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Posted by 新矢晋 - 2012.05.25,Fri
回帰したと思しき世界で、ロナウドとウサミミがおデートする話。
惚れた欲目でロナウドの美化がえらい事に。

DING-DONG

「神宮寺、今日どうした?」
 ――傍目に見ても今日の俺は浮わついていたらしい。講義終わりにそう話し掛けられた俺は苦笑した。
「何でもないよ。あ、午後から抜けるんで心理学の代返お願い」
「今度アイスか何か奢れよ」
「はいはい」
 教科書を纏めて鞄に放り込み、友人と他愛ない話をしながら棟を出た俺は、学生たちが行き交う学内の通りには有り得ない姿を発見して目を擦った。
「コヨイくん!」
 俺と目が合った途端ぱっと顔を輝かせて駆け寄ってくるのはそう、紛うことなく栗木ロナウドそのひとだ。無論彼がこの大学に通う学生であるはずがない。
「どうしたのロナウド、待ち合わせじゃなかったっけ」
「君に少しでも早く会いたくてな!」
 俺より大分大きな身体で胸を張る彼は、大型犬に似ている。……本当に急いで来たのだろう、後ろ髪が跳ねているのに気付いた俺は小さく笑った。
 俺の視線と表情から察したのか、慌てて手櫛で髪を整え始めたロナウドは置いておいて、俺は傍らの友人に目配せをしながら手を合わせる。……それだけで察して苦笑いしながら立ち去る彼は、本当にいい友人だと思う。
「……よし!あれ、友達は……」
「授業だから行ったよ。俺たちも行こ」
「あ、ああそうだな!」
 意気込んで頷いた後、俺の手を握ろうとしたその手をかわされてようやくここがどこか思い至ったらしく、ロナウドは心なしかしょげた様子で歩き出した。
 そしてロナウドの車に乗り込んでから、しゅんとしているロナウドに優しく言い聞かせる。
「俺もロナウドに会いたかったよ。でも、人目のある所では気を付けないと」
「すまん……」
 ますます意気消沈するロナウドの頬に不意討ちでキスをしたら、わかりやすく動揺するのが何だか可愛い。
「俺だって、いつもこういう事したいの我慢してるんだから」
「……ッ」
 ロナウドは息を飲み、それから俺の肩を掴むと乱暴に口付けてきた。久し振りに感じる彼の唇は少し荒れていて、舌の動きは性急だった。
 ――飢えを感じていたのはお互い様のようで、息継ぎの為に唇を離してはまた重ねてしまう。……どれくらいの時間が経っただろう、ようやく唇を離して助手席に身体を沈めた俺は、熱い頬を冷やすように両手を当てた。
「……行こ、っか」
「あ、ああ」
 ロナウドの声が上擦っているのも、多分、俺と同じ理由だ。


 今日はいわゆるデートという奴だ。俺とロナウドはなかなか休みも被らないし、こうして二人で過ごせることすら珍しい。
 俺はロナウドといられるなら別にデートという形式には拘らないけど――だって同性同士だし――、ロナウドの部屋で雑誌を読みながら何気なく「そういえば俺たちってデートした事無いね」と言ったら、何か凄い勢いで謝られたあと行きたい所とか食べたいものとか訊かれて、その場で休暇の申請までされてしまった。
 びっくりしたけど、嬉しい。
 だってロナウドは俺を特別扱いしたりしないし、基本的には仕事人間だ。そんなロナウドが俺のために色々してくれたのが、とても嬉しい。
「……どうした?」
 あの時のばたばたを思い出してくすくすと笑っていたら、運転中のロナウドにも聞こえたらしい。
「んーん。ロナウドと一緒に居られて幸せだなあって」
「っ、コヨイくん……君って子は……」
 ロナウドの横顔を見ると、僅かに目元が染まっている。……運転中でなければキスしているところだ。俺の恋人は俺より八つも年上なのに、こんなに可愛い。
「今日はどこに連れてってくれるの?」
「あ、ああ、美味いイタリアンの店があるらしくてね」
 ハンドルを握る様は大人の男みたいで格好いいんだけどね。


 食事を済ませた俺たちは、車で海岸線を走っていた。他愛ない話をしながらドライブするだけで、なんだか普通の恋人同士になったような気分になれた。
 男同士で年の差もあって、なかなか二人で過ごす事も出来ないけれど、俺はロナウドが好きだ。大人なのに放っておけなくて、大きな犬のようなこの人が、とても好きなのだ。
「……湖宵くん」
「ん?」
 黙って窓から景色を眺めていたら、不意に呼ばれて振り返る。前を見たままのロナウドは眉間に少し皺を寄せて、ぱちぱちと瞬きをした。
「いや、何でもない。……その、君がちゃんと隣に居るか、不安になって」
 ――少し西日が強くなってきたみたいだ。サイドボードからサングラスを出してロナウドに渡しながら、俺は笑う。
「走ってる車からどうやって居なくなるの?心配しなくても俺はここにいるよ」
「ははっ、そうだな」
 片手でサングラスを受け取りながらロナウドは苦笑する。彫りの深い彼がサングラスをかけると外国の俳優みたいでちょっと惚れ直すから、気が利くふりをしてサングラスを素早く差し出しているのは秘密だ。
 本当に俺は、こうしてロナウドの横顔を見ているのが好きで、多分一時間でも飽きないと思う。自分が面食いだって知ったのはロナウドに出会ってからだ。
「……俺の顔に何かついてるか?」
「え、あ、何でもない」
 ――気付かれてしまった。慌てて正面へ向き直った俺は、改めて横目でロナウドの様子を窺う。
 車のハンドルを握り、真剣な表情で前をみるロナウドは惚れ惚れするくらい格好いい。仕事をしている時もきっとこんな顔をしているんだろうな、いつか見てみたいけど無理かな。刑事だからなあ。
 ――ベタ惚れの自覚はある。俺はこの年上の恋人にメロメロで、幼馴染みには呆れ果てられ新しい友人にも苦笑されるレベルなのだ。


