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Posted by - 2020.07.06,Mon
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Posted by 新矢晋 - 2013.06.04,Tue
解放後っぽいけど悪魔のいる世界でなんとか暮らしているロナ主の話。
フェンリルもっふもふ!



汝は銀狼なりや

 慣れない四つ足で走る。
 逃げ込んだ茂みの中で息を潜め、どうしてこんな事になったのか思い返す俺は、四肢を折り曲げ丸くなる。
 後ろ足に受けた傷がずきずきと痛んだ。


 ――野良悪魔が群れていて探索出来ない場所がある、という情報を受けてその場所に向かった俺は、ガルムやミルメコレオといった獣型の悪魔が群れているその場所へ仲間たちと突入した。
 最初は低位の悪魔ばかりで、適当に散らすだけでなんとかなったのだが、単独で先行していた俺は群れのリーダーとおぼしき巨大な狼、フェンリルと鉢合わせしてしまった。
 廃墟の奥で待ち構えていた奴の背後には、色濃い瘴気を放つ携帯電話とそれに接続された大きな機械があった。悪魔発生の原因はこれかと見当はついたが、それよりもフェンリルをなんとかする方が先だ。
 フェンリルと交戦状態に入った俺は、奴の一撃一撃をいなしながら魔法を叩き込む。俺はあまり魔力が高くないからなかなか決定打は与えられず、距離を詰め物理的な攻撃を入れようとした瞬間巨大な前足が襲いかかってきた。
 後ろに飛んで避けようとしたところへ巨体が飛び掛かり、絡まりあったまま背後にあった謎の機械に思い切り叩き付けられた。ばちん、とショートした電撃が走る。
 激痛に全身がバラバラになって組み立てなおされるような、そんな違和感に俺は意識を飛ばされた、らしい。

 気がつくと、目の前に見覚えのありすぎる男が倒れていた。

 がっしりとした長身の体躯。少し癖のある暗い色の茶髪。紫色のジャケット。……俺だ。
 混乱しながら手を伸ばそうとすると、視界に入ってきたのは丸太のような獣の前足。更に混乱した俺はその前足を動かしてみたり、顔に触れてみたりする。前足への感触はふさふさとした毛皮のそれだ。
「……!」
 声を出そうとしたら唸り声がもれた。まさか。まさか!
 ばたばたと複数の足音が聞こえて、仲間たちが現れる。よかった、と近寄ろうとしたら携帯電話を向けられた。
「くそっ、悪魔め!よくも隊長を!」
 放たれた電撃魔法をとっさに避ける。愕然としながら必死で訴えても咆哮にしかならず、俺はそれでも叫んだ。
 ──違う!悪魔なんかじゃない!俺だ!俺はここにいる!
 仲間たちが俺の姿をした何かを運び出すのを横目に、俺は一声吠えてから廃墟の窓を破り飛び降りた。その瞬間、仲間の放った攻撃が後ろ足を引き裂いたのにも構わずに。

 そして、今に至る。

 茂みの中に蹲り、追っ手に怯え息を殺す。仲間たち相手に攻撃は出来ないから、逃げるしかないのだ。
 フェンリルになったおかげで敏感になったらしい嗅覚や聴覚を駆使して周囲を探り、途方にくれたままじっとしているしかない俺は、とてもいい匂いを感じた気がして頭を持ち上げた。
 遠く、こちらに向かって歩いてきている人影。懐かしく、愛しい匂い。
 それが彼だと、俺の相棒たる神宮寺湖宵だと気付いた俺は、思わず茂みから飛び出していた。
 湖宵くん!……そう呼んだつもりが響いたのは恐ろしい咆哮で、しまったと足を止めた時にはもう彼はこちらに気が付いていた。
「悪魔……?!」
 携帯電話を構え、彼がよく従えている妖精王オベロンと女王ティターニアを呼び出す湖宵くん。愛らしい見た目ながら高威力の魔法を操り敵を消し炭にする、というところは主人も悪魔も同じだという事を俺はよく知っていて、下手に近付く事も出来ない。
 湖宵くんにさえわかってもらえないのか。必死に説明しようとしても、漏れるのはくぅん……といった情けない犬のような声だけ。泣きたくても涙さえ出ない。ぺたりと地面へ腹這いになって何度も鳴いていると、湖宵くんは怪訝そうに俺を眺めて、それからゆっくりと口を開いた。
「……お前、怪我してるの?」
 ――そういえば、さっき逃げ出す時に後ろ足をやられていた。
 湖宵くんは慎重に俺の様子を窺いながら距離を詰めてきて、怪我の具合を確認するとそこに手をかざした。
 ふわ、と暖かな光。治癒の魔法の光だ。魔力に優れる湖宵くんの術はみるみる傷口を塞ぎ、痛みもきれいに引いた。
 ──湖宵くんは、悪魔になった俺にさえ優しくしてくれた!
 感極まった俺が湖宵くんの顔をべろりと舐めると、彼は破顔して俺の首もとの毛を撫でてくれた。


