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Posted by 新矢晋 - 2013.04.16,Tue
アップし忘れていたロナ誕作品。ほんのちょっぴり同衾描写。
永遠の26歳おめでとう!


泣き虫レーブレ


 今日も俺は日が暮れてから帰宅して、自分も疲れているだろうロナウドが作ってくれた簡単な夕食を食べる。
「ごめんね、ロナウドも仕事で疲れてるのに」
「気にするな、俺はいつもの事だが君は新生活が始まったばかりだろう?」
 優しく笑うロナウドは、俺の大事な恋人は本当に優しくて真っ直ぐに俺と向き合ってくれるから、……俺が彼とこうして恋人同士として暮らせる幸せが怖いくらい。
 ──告白したのは俺からで、付き合って下さいとお願いしたのも俺からだった。元々ストレートであろうロナウドを口説き落とし、進学を言い訳に同棲にまで持ち込んで、だから、こうして受け入れてもらえたことがまだ夢みたいだ。
 大学であったこととか、科目選択についてとか、ロナウドからしたら面白くもないだろう俺の話を彼はにこにこと聞いてくれる。
 ……もっと面白い話が出来ればいいんだけど。ロナウドに幻滅されたくなくて、ロナウドにもっと好きになってほしくて、俺はいつも精一杯だ。
 話の種が尽きたところで風呂に入ることにして、着替えを抱えて風呂場へと向かう俺の背へと不意に声がかけられた。
「なあ湖宵くん、」
「ん?」
 俺が振り返った先で彼は何かを言いかけたように見えたが、それについて指摘する前に曖昧な苦笑が違和感を塗り潰してしまう。
「いや、……そうだ、今夜は一緒に寝ないか?」
 どき、と心臓が跳ねる。……それは俺たちの間では合言葉のようなもので、つまりは、そういう誘いだ。
「明日は大学休みだろう、だから……駄目かな」
 ふるふると頭を振ってから小さく承諾の言葉を口にした俺に、ロナウドは嬉しそうに目を細める。
 ……緊張しながら風呂に入った俺が、いつもより念入りに体を洗い清めたのは言うまでもない。


「ロナウド、待って、もう……っ」
「まだ足りない、もう少しだけ……君が欲しいんだ」
 ……その晩のロナウドはいつもよりしつこくて、一回二回では満足せず何度も俺を抱いた。切羽詰まった様子で、熱く掠れた声で名前を呼ばれると、俺の体も受け入れる準備を整えてしまって抗えない。
 最後の方はほとんど覚えていない。自意識はミルクみたいに溶けて、ただ、必死にロナウドの名前だけ呼んでいた気がする。


 朝、目が覚めると既にロナウドはいなかった。ぎしぎしいう関節をほぐしながらリビングへ行くと、朝ごはんが用意されていてその脇には小さなメモ。相変わらず神経質そうな字で、味噌汁は温め直すようにとか足りなかったら戸棚にカップ麺があるとか、母親みたいな文章が綴られていて自然と唇が綻ぶ。
 温め直した味噌汁とご飯と昨日の残りの野菜炒めを食べて、洗い物を済ませてから伸びをする。
 今日は何の予定も無い。何をしてすごそうか、と何気なくカレンダーを見た俺は瞬きをする。
 カレンダーの今日の日付に印がつけてあった。今日は四月十六日。何の日だろう。
 ……四月十六日?
「……ああぁぁあ?!」
 最近の忙しさで忘れてた、なんて言い訳にならない。念願叶って付き合えるようになったばかりの恋人の誕生日を、きれいさっぱり忘れるなんて。
 時計を見るともう昼近い。いつも定時より少し遅くに仕事が終わるロナウドは夜が深まってから帰ってくることが多いけど、今から準備して間に合うだろうか。
 ──いや、間に合わせるしかない。
 髪に櫛を入れる時間すら惜しくて、俺は上着をひっ掴み家を飛び出した。