 最初は、格好いいひとだなあと思っただけだった。
 俺は一人っ子だったから、ロナウドと仲良くなり可愛がられるようになるとお兄ちゃんが出来たみたいで嬉しかった。……けれど。仲良くなるにつれ彼の違う一面を知る事となり、俺は彼から目が離せなくなっていった。
 すぐ周りが見えなくなること。
 簡単に人を信用すること。
 実はお酒に弱いこと。
 手抜きや楽をする事が出来ないこと。
 ……他にも沢山。
 気付けば俺はロナウドの隣で、ロナウドの事だけ見ていた。彼に恋をしてしまったのだと気付くのに、そう時間はかからなかった。
 玉砕するつもりで告白して、受け入れてもらった時は本当に嬉しかった。初めてキスをしてくれた時は涙が出たし、初めて一緒に夜を明かした時は幸せで心臓が止まりそうだった。
 俺は、そうしてロナウドに捕まえられたのだ。


 ――日が暮れる頃、俺たちは小高い丘の上にいた。ここからは綺麗な夜景が見えるとかで、他にもちらほらカップルらしき客が居たが、……まあ、暗くなれば他の客の姿なんてよくわからないし、カップルなんてお互いの事しか見ていないだろうからいいか。
 ロナウドに肩を抱かれながら見る夜景はとても綺麗で、陳腐な表現だけれど、宝石をばらまいたようだった。
 きれいだね、と内緒話みたいに囁くと、ロナウドは俺を見てなんだか眩しそうに目を細めてから、そうだな、と呟いた。
 俺を抱く腕に少し力が入って、大事な話がある、と言われたのはそのすぐ後。
「大学を卒業したら、俺と一緒に暮らさないか」
「……へ?」
 思わず間抜けな声が出た。ロナウドを見上げると、真剣な表情で俺を見ていた。声が出なくなるくらいに。
「俺たちは結婚する事は出来ないけど、俺は君に責任を持ちたいし、出来れば君にも俺と同じ責任を負ってほしい。……俺のパートナーとして」
 ロナウドが取り出した小さな箱。震える手で俺が蓋を開けると、そこには。
「……安物だけど」
 銀色に光る。
「男同士でもするべきかわからなかったんだが……受け取って、くれないか」
 呆然とロナウドの言葉を聞いていた俺は何を言ったらいいかわからなくて、黙ってその 指輪 が俺の指に通されるのを眺めていた。
「……俺、俺ばっかりロナウドの事が好きなんだと思ってた」
 溜め息を吐くように呟いた俺に、ロナウドが僅かに目を見張る。何か言われる前に、
「俺を、ロナウドのお婿さんにして下さいっ」
 そう言ってロナウドに飛び付いた。彼はしっかりと俺を抱き締めながら夜空を仰ぎ見て、まるで星たちに誓うように大きく宣言する。
「勿論だとも!湖宵くんっ、大好きだ!愛してる!!」




「あれ?どしたその指輪」
 学食で幼馴染みの大地と駄弁っている最中にそう訊かれた時の俺は、多分かなり緩みきった顔をしていたと思う。
 ロナウドからのプロポーズ――でいいだろう、あれは――のくだりを説明すると、大地はげんなりした様子で片手を振った。
「はいはいごちそうさま、……まあでも幸せそうで良かったよ」
 おめでとさん、と頭をはたかれる。
「あ、じゃあお前名古屋就職か、就職活動大変だな」
「うん、その事なんだけど……」
「湖宵くん!」
 聞き覚えのある声。背中側に走った衝撃、回された腕、……痛すぎる周囲の視線。
「……転勤は来月じゃなかったっけ」
「上に頼んで早めてもらったんだ、早く君の近くに行きたかったからなっ」
「そうなんだ、それとここ、食堂。皆見てる」
 慌てて謝りながら手を離した男に、大地が呆れた視線を送っている。これだから無自覚ホモはとでも思っていそうな彼に内心手を合わせながら、男を……ロナウドを俺の隣に座らせる。
「……というわけで、ロナウドが東京に来る事にしたんだ」
「湖宵くんにばかり負担を強いるわけにはいかないからな!」
 胸を張るロナウドの、前髪に少し触れてみる。こちらに向けられた視線に小さく微笑むと、僅かに彼は息を飲んでから身を寄せてきて、
「こら!公共の場!もー大地しゃん突っ込み追い付かない!」
 大地の声に我に返ってまた距離を開く。大地は溜め息を吐いてから、わしわしと頭を掻いた。
「まったく、今からこんなじゃ同棲始まったらどーなるんだか……」
 ――心配してくれている大地には悪いけど。俺はこれから訪れる確かな幸せの予感でお腹がいっぱいなのだった。


《終》

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