見える、悲しみにも喜びにも見える微笑みは浮き世離れしていて、でも俺はその名も知らぬ少年の名を思い出していた。
「……アルコル、俺、二回目だったんだな」
 何も言わない少年、ミザールの伴星を名に持つ彼はただ俺の頭に手を置いていて、多分撫でているつもりなのだろう。その重みが俺を落ち着かせて、スムーズに推定が確信へと変わってゆく。
 ……契約した覚えのない、けれど懐かしい悪魔。ジプスに居るときに時折感じた、ここに居てはいけないという焦燥感。それは多分、「一回目」の俺が経験した事に由来するんだろう。
 俺は、きっと何かをする為に二回目を始めた筈なのに、それが何かはさっぱりわからない。途方にくれてアルコルを見上げると、やはり本意の読めない微笑みが俺を見下ろしていた。
「人間というのは興味深いね。苦しみを自ら選んでまで、その中にあるとても小さな光を求める。もっと大きな光もあるのに、その小さな光だけが君にとっては価値ある光なんだね」
 ……光。俺にとっての光ってなんだろう。俺はただ、俺や皆が切り捨てられない、俺たちの手で変えていける世界がきっと誰もが幸せになれる可能性がある世界だって、……ああ、違う、これは綺麗事だ。
 俺は、俺が幸せになりたい。切り捨てられる事に怯えたり、本当は嫌なのに誰かの為に傷付いたり、そんなのはもうこれで最後にしたい。それから、そうだ。生まれ変わった世界で、また友達と馬鹿やったり、勉強したり恋したりしたいんだ。
 ……恋。
 脳裏によぎってしまった顔を慌てて追い出す。違う違うそうじゃない。背中の広さを思い出してる場合じゃないし、また手を繋ぎたいなあとか頭撫でられたいなあとかそんな。そんな不謹慎な。
「……? 輝く者は彼が慕わしいのかい? 愛というのは人の産み出した概念の中で最も複雑で興味深いものの一つだよ、良ければ君の愛について話し相手になりたいところだけど……」
「ちょっと待てアルコル俺の頭ん中読んでない?!」
 アルコルは小さく首を傾げて微笑み、何も言わない。……この人類の隣人は、時々わざと無垢ぶっているんじゃないかと思う時がある。
「……ああ、そろそろ彼が来る。君は君の選択を後悔しないようにね、輝く者。君を試す必要はもう無いから……私は、ただ君たちを見守るよ」
 ふわりと浮かび上がり空中へ消えるアルコルを見送ってからそう間を空けず、遠くから俺を呼ぶ声。走り寄ってくる彼の、ロナウドの姿を見てどきりと心臓が跳ねた。
「湖宵くん、ここに居たのか!」
「ろっろロナウド!どうしたの、もう集合時間だっけ」
 声が裏返ってしまい咳払いをする。ロナウドは不思議そうに俺の顔を見たけれど、あまり気にしていない様子ですぐ近くまで来ると息を整えた。
「隣いいか?」
 そう確認をしてから俺の隣の地面へ無造作に座ったロナウドは、なんだか表情が強張っている。……無理もない、峰津院との決戦を控えて彼としては落ち着いていられないだろう。
 ……俺も俺で、さっきまでロナウドの事を考えていたせいで落ち着かない。
「……いよいよ最後だな」
 そう切り出したロナウドは真面目な顔をしていて、俺はこくりと頷くと言葉を選びながら膝を抱えた。
「峰津院はきっと、話し合いには応じてくれないだろうね……ロナウドは、その、峰津院のことをまだ、」
「……正直なところ、わからなくなってきたよ」
 ロナウドは眉を下げて苦笑すると、頭を振る。
「俺は確かにあいつに殺意を抱いていた。それは紛れもない事実だ。だが……」
 考え込むように言葉を切ったロナウドの横顔を眺める。鼻筋から顎にかけての稜線がよくできた彫刻作品みたいだ。
 不意に振り向かれて慌てる。が、視線に気付いたわけではないみたいで安心した。そんな場合じゃないのに見とれていたなんて、俺は自分が思っていたより馬鹿だな。
「俺はずっと俺の正義に従ってきた。これからも正義は貫こうと思っている。だが、俺は……君と、」
 ぶんぶんと頭を振って、
「君の正義も信じている。君の正義が誰も殺さないというなら、俺は……俺はそれに従うべきなのかもしれない」
 苦しそうに言うから。俺は、思わず地面に降りて、ロナウドの頭を抱きかかえていた。
「ロナウド、ロナウドは俺のことなんて気にしなくていいんだよ。自分の思うように、自分を信じて動いていい。俺はそんなロナウドだから好きだし、俺に足りない部分を補ってくれるって信じてる。信じてるから」
 途中ではたと気付いて手を離す。あと結構恥ずかしいことを言ってしまった気もする。ええとええと、と口ごもった俺へ、ロナウドはふっと笑いかけてくれた。
「……やはり君を探して良かった。話が出来て落ち着いたよ」
 立ち上がりズボンの土を払ってから、ロナウドは俺の目を見る。落ち着いた鳶色にこうして見詰められるのは初めてでもないのに、胸が苦しい。
「俺を信じてくれてありがとう。……俺も君が好きだし、信じている」
 そしてロナウドは俺に手を差し出した。
「……行こう、湖宵くん。俺たちの世界を作るために」


