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Posted by 新矢晋 - 2013.06.29,Sat
ロナ主が同棲を始める話。回帰後。
タイトルの語は夫婦以外の関係に用いると誤用ですが、本人らが夫婦だと言い張っているので許してあげてください。



鴛鴦の契り


恐る恐る、どこか迷うようにリビングの中央まで歩み出た彼は、段ボールの積まれたがらんとした部屋を見回してから俺の方を見た。
「今日からここに住むんだね、俺たち」
 どこか緊張した様子の彼に頷き返し、彼を安心させるべく俺は笑みを浮かべる。
「ああ。ここで、二人で暮らすんだ」



 彼が二十歳になった年、俺たちは正式に結婚した。……といっても同性である俺たちは籍を入れられないから、いわゆる事実婚というやつだ。
 本当なら籍を入れたいところだが、俺たちが籍を入れようと思うと養子手続きするしかない為そう簡単には出来ない。彼は長男で一人息子だし、なかなか難しいだろう。
 だが、籍が入っていようがいまいが俺たちは夫婦だ。法的根拠はなくとも、互いに愛し合い生計を共にし共同生活を送るのだから、俺たちは確かに夫婦なのだ。
 ……ここへ越す前になにげなく広辞苑で「夫婦」の条件である「婚姻」の項を調べたら、「結婚すること」という前提に次いで「夫婦間の継続的な性的結合を基礎とした社会的経済的結合」とされており、その、赤面せざるを得なかったが。
 兎も角、俺たちは新しい部屋を二人で借り、新しい生活を始めようとしていた。



 引っ越してきて最初の休日に俺たちがやってきたのは、家具や食器を揃えている量販店だった。
「コップとか皿は持ってきたのがあるし……何がいるかな」
「む……そうだ、茶碗は無いんじゃないか?」
 カートを押しながら歩く俺たちは、同性でなければ外から見ても新婚夫婦に見えただろう。いや、彼は男にしては線が細いし中性的な顔立ちだから、もしかしたら夫婦に見えているかもしれない。
 ……こういう考え方をするのは良くないというのはわかっている。だが俺は、彼が女であればよかったと……まったく考えたことがないとは、言えない。
 愛している。彼を愛している。それなのにこんなことを考えてしまう自分が情けない。俺はまだ臆病で、彼と「夫婦」になることで覚悟を決めようとしているのかもしれない。
 無邪気に笑いながら先を行く彼が、俺のこんな思いを知ったらどう思うだろう。悲しむだろうか。怒るだろうか。……きっと、仕方ないねと笑って、俺を許すのだ。
「あ、お茶碗あったよ」
 並ぶ棚の一角を示した彼を追いながら、俺は苦く奥歯を噛み締めて、思考を切り替えようと努めた。


「湖宵くん、これなんかどうだ?」
 俺が差し出した茶碗に、彼は眉を寄せた。……何か問題があっただろうか。白地に桜のワンポイントと、愛らしい兎。彼にとても似合うと思うのだが。
「ロナウド、その……これはちょっと俺には可愛すぎるよ」
 茶碗を手に取り眺めた彼は、少し困ったように俺を見上げた。その茶碗を取り上げ棚に戻してから、俺は二番目に目をつけていた茶碗を持ってくる。
「こっちはどうだ、可愛いぞ」
「なんで可愛い系ばっかなの……」
 俺の持ってきた二つ目の茶碗、尻尾にリボンをつけた黒猫が伸びをしているそれを見て、彼は溜め息を吐いた。
「……じゃあ、あれはどうだ?」
 次に俺が指差した棚を見て、彼はきゅっと唇を結んだ。……夫婦茶碗の棚だ。
「折角だから俺も新調しようかと思ってな、だったら……ああいうのも悪くないんじゃないか?」
 俺の言葉に答えず、黙って棚に歩み寄った彼は一組の茶碗を手に取ってから振り向いた。
「……嬉しいよ、そういう風にロナウドが考えてくれるの。でも……」
 手元に視線を落としてそれから俺の顔を見た彼はとても真剣な顔をしていて、俺は自分の無神経さに歯噛みしたくなったが、
「この小さい方の茶碗じゃ、俺足りない」
 ……彼の発言に力が抜けた。
 表情を和らげ悪戯っぽく笑った彼は、別の茶碗を手に取り俺に見せる。愛らしい兎の描かれた、俺が最初に持ってきた白い茶碗。
「これにするよ」
「それは可愛すぎると言って……」
「うん、でも、ロナウドが折角選んでくれたんだし」
 両手で茶碗を持って、どこかはにかむように笑う彼が天使に見えた。この天使がこれからずっと俺の傍にいてくれるのだから、俺は世界一幸せな男だ。
 ……世界一幸せな男なんだ。