 まず向かったのはケーキ屋だ。当日注文を受け付けてくれるところを探して何軒もはしごして、最終的には商店街の小さな個人経営のケーキ屋で涙ながらに頼み込み注文させてもらった。
 ……嘘泣きの罪悪感を見ないことにして、次は食材を買い出しに行く。ご馳走がないとやっぱりお話にならない。ロナウドの好物を色々脳内で吟味して、見た目の華やかさとお肉の食べごたえを重視したらそうだ、ミートローフにしようと思い付く。野菜は家にあるし、挽き肉とかうずら卵とか細々した材料を買うだけでいい。
 思ったより材料が揃わなくてスーパーをはしごした結果、ケーキの調達に時間がかかったのもあってかなり厳しい時間になってきた。プレゼントは諦めるしかないだろう。
 ケーキ屋にケーキを受け取りに行って、急いで帰路につく。大丈夫、まだなんとかなる。まだ。プレゼントは無理でもケーキはあるし、急いで準備すれば料理も間に合う筈だ。
 ……と、焦ってマンションのエントランスへ走ったのがまずかった。
 足が横へ滑った、と思った時にはもう体勢を立て直せない。転倒した俺の手の下で、ぐしゃり、と何かが潰れる感触がした。
 恐る恐る確認すると、確認するまでもなく中身は無事ではないだろうひしゃげた白い箱。……泣きたい。
 ぐちゃぐちゃになったケーキを片手にとぼとぼエレベーターへ乗り込んで、料理の手順を頭の中で組み立てることで落ち着こうとする。
 付け合わせは野菜のグラッセにしようかな、ソースはケチャップとウスターソースとグレイビーソースかな、と考えているうちに大分落ち着いてきた俺は部屋の前で鍵を回そうとして違和感を覚えた。そのままドアを引くと抵抗なく開いて、慌てていたから鍵をかけわすれたんだろうかと思いながら玄関へ足を踏み入れた俺の喉がひくりと震えた。
 ……少しくたびれた革靴が、行儀よく揃って並んでいる。
 混乱しながらリビングへ続く扉を開けた俺は、
「お帰り湖宵くん、どこかに出掛けていたのか?」
 そこでくつろぐロナウドに出迎えられて、絶句した。不思議そうにこちらを見た彼は、ああ、と小さく呟いてから笑う。
「今日は早上がりだったんだ、驚かせてしまったか?うっかり言い忘れてしまってな」
 ──駄目だ、もうどうしようもない。今から本人の目の前でご馳走なんて作ったらきっと理由を訊かれてしまう。正直に答えてもきっと彼は喜んでくれるだろうけど、でも俺はプレゼントもケーキも用意出来なくて、この上サプライズにすら失敗したらどうすればいいんだろう。
「……?!」
 ロナウドの顔色が変わる。口を開こうとして唇が震えて初めて俺は、自分が泣いていることに気付いた。
「なっ、ど、どうしたんだ湖宵くん?!俺は帰ってこない方が良かったか?!」
「ちが、……そうじゃなくて、俺、」
 うまく説明出来ない俺の前で慌てるロナウドが、その癖目敏く俺が持っているケーキの箱に気付く。
「湖宵くん、何を持っているんだ?……それが元凶か?!」
 背中に隠すより先に箱を奪い取られ、もう俺はいつもみたいに調子よく口先で誤魔化すことも出来なくて、ロナウドが何か言う前に自分の部屋へと駆け込んでいた。


  *  *  *


 帰るなり泣き出して部屋に閉じ籠ってしまった俺の恋人は、いくら俺が呼び掛けても扉を開いてくれない。途方にくれた俺は、ふとテーブルの上に置きっぱなしのスーパーの袋と白い箱に目をやった。
 ……何か手掛かりがあるかもしれない。
 よく見てみると白い箱はケーキ箱で、小窓から中を覗くと何やら生クリームが飛び散っているように見えた。
 彼には申し訳ないが勝手に開けさせてもらう事にすると、やはり中に入っていたケーキは無惨に潰れていた。小さめのホールケーキとおぼしきその白い残骸、生クリームの中にチョコレートのプレートが埋もれている事に気付いた俺は、そっとそれを引き出しそして唇を噛んだ。
 二つに割れてしまったそのプレートには、……ロナウドくんお誕生日おめでとう、と書かれていた。
「湖宵くん!」
 とって返し再び湖宵くんの部屋の扉を叩く。
「湖宵くん、君は俺の誕生日を祝おうとしてくれたんだな?なのに俺がいるから準備が出来なくて、それで慌ててしまって、」
「ごめん!」
 俺の言葉を遮る悲鳴のような声。
「違うんだ、俺、俺ロナウドの誕生日忘れてて、それでも祝いたかったから頑張ったけど、プレゼントは用意できないしケーキは潰れちゃうし、」
「お、落ち着け湖宵くん、気持ちだけで俺は十分嬉しいぞ!」
「それじゃ駄目なんだ!俺もっとうまくやれる筈なのに、ロナウドに俺と付き合ってよかったって少しでも思ってほしいのに、なんで俺……」
 激昂したように捲し立てていた声が少しずつ小さくなって、か細く消え入るような最後の呟きが……扉の向こうから聞こえた「ごめんね」という言葉が、俺の体を突き動かした。
「……湖宵くん、扉の近くにはいないな?……すまん!」
「えっ、」