 大阪で、峰津院は待ち構えていた。


 通天閣の足元に立つ峰津院は多対一だというのに怯んだ様子はなく、また俺もちっとも自分たちが優位なようには思えなかった。
 龍脈を統べる峰津院を統べる者。それが峰津院大和であるという事を、俺たちはすぐに思い知らされる事になる。
 まさに「ずっと俺のターン」。加速度的に霊力を膨れ上がらせ反撃すら許さず皆を薙ぎ倒す峰津院になすすべもなく、一旦距離をとる。
 既に手持ちの悪魔が尽きたり、本人の霊力が尽きたりで、まともに戦えるメンバーは少ない。ロナウドも手持ちの悪魔がもう残り少ないらしく、レベルの低い悪魔を召喚してお茶を濁しているような状況だ。
 ……なんとかしないと。
 そうこうしているうちに峰津院が一歩距離を詰め、彼方から飛んだ雷がロナウドの悪魔を一瞬で焼き尽くす。
 その時だ。俺はある作戦を思い付き、そして次の瞬間には実行していた。
 俺が携帯を操作すると、傍らの悪魔が二体ともデータの煌めきに返る。無防備になった俺に峰津院が視線を向けた時には既に、俺の連れていた悪魔はロナウドに転送されている。
 ロナウドの表情を確認すらせず、俺は峰津院と交戦するべく走り出した。
 走りながら片手を振るい、雷を飛ばす。峰津院は容易くそれをいなすが、俺は続け様にもう片方の手から炎を吹き出しながら距離を詰めた。
 絶え間なく雷を、炎を、衝撃波を叩き込んでも峰津院はその全てを迎撃し傷ひとつ負わない。
「貴様の覚悟は、力はその程度か神宮寺湖宵!」
 峰津院の言葉に答える余裕は無い。日本の暗部でその力を振るい続けてきた峰津院と、つい数日前に力に目覚めたばかりの俺では何もかもが違いすぎる。気を抜いた瞬間俺は叩き伏せられるだろう。
 ばちん、と拮抗した魔力が爆ぜて前髪が焼けた。
 その一瞬逸れた意識を峰津院が見逃す筈もなく、全身に激痛が走ったと思った瞬間俺は地面に叩き付けられていた。
 一歩、峰津院が俺へ向かって足を踏み出す。

 その足へ、とすん、と見えない槍が刺さった。

「……?」
 ぐらりとバランスを崩した峰津院は不思議そうな顔をして、だが次の瞬間には得心いったように体を捻り振り返る。
 本来射程外である筈の超長距離、ロナウドが拳を突き出している。その背後に飛ぶ若き毒龍が甲高く哭いた次の瞬間、ロナウドの前に幾つもの槍を象った衝撃波が浮かび上がり、まだ体勢を整えていない峰津院目掛けて一斉に叩き込まれた。
 ……ロナウドは俺の意図を理解してくれていた。俺が彼へ転送した悪魔は、攻撃を遠方へ届ける能力に長けるもの。ロナウドの手持ちと合わせれば、峰津院の射程外から攻撃する事さえ可能だ。俺が峰津院を目一杯引き付けてから、峰津院の術の範囲外から攻撃すれば……という危うい賭けに、俺たちは。
 俺たちは、勝ったのだ。