 湖宵くんに連れて帰ってもらい、ジプス支局を修繕して作った拠点の廊下を歩いていると、前方から嫌な気配がした。やはり悪魔の体になった事で感覚が研ぎ澄まされているのかもしれない。
 姿勢を低くして唸り始めた俺の背を湖宵くんは宥めるように撫でてくれたが、廊下の曲がり角から現れた姿に思わず俺は牙を剥き出していた。
「……何をしている」
 冷たい印象のすまし顔。暖かみの欠片も無い鈍銀の目で俺を一瞥してから、峰津院は湖宵くんへと視線を向けた。
 湖宵くんは峰津院にもあの柔らかな微笑みを向け、友人と話すように気さくな調子で言葉を交わしている。
「なんか出先で懐かれちゃって。……おかしいな、なんで大和にはこんなに唸るんだろ」
「……さあな。君が憐れみ深いのはよく知っているが、手を噛まれんよう気を付けたまえ」
 俺はいつ峰津院に噛み付いてやろうかタイミングを窺っていたのだが、耳の後ろを掻く湖宵くんの手が心地好いのと、隙の無い峰津院のせいで時機を失い、それから一言二言会話したのち立ち去る奴を唸りながら見送ったのだった。
「……お前どうしたの、大和は悪いやつじゃないって」
 わしわしと俺の頭を撫で回す湖宵くんは、困ったような顔をしている。湖宵くんの優しさや人を疑わない美徳につけこんで、峰津院はすっかり湖宵くんの信頼だけでなく親愛の情さえ勝ち得ているようだった。
 ――これはますます油断ならない、俺が湖宵くんを守らないと!
 何があっても俺が君を守るからな、と言葉にはならない鳴き声――くぅん、きゅうん――をあげながら湖宵くんに鼻先を押し付けすり寄ると、彼はくすぐったそうに笑った。


「……ロナウドが行方不明?!」
「ああ、作戦中に負傷したのを搬送してたんだけど……少し目を離してた間に居なくなったんだ」
 作戦から帰還した仲間たちから話を聞いた湖宵くんは酷く取り乱して、だがすぐに自分の立場を思い出し持ち直したようだった。
 管理者を屠り解放された世界で人類が生き残るにはある程度組織的な行動や規律が必要で、取り敢えずは俺たち十三人がリーダーのような事をしている。
 中でも湖宵くんは様々な分野の仲立ちや調停を取り持つ事が多く、作戦立案や組織管理をする峰津院、現場での指揮や非戦闘員の指導担当の俺とはまた違う苦労があり、同時に責任もあるし立場もある。
「……居なくなったって事は、少なくとも動ける状態ではあるんだよね」
 平静を装い受け答えをする湖宵くんの握った拳が震えている。そっと鼻を押し付けると一瞬こちらを見た湖宵くんの指が、俺の額を擽った。
 ──作戦中に悪魔と交戦して意識を失った上に失踪した“俺”。湖宵くんは優しい子だからその心痛たるやいかばかりか。まあ、俺はここに居るのだが。
 湖宵くんは“俺”の捜索に行きたそうにしていたが、自分が行うべき事は他にも沢山あるとわかっているのだろう。何も言わずに俺を連れて部屋へと戻ったのだった。