「ダブルでいいんじゃないか?」
「うーん、ロナウド大きいしキングの方がいいんじゃない?……ていうか、俺はシングル二つがいいと思うよ」
「えっ」
 寝具コーナーを見て回っている最中の彼の発言に、俺は思わず頓狂な声をあげた。彼は小さく苦笑してから言葉を続ける。
「別にロナウドと寝たくないとかじゃなくてね。いつも二人同じ時間に寝られるわけじゃないから、一つのベッドだとベッドに入る時相手起こしちゃうでしょ?」
 ……彼の言い分は至極もっともだったが、俺は夫婦というものは当然同じベッドで眠るものだと思っていたから少し落胆せざるをえなかった。断じて彼と同衾したいからだけではない。
 口をつぐんだ俺を見て、彼は一度口を開きかけてから黙りこみ、改めて口を開くと困ったように笑いながら言った。
「ああ、でも俺一度寝たら起きないし、ロナウドが大丈夫ならベッド同じでも別にいいよ」
 ──許可が出た!
「そうか!じゃあキングにしよう!」
 キングサイズのベッドが置かれているコーナーへ向かう俺の後を、彼は何故か笑いを堪えている様子でついてきていた。



 ……買い物を終えて部屋に帰ってきた俺たちは、ぐったりとソファーへ腰掛けた。様々な雑貨を厳選し買い揃えるのは結構な重労働で、仕事の時とはまた違う疲労感があった。
「コーヒーいれてくる、ロナウドもいる?」
「ああ、頼む」
 重い腰を上げキッチンへ向かう彼の背を見送っていると、その疲労感も消えていく気がした。同じ部屋に彼がいて、どこへも帰らずここにいてくれることが得難い幸福に思える。
 この幸せだけは、迷わず本心から肯定できる。この幸せは、本当の幸せだ。
「湖宵くん」
「んー?」
「愛してる」
 ごとん、と重いものを落とす音がした。キッチンの方を覗きこむと床にコーヒーの瓶が転がって、コーヒー豆が床に撒き散らされていた。
 慌てて先ほど買ったばかりの掃除機を出してくると、キッチンに立ち尽くす彼は涙目で俺を睨んだ。
「ロナウド、あのねえ、」
「ん?」
 まだこの部屋に慣れないせいでコンセントを探すのに少し手間取り、ようやく掃除機を構えたところで彼が俺の服を掴む。
「さっきの……」
 歯切れ悪く、言い淀むのは珍しい。彼は大人が相手だろうが怯まず口を開く、しっかりした意思の持ち主なのに。
「さっき……? ああ、あいし」
「もういいから!」
 手を伸ばし俺の口を塞いできた彼は目元を染めていて、照れているように見えた。
「そんなの、滅多に言ってくれない癖に……いきなり、ずるい」
 ずるい、と繰り返す彼がとても愛らしく見えてキスをしたくなったが、口は今塞がれている。もごもごと抗議をすると慌てて手が離れてゆき、改めて俺は彼にキスをした。
 唇が離れてしばらくの間濡れた目で俺を見上げていた彼は、この空気が色を帯びたものになる直前で我に返って無理矢理俺の体の向きを変えさせた。
「もう俺がするから、ロナウドは座ってて!」
 背を押されキッチンから追い出された俺がそっと振り返ると、掃除機を構えて掃除を始めようとしている彼の唇は、嬉しそうに綻んでいるように見えた。


《終》

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