 ……だが、柳谷さんに傷の治療を頼んでいる最中に、峰津院は姿を消してしまった。


 理想の折れた峰津院がもし極端な選択に走ったら。……この想像はあながち間違っていない気がして、俺は皆と手分けして峰津院を探していた。
 瓦礫の合間を縫うように走って辺りを見回していた俺は、かすかに誰かが言い争うような声が聞こえた気がして足を止めた。
 慎重に足を進め、声の方へ向かう。二つの人影が対峙しているのを見付けて更に近付くと、それはロナウドと峰津院だった。
 目を凝らした俺は、ロナウドが持っているものを見て息を飲んだ。それはドラマなんかでしか見たことのない、でもドラマよりずっと重々しく黒光りした拳銃だった。
 峰津院へ突き付けられているそれを見て、俺は思わず飛び出そうとしたけど、ロナウドの顔を見て踏みとどまった。……静かな目。憎悪に濁ったものではなく、凪いだ鳶色。俺はいつでも割って入れる位置へ移動しながら、固唾を飲んで二人を見守っていた。
「……私を殺すか、栗木ロナウド。それも良い、私は負けたのだ、好きにしろ」
 まるで他人事のように生への執着を見せない峰津院は、どこか疲れているような、わがままの言い方を知らない子供のように見える。ロナウドはそれを見て苦悩するように眉を寄せ、ぎりと唇を噛んで、それから。
[newpage]

 一発の銃声が響いた。

 空へ向けて引き金を引いたロナウドは、拳銃を投げ捨てて峰津院を見た。睨むように見た。
「……俺は!俺はまだ、貴様のやってきた事に納得したわけじゃない!」
 髪をかきあげ、激情に揺れる声で言うロナウドは多分自分でもまだ整理が出来てなくて、自分の言葉にさえ溺れそうになりながらただ必死で。
「だが、貴様にもやり直す権利はあると、作り直された世界で自分の意思を実現するべきだと、……だから、」
 峰津院は僅かに目を細め、感情の読めない顔で静かに言う。
「それは神宮寺の言か。貴様は己の意思すら見失い、彼の言うまま仇と憎んだ男さえ生かしておくのか」
「違う!」
 ロナウドは即座に否定し、両腕を広げて峰津院へ主張する。
「確かに湖宵くんの言葉は俺を変えたが、それは言いなりになるのとは違う!俺は彼の意志と魂に惹かれて、だから、彼の言葉は俺を導いてくれたが……だが俺は俺の意思でもってお前と相対しているんだ!」
 凛然と言い放つロナウドを眺めていた峰津院がほんの僅かに唇をほどいたのを、多分ロナウドは気付いていない。今やっと、ロナウドの言葉に耳を貸す気になってくれただろう事もロナウドは知らない。
 だからロナウドはただ真っ直ぐに言葉を投げ続ける。変化球なんて知らない、不器用すぎるピッチャー。
「死ぬなんて許さん!許さんぞ!俺にも、彼にも、そしてお前にだって巻き戻った世界で生きる権利と義務がある!巻き戻った世界で、理想を実現する義務だ!……お前がまた実力主義を実現しようとするのも勝手だし、それを俺が挫くのも勝手だ!」
 強く、強く、真っ直ぐな言葉がロナウドの本来発する声だ。大袈裟に手振り身振りを交え、ただ無表情に見詰めてくる峰津院に怯まず、少しずつ声のトーンを落とし語りかける彼の言葉は峰津院ばかりでなく俺の心まで揺らす。
「それが自由だ、本当の意味での平等と努力の報酬を得られる、俺たちの世界だ。峰津院、お前もそんな世界が見たくはないか?……彼の信じているものを、信じてみようとは思わないか?」
 静かにロナウドを見ていた峰津院は徐に口を開くと、……こちらを見た。
「……それは肝心の本人に告げたいところだ、なあ神宮寺」
 俺が瓦礫の陰から姿を現すと、ロナウドはぎょっとしたようにこちらを見た。どうやら気付いていなかったらしい。
 峰津院はそんなロナウドの様子なんて気にもとめず、俺を真っ直ぐに見ている。銀色の輝きが、水面みたいにさざめいている。
「神宮寺。お前はあの腐りきった世界を信じるというのか。堕落しきった人類が、腐敗した仕組みが、人の手で変えられると信じているのか」
 何か言おうとしたロナウドを峰津院が片手で制する。俺はからからの喉に唾液を送り込んでから、峰津院に負けず真っ直ぐに見詰め返した。
「そうだ。俺は信じてる、人は変われる生き物だって信じてる。……何より俺は、ここまで一緒に戦ってきた仲間を信じてる。峰津院、お前の事もだ」
 一瞬、虚を突かれたように目を丸くした峰津院は、次の瞬間には声をあげて笑いだした。
「私はこんな甘ちゃんに負けたのか!ははっ、ここまでとはな、だが……そうだな、それでもお前は私よりも強かった。それがお前の信念ならば、茶番に付き合うのも悪くない」
 峰津院は右の手袋を外すと、その白い手を俺へ差し出した。
「お前の信念、隣で見ていてやる」
 俺は、固くその手を握り返した。