 そして俺は、主のいない湖宵くんの部屋で寝そべっていた。俺とてこんな本当の犬みたいな過ごし方はしたくないが、内務をしている湖宵くんにこの体で付きまとっては邪魔になるだろう。よって俺はこうして留守番をするしかない。
 ……ぼんやりと過ごしていると、様々な匂い──単なる香りだけでなく、感情や気配も匂いとして感じられる──、様々な音──廊下の足音は勿論、階下のキーボードの音まで聞こえる──が感じられて、自分が獣のように研ぎ澄まされているのがわかる。
 湖宵くんにさえわかってもらえない、自分が本当に獣と化してしまうかもしれない恐怖はじりじりと俺の体の芯を焼く。
 ──言葉を。
 言葉を忘れてしまう事が一番怖い。湖宵くんの名を呼べない事が、彼と語らえない事が、とても辛い。俺は俺が思っていたより彼に執着していたらしく、惰弱な自分が情けなくなった。
 鬱々と体を丸めていた俺は、部屋に近付いてくる足音にがばりと起き上がる。扉の前に背筋を伸ばして座り、勝手に動く尻尾をぱたぱたと振りながら待機していると程なくして扉が開く。
「ん?待ってたのか、ただいま」
 頭を押し付けるとわしわしと撫でてくれた湖宵くんは、クローゼットに向かいながら上着を脱ぐ。
「着替えてから遊んでやるからな、待ってろ」
 シャツを捲り上げると白い腹が見えて目を逸らしかけるが、その肌に残る幾つかの傷痕を見付けると目が離せなくなった。
 ──俺が君を守らなければならないのに。君についた傷は俺が負うべき傷なのに。
 様々な問題に対処するため現場で動く時は、俺の指揮下に湖宵くんが入る形になる──はじめ俺は難色を示したが、現場に複数の司令塔がいると混乱するからと押し切られた──。俺はなるたけ私情を入れないように人員を動かし、危険な現場では自ら前にも出るが、他の面子より頭ひとつ抜きん出た能力の持ち主である彼を危険度の高い場所へ配置せざるを得ない事にちくちくと罪悪感を刺激され続けてきた。
 ……治癒魔法で傷口を塞いでも痕は残る。湖宵くんの身体についた傷は、俺が負うべき、俺が負わせた傷だ。
 堪らなくて、ぐりぐりと頭を擦り寄せる俺の心中などおもんばかりようもないから、湖宵くんはくすぐったそうに身をよじり俺の頭を押し返してくる。
「もうちょっと待てって、着替えられないだろ」
 お前ほんとに犬みたいだなあ、と呆れたように言いながら笑う湖宵くんの表情が、どこか無理をしているように見えるのは気のせいではない。
 本当なら外へ飛び出して行きたいのだろう。
 だが、上に立つ者は「待つ」事も仕事に含まれる。何かあった時に即座に動けるように、判断を下せるように。下の人間が、無為に指示を待つという事が起こらないように。
 着替えを終え俺を手招いた湖宵くんは、それに従い傍らに座った俺の頭を撫でてから、手に持ったブラシで俺の毛をブラッシングし始めた。髪の毛をとかすのとはまた違う、全身をマッサージされるようなこれは……少し危険を感じるくらい気持ちいい。
 うる、る、と喉を鳴らした俺に小さく笑った湖宵くんは、不意に瞬きをすると俺の顔を覗き込んだ。
「あれ?お前、他のフェンリルと目の色が違うな」
 赤くない、と言いながらまじまじと俺の目を見る彼の青い目。湖水のように澄んで、湖水のように深い色。
「……似てる、」
 ぽつり、と呟いた湖宵くんの鼻先を舐めると笑い声が弾けた。
「あはは、俺の大事なひとの目にお前の目が似てるんだよ。……帰ってきたら紹介するからな」
 ──もしかしなくても、“大事なひと”というのは俺の事か?俺だって湖宵くんが大事だぞ!