  *  *  *


 外から蹴り開けられた部屋の扉を呆然と眺める俺にロナウドが歩み寄ってくる。……逃げ出すことさえ忘れていた。俺を見下ろす彼の顔を見ることも出来なくて、唇を噛む情けない俺を、どうか。
「き、」
 ──嫌いにならないで、と言う前に。俺は、ロナウドに強く抱き締められていた。
「……ロナウド?」
 恐る恐る名前を呼ぶと更に力がこめられて、俺はなんだか胸が詰まった。
「ロナウド、俺に、幻滅してない?」
 ……いつだって俺はロナウドの前では完璧な恋人でいようとして、ロナウドが俺に求めているのは無垢な少年性だと思っていたからそんな幻想でも維持してみせると決めていた。
 俺はロナウドが好きだから。今更離れたり出来ないから。
 もう一度ロナウドを呼ぶと、ロナウドは腕の力を緩めて俺の顔を見た。困ったように眉を寄せ、親指で俺の目元や頬を拭う。
「幻滅なんてするわけがないだろう、君が俺の為に頑張ってくれたのに」
「でも、俺、」
 ──結局は失敗した。
 言おうとした言葉はロナウドの指で封じられる。鳶色の目が俺を少し怖いくらい真っ直ぐ見詰めている。
「俺は、君が傍にいてくれるだけで凄く幸せだし、毎日が楽しいんだ。君がお帰りって出迎えてくれる度、俺に笑いかけてくれる度、……君と出会えて、こうして恋人になれて、本当によかったと思っている」
 だから、と息継ぎをしてロナウドは俺の頬を両手で挟んだ。
「そんなに完璧主義にならなくたっていい。俺は君が好きだ、心の底から好きなんだ!少しくらい何かあったとしても、この想いは揺らいだりしない!」
 ──どうしよう。息がうまく出来ない。
 さっきの比にならない量の涙が溢れてきてしゃくりあげる俺から、ロナウドは慌てて手を離す。
「すっ、すまない見当違いだったか?!こ、あ、泣かないでくれ、すまない……」
 俺は何度も頭を振って、体当たりするみたいにロナウドへ抱きついた。涙に溺れて言葉にならない声で必死に、好き、好き、大好きって繰り返す俺の頭をロナウドは優しく撫でてくれた。

 五分後。

「……それに、その、誕生日プレゼントならもう貰ったからな」
 泣き止んだ俺を抱いたままそう言ったロナウドは、どこかばつの悪そうな顔をしていた。黙って見上げてやるともごもごと口ごもってから重たい口を開いて、
「昨日……日付が変わるまで粘ったのは、誕生日に君と繋がっていたかったからだ。君は最近忙しそうだったから、勝手にプレゼントを貰ってしまおうって」
 ……男らしいんだか女々しいんだかよくわからない懺悔。
「早上がりなのも、君とすごしたかったからだ。何も特別なことをしなくても、君と二人で居られればそれは俺にとって最高の誕生日だからな」
 ──そこまで用意周到なら言ってくれればよかったのに。……忘れていた俺が全面的に悪いのは否定できないが。
 俺の髪を撫でるロナウドに身を委ねていた俺の内心に気付いたのかはわからないが、僅かに眉を寄せた彼がそっぽを向く。
「……誕生日を祝ってほしい、だなんて自分から言うのは男らしくないだろう」
 ……ああ、彼はそういう人だった。くすくすと笑いながら腕の中から抜け出した俺を、きょとんと見上げる鳶色がいとしい。
「今夜はご馳走だから、期待していいよ」
「そうか!湖宵くんのご飯は美味しいからな、楽しみだ」
 当初の予定通りご馳走を作るべくキッチンへ向かった俺に、少し遅れてついてきたロナウドがまとわりついてきたのは正直邪魔だったが、言わぬが花である。


《終》

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