 ……そして全員揃って、最後の管理者の尖兵である七体目のセプテントリオンを下した俺たちは、龍脈の欠片を手に入れた後、明日に備えて早めに休む事にした。


 設備や霊的守護がまだ生きていたジプス大阪本局で休む事にした俺たちは、それぞれに割り当てられた部屋で思い思いに休んでいる……筈だ。
 ベッドで布団にくるまる俺は、疲れている筈なのに妙に目が冴えて眠れなかった。何度も寝返りを打って落ち着かない。
 ……明日。明日すべてが終わり、そして始まる。俺たちが始まらせるんだ。
 だけどそれはただの希望的観測にすぎなくて、明日俺たちがそのへんの悪魔に殺される可能性も、ポラリスに謁見出来ない可能性も、種の意思を認められない可能性もある。
 考えれば考えるほど眠れなくて、俺はベッドから抜け出すと彼の部屋へ向かった。扉を前にすると少し迷ったが、思い切ってノックする。
「……ロナウド、起きてる?俺、……湖宵だけど」
 そんなに大きい声は出せなかったけど、すぐに部屋の中でごそごそと人の動く気配がしたから起こしてしまったわけではないようだ。
 扉を開けたロナウドは俺の姿を確認するとぱちぱちと夢から覚めたように瞬きをして、それから俺の肩に手を伸ばした。
「どうした、何かあったのか?……とにかく中に入って」
 ベッドに二人並んで腰掛け、ぽつぽつと何でもない話をする。ロナウドはそれ以上問いただすような事はしなくて、俺はなんだか堪らなくて、
「湖宵くん?」
 ……ロナウドへ凭れかかった俺を、彼は拒んだりはしなかった。一瞬体が強張ったけれど、そっと腕が俺の肩へ回され撫で擦ってくれる。
「……ロナウド」
 ん、と優しく返事をしてくれたロナウドを見上げた俺は多分泣きそうな顔をしていたと思う。
「ロナウド、俺、ロナウドのこと……」
 それ以上は言葉にならなかった。彼はとても、とても真っ当で堅物だから、男同士で惚れた腫れただなんて想像もした事が無いだろう。明日は決戦だっていうのに、手酷くフラれたら俺の士気に関わる。
 俺の目を見たロナウドは息を飲んで、迷うように眉を寄せ、そして。

 俺に、キスをした。

 少しだけ震えながら俺の唇に触れたそれは、かさついていた。
「ロナウド」
 唇が離れた隙に囁いた名は、情けないくらいに上擦って。俺を見るロナウドの目は、ああ、俺と同じ熱を帯びている。
 余計な言葉はいらなかった。俺を抱き寄せるロナウドの腕、感じる体温、俺の名を呼ぶ声だけが世界のすべてで、世界は滅びかけてるっていうのに満たされていた。
 ただ抱き合っているだけで、身震いするほど幸せでこわいくらい。ロナウドの名前をもう一度呼んだら、俺を抱く腕の力が増した。
「……世界が生まれ変わったら、君を迎えに行く。必ず迎えに行く。その時に、大事な事を言いたいから……待っていてくれ」
「……うん」
 俺はなんだか泣きそうになりながら、ロナウドの腕の中で目を閉じた。
 明日。
 明日はきっと、始まりの日になるとそう、信じられる気がした。