 千切れんばかりに尻尾を振りながら湖宵くんに頭を押し付ける俺の胸に、ふと不安が兆す。
 “俺”はここに居る。だが、俺の身体が……恐らくフェンリルの精神が入り込んでいるだろう俺の身体が帰ったら、皆はそちらを俺として扱うだろう。俺の顔で、俺の姿で、俺の声で話す奴を見たら、……湖宵くんもそちらを俺だと思うのだろうか。
 考えたところでどうしようもなく、湖宵くんが俺の尻尾にブラシをかけ始めたくすぐったさに耐えていた俺は、この部屋へ向かって廊下を歩いてくる足音にぴくりと耳を動かした。
 そう間を置かずノックの音。部屋に入ってきたのは迫で、ひどく真剣な顔をしていた。
「神宮寺、火急の要件だ。本部まで来てくれ」
 湖宵くんはすぐに立ち上がると廊下へ駆け出して、俺もその後に続いた。 本部の壁一面にはモニターが並んでいるがその六割ほどが沈黙し、並ぶ電算機も操作する人間は片手で足りるほど。不安定ながらもなんとか電気の供給が可能となったばかりのこの世界では、病院や重要施設ですら停電の可能性に常にさらされている。
 竜脈のほぼ真上に位置するこの拠点も例外ではなく、竜脈の一部を発電に回してもまだ安定供給にはほど遠い。
「悪魔の襲撃だ。……それも、人間が指揮をとっている」
「人間が?」
 その本部で湖宵くんを迎えた峰津院は、俺をちらりと一瞥してから口を開いた。
「一人の人間の指示に従って、悪魔の群れが散発的にこの辺りの拠点を襲撃しているようだ」
 ……悪魔を使役する力は何故か未だに人間の手にあるが、元々使役の術に研鑽を重ねてきた峰津院や一部の人間を除いて、多数の悪魔を同時に使役は出来ない。俺や湖宵くんでも二〜三体程度が限界だ。
 群れを率いて軍隊のような行動をとるなんて、不可能な筈である。
「現存する悪魔使いは大体把握してるはずだろ、誰が……」
 湖宵くんの問いに答えるように峰津院が片手を振ると、モニターの映像が切り替わる。ざらついた、画質の悪い映像だが……湖宵くんの喉から妙な息が漏れた。
 そこに映っていたのは、“俺”だった。
 群れを従え、飛び交う霊鳥や吠える魔獣と肩を並べているその男は、俺の姿をしたその悪魔は、血のように紅い目をして笑っていた。
「……ろ、」
 ロナウド、と消え入るような声で呟いた湖宵くんはどんな表情をしたらいいのかわからないような、笑うような泣くような顔をして。
 ──違う、あれは俺じゃない!
 必死に吠えたて主張しても湖宵くんは画面から目を逸らさず、峰津院はどこか呆れたような目で一瞬こちらを見てから淡々と口を開く。
「奴の意図はどうあれ、攻めてくるものは迎撃せねばならん。君には最終防衛ラインに行ってもらう、」
「え……待って大和、俺が前に行かないと」
「今の君は足手まといだ。どうしても前に出たいなら、頭を冷やしてから来たまえ」
 ぐ、と黙った湖宵くんはそれ以上の反論はせず、峰津院の指示を受け入れるようだった。配置や作戦の流れを確認し、前線基地へ向かおうとする──本来それは俺の役目で、いつもならこの本部が峰津院の配置場所だ──峰津院を引き留めた湖宵くんの口が、何度か迷うように開閉されてから掠れた声をこぼす。
「大和。……ロナウドを、」
 何かに怯えるような、囁き。峰津院は眉を上げて湖宵くんを見下ろし、極めて落ち着いた声で告げる。
「……奴の力はまだ必要だ。仔細確認する為にも生け捕りが望ましくはあるが、必要であれば“そう”するだろうな」
 明言されずともそのやり取りの意味は俺にもわかる。あの“俺”を、殺すか否かという話だ。
 踵を返し歩み去る峰津院の背を見送った湖宵くんは唇を噛んで、だがしっかりとした足取りで配置場所に向かった。


 ……そして本拠地の前、同じく最終防衛ラインに配置された元ジプス局員や元民間人を率いるように立ち、湖宵くんは自分の肩を抱いていた。
 僅かに視線を下げ深い呼吸を繰り返す彼は、なるほど遠目には集中力を高めるための姿勢をとる司令官に見えるかもしれない。だがその足元から見上げる俺の視界に映るのは、不安げに睫毛を震わせるただの少年だ。
「……ろ、」
 ……ロナウド。か細く俺の名を呼ぶのはこれで何度目だろう。こんなに弱々しい彼を俺は見たことがない。俺の前ではいつも湖宵くんは笑っていて、誰よりも頼れる相棒で……こんな、弱々しい子供のような顔をするなんて知らない。
 長く息を吐いてから顔を上げた湖宵くんは既に大人のような顔をしており、今の俺には寄り添うくらいしか出来ない事がとても歯痒い。
 ……ここは最終防衛ラインだ、そうそう攻め込まれる事は無い。だが万が一の撃ち漏らし一体でも見逃す事は出来ない、すぐ後ろには施設があるのだ。
 望遠鏡や、空を飛ぶ事の出来る悪魔で常に周囲を監視し、警戒を続けていた彼らがふと何かを感知し迎撃の構えに入る。
 高速で滑空し近付いてくる数体の霊鳥と、それに随伴する人型の影。こちらが放った魔法を回避する動きは野生のそれではなく統率された動きで、人型のそれが──つまりは“俺”が──地面に降り立つと同時に鳥たちは散開し周囲へ襲いかかる。
 紅い目が、俺を見た。恐らく自分の体を確認したのだろう。俺を見てから湖宵くんへと視線を流したそいつは、あろうことか、微笑んだ。
「ただいま」
 背後で行われている戦闘も、俺の唸り声も意に介さず、そいつは戸惑う湖宵くんへ一歩足を踏み出した。
「湖宵くん、どうしたんだ?俺だ、ロナウドだぞ」
 ……怖気が走る。俺の顔で、俺の声で、こいつは何をするつもりなんだ?
「……」
 湖宵くんは黙ってそいつを見ている。表情はこちらからは見えない。
「俺と来てくれ。この世界をより良くする方法を思い付いたんだ」
 ──やめろ。やめろ!俺の顔で笑うな、俺の声で彼の名を呼ぶな!
 “俺”の手が湖宵くんに差し伸べられる、彼はじっとそれを見ている。少ししてゆっくりと顔を上げそいつを見た彼は、僅かに目を細めた。
「……あんた、誰?ロナウドじゃない」
 酷く冷たい声。
「それは変身?物凄く似てるね、もしかして本人の体だとか?……ロナウドに何かしたの?」
 矢継ぎ早に紡がれる言葉を目を細めて聞いていたそいつは、ふぅと息を吐いてから表情を消した。紅い目が冴えざえと冷たく光り、悪魔としての表情が浮かび上がる。
「戦力として引き込もうと思ったが、まあいい。……この体でお前を殺すのは、とても楽しそうだ」
「ふざけるな、ロナウドは……」
 なおも言葉を重ねようとする湖宵くんを無視してそいつは地面を蹴った。一瞬にして詰められた距離、猛禽の鉤爪のように襲う手から繰り出されるであろう攻撃から湖宵くんを庇うべく動いた妖精は、だが、薄い!
「……!」
 咄嗟に湖宵くんの首根っこをくわえて飛び下がった目の前で、妖精王が一撃で落とされ光の粒子に還る。
 ……暗殺拳か。自らの手を見下ろし握ったり開いたりしたそいつは、次いでうっすらと笑みを浮かべた。
「やはりこの体は人間にしては頑丈だな」
 また攻撃の構えに入るそいつから湖宵くんを庇うように立つが、この体はまだ激しい動きにはついていけない。何より彼はあいつが俺ではないと見抜いたものの、まだ戦うべきか否かを判断しきれず、構えきれていない。
 立ち塞がる俺から先に沈めるつもりか、紅い目の“俺”が目を細める。
 次の瞬間には到達していた相手の攻撃を回避し、合間を縫って慣れない体で襲いかかる。俺の体を既に使いこなしているそいつにイニシアチブを取られっぱなしだが、背後の気配が俺を一歩たりとて下がらせない。
 ──俺は。俺が、守らないと。いつも君が隣にいて、俺の道を照らしてくれるから、俺は脇目もふらず走れるんだ。
 だから、君を守る為なら、俺自身を失ったって構わない。
 俺が“俺”を噛み殺してでも止める決意を固めた事に気付いたのか、きゅうっと細められた紅い目が獣のような剣呑さを帯びる。
 地を蹴り猛攻をかけた俺を、そいつはいなしきれない。丸太のような前足で見慣れたジャケットを引き裂く。しなやかに伸び上がった足が重みを乗せて俺の頭へ迫るが、俺がその喉笛を食い千切る方が早いッ!
 だが、俺の口内に鉄の味が広がることはなかった。
「ペトラ・レ・イ!」
 湖宵くんの声が鋭く響いたと思った瞬間、凄まじい寒気が全身を襲い動けなくなる。……石化だ。手足から感覚が消えてゆき、なすすべなく地面へ横倒しになった俺が重たい頭を持ち上げると、下半身と片腕が石化し動きを封じられた“俺”が見えた。一方の俺はといえば、手足の自由を奪われている。
 ──決着、したのか?
 安堵よりも倦怠感が勝り目を閉じた俺は、だが、俺の名を呼ぶ声に瞼を持ち上げた。
 ゆっくりとこちらへ歩み寄ってくる湖宵くん。さっきのは彼の術だろう。相手を搦め手で無力化するすべはジョーや大地くんあたりが得意としているが、いつの間にこんな事が出来るようになったのだろうか。
 大丈夫だと小さく鳴いた俺を見下ろした湖宵くんは、眉を下げ力尽きたようにしゃがみこんだ。
「ロナウド」
 ──俺を呼んだ?
 俺の目を見て、確信を持った様子で、俺の名が呼ばれる。
「ロナウドだよね、ごめん、もっと早く気付けなくて……」
 今治すから、と俺の手足に触れ石化を解除していく湖宵くんは申し訳なさそうに眉を下げたままだが、石化の術は範囲を絞り込めないから仕方がない。気にするな、と呼気だけ洩らした俺に、湖宵くんは何も言わずもふりと俺の首のあたりに顔を埋めた。
「……おい!俺にこんな、」
「死神呼ばれたくなかったら黙ってろクソが」
 俺の毛皮に顔を埋めたままの湖宵くんが発した地を這うような声。いつもの鈴を転がすような愛らしい声とは全く違う、恐らくは憤怒か嫌悪に震える声。
 一通り周囲の戦闘が決着しそうなのを確認した湖宵くんは、その後はいくらフェンリルが騒ごうとも何のリアクションもしなかった。