 そして生まれ変わった世界で、人々は何も知らずに生きている。
 十三人と一人の悪魔使いたちが何と戦い、何を思い、何に悩み、何を決意したか誰も知らない。
 ──俺は待っている。それが何かもわからずに。




 幼馴染みの大地と同じ大学に通い始めた俺は、それなりに充実したキャンパスライフを送っていたが、一つだけ気掛かりな事があった。
「あれ、また行くのか?」
「うん……なんか落ち着かなくて」
 心配そうに眉を寄せた大地に見送られて俺が向かったのはある大きな駅、その新幹線乗り場だ。入場券だけ買ってホームに入り、備え付けの椅子に座る。
 ここ数ヶ月、俺はこの意味の無い行為を何度も繰り返していた。
 新幹線に用なんかない。誰かを見送る予定も出迎える予定もない筈なのに、何故だろう、ここで何かを待たなければならないような気がする。
 ここに居ると待ち惚けた時みたいな切なさが胸を締め付けて、なのに何を待っているかの心当たりはなくて、それでも来るのを止められない俺を大地も心配している。
 ……また新幹線が一台ホームを去った。
 いい加減ここに来るのもやめないと。交通費だって馬鹿にならない。お気に入りのパーカーのフードを被りながら立ち去ろうとした俺は、ふと何かに引っ張られたような気がして足を止めた。
「湖宵くん!」
 その声を。俺の名を呼ぶその声を聞いた瞬間、俺の身体を雷のような衝撃が走り抜けた。
 フードを除けて振り返った先、肩で息をする見知らぬ男のその鳶色の目を俺は確かに知っている。無意識にほとりとこぼれ落ちた言葉。
「……ロナウド」
 俺の待っていたひと。このひとを、俺はこの世界でずっと待っていたんだ。
 駆け寄ってきたロナウドが、俺を力一杯抱き締める。感極まった、激情に震える声で俺の名を呼んで、
「好きだ。君が、好きだ。好きなんだ……!」
 熱烈なキスをされた。映画みたいな、息継ぎすらうまく出来ないくらい濃厚なキスに腰が砕けそうになる。うっとりと身を委ねかけた俺は、はたと我に返った。
 まだ足りないとでも言いたげなロナウドの唇を手で拒んで、もう片方の腕を突っ張り距離を取る。
「湖宵くん……?」
 ああ、寂しそうな声を出さないでほしい、ほだされそうになる。
「いや、あの、ここ外だし……二人きりになれる所、行こ?」
 きょとんと瞬きをしたロナウドはやっと気付いたのか慌てて周囲を見回し、通りすがりの人たちがこっちを見ないようにそそくさと足早に歩いているのを見てかあっと頬を染めた。
「あっ、あ、すまない!その、つい感極まって……」
「うん、俺も凄く嬉しい。……いっぱい話したい事があるんだ」
 そっとロナウドの手を握ると、少し間を置いてから強く握り返された。……そしてホームを後にするべく歩き出した俺たちが、手を繋いだままなのは許してほしい。
「どこ行こうか。スタバでも入る?」
「湖宵くんと一緒ならどこでもいいぞ!」
「……俺も。何ならホテルでご休憩でもいいよ」
「まだ休むには早、……っ!駄目だぞ湖宵くんそんな!そんな、君はまだ学生だろう?!」
「冗談だよ」
 ぐしゃぐしゃと俺の髪をかき混ぜてくる大きな手が愛しくて、隣にロナウドがいる事がこんなにも幸せで、なんだか泣きそうになる。
 無駄じゃなかった。皆と、ロナウドと、頑張ってよかった。
 世界を救った筈なのに、実感するのはまたロナウドといられる幸せなんだから、俺は小さい自己中心的な人間だ。……でも。
「ロナウド」
 俺を見下ろす鳶色の目を真っ直ぐ覗いて。
「好きだよ」
 はにかむように笑う彼の顔が、やっぱり俺の幸せの形なんだ。


 駅の外へ出て見上げた空で黄金色の鳥が羽ばたいた気がしたけど、眩しくて瞬きした後はただ、空が青いだけだった。


《終》

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