 ……群れのリーダーである“俺”つまりフェンリルが少数精鋭でこちらに来てくれたおかげで、残りの悪魔は連携が崩れ危なげなく掃討できたらしい。
 峰津院の言によれば、人間の体と能力を得たフェンリルが悪魔たちをまとめあげ軍隊化したのは、あくまで獣が群れを作る本能の延長線上の行動らしい。だが悪魔というものは獣の本能から解離しているものが多く、フェンリルを潰した今後はここまでの規模での襲撃が起こる可能性は低い、と。
 襲撃の事後処理やなんかが終わった数日後には、菅野さんを筆頭とする研究班によって俺の体も元に戻された。……暫く彼女らには頭が上がらない。
 フェンリルは調査が終わり次第送還され、また平穏な──ただし油断ならない──日々が戻ってきた。

 ……のだが。

「うひゃ?!」
 湖宵くんの悲鳴があがってから、やってしまったと気付く。顔を真っ赤にした彼がこちらを睨み、上擦った声で俺を詰る。
「いきなり舐めるのやめてくれる?!」
 ……そう。俺からはまだフェンリルの癖が抜けず、ふとした拍子に湖宵くんの頬を舐めたり、頭をぐりぐりと擦り寄せたりしてしまうのだ。
「……すまない」
 その度反省するし申し訳ないと思うのだが、少し気を抜くと犬のように彼へまとわりついてしまうのだから度し難い。湖宵くんは優しい子だから強く怒ったりはしないが、多大な迷惑をかけてしまっている事は間違いないのだ。
 ……それなのに俺は、この湖宵くんとの触れ合いを心地のよいものだと思い始めていた。
「ロナウド、やめるつもりなくない?」
 そのよこしまな気持ちを見抜かれた気がして黙った俺に、湖宵くんは苦笑しながら手を伸ばす。そっと頬に触れられて、そして、その頬に柔らかなものが触れた。
「仕返し」
 俺の頬を舐めてから悪戯っぽく笑う彼が眩しくて、俺の心臓はちっとも落ち着いてくれない。それどころか、
「……ロナウド?あの、なんか近くない?」
 手首を掴んで捕まえて、
「えっ、え?ごめんちょっと調子乗りすぎた……?!」
 白い首筋にかぷりと噛み付いて舌を這わせる。
 ───食べてしまいたい。この熱は、きっと獣の名残だと言い訳も出来る。
「……いいか?」
「へ?!え、あ、ロナウド熱でもあるの?」
 もうどちらでもいい。戸惑いながらも抵抗はしない湖宵くんの肌を食むと、甘い気がした。


《終